208_真里姉と穏やか?な朝
いつもお読み頂き、そしてご感想まで、本当にありがとございます。
1年前、リベルタの物語に追加の後日談を添え、筆を置くことを考えていました。
ゆえにこうして遅筆ながらも描き続けられたのは、物語を楽しみにしてくださった皆様のおかげです。
重ねて、ありがとうございます。
叶うならば、来年もまたの〜〜〜〜〜〜んびりとお付き合いください。
それでは、良いお年を!
真希と一緒に過ごした後の翌日。
気が付けば再び、朝を迎えていた。
最後の方は“無”になっている時間が多く、なんだか1日過ぎたって感じがしない。
気のせいだったかと思い目を向けた先、時計に添えられた日付の表記は確実に1日経過している。
「あの大騒ぎも、気のせいじゃなかったかあ」
3人? で真希を止めるのは本当に大変だった、その後の対価を含めて……。
「おはよう真里姉。大丈夫か?」
昨日と違った意味で、気遣いに溢れた声が掛けられる。
「おはよう真人。大丈夫……だと思うよ」
歯切れ悪く答える私の側、
「うぅ〜ん」
とあどけない寝言が溢れる。
真人が掛け布団をめくると、私を抱き枕のようにして気持ちよさそうに眠る真希の姿が。
その腕は私へ負担をかけないよう絶妙な力加減、なのに腕の中から外れそうになるとびくりとも動かなくなる。
まるで抱っこしたぬいぐるみを取られまいとする子供みたいだ。
「本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ?」
歯切れの悪さから疑問系になっているって? やだなあ、そんなことないはず、だよ?? たぶん、きっと。
真人は私にくっ付いたままの真希も抱え、リビングへ移動した。
軽々と二人抱えるその横顔は平然としており、本当に頼れる男の子……いや、男性になったと思う。
椅子の前に回り込むと、真人が私と真希をそっと椅子に降ろし、背後に回って戻した。
一連の動作は静かで、おかげで真希の寝息は今も続いている。
ついでに、私をホールド中の腕も決まり続けている。
「じゃあ朝食を持ってくる」
「うん、ありがとう」
困ったように少しだけ笑みを交わし合い、真人はキッチンへ向かい朝食を運んできてくれた。
今日の朝食は、鰆の西京焼きに大根と松山揚げの味噌汁、白だしを使ったほうれん草のおひたし。
そこに炊き立てのご飯と、真人お手製きゅうりの糠漬けが添えられている。
献立は定番な物が多いけれど、香りや色艶から一つ一つ丁寧に作られたのがよく分かる。
「美味しそう」
思わず笑みが溢れると、真人は私の正面に座りながら得意げに笑った。
「我ながら今日はよくできた思うぜ。さあ、冷めないうちに食おう。真希は……まあ、そのうち起きるだろ」
無理に起こそうとしないあたり、何だかんだで真人は真希に甘い。
ただ、その時気付いた。
真希に抱き付かれているため、自分一人では食事を取れないことに。
どうしようと思案したのは一瞬で、既に真人はレンゲを手に“あ〜ん”の体勢に入っていた。
対応、早すぎない?
ちょっと恥ずかしい……なんて気持ちは、目覚めてから数日で失せている。
遠慮なく食べさせてもらい、朝食の時間がゆっくりと過ぎていった。
私と真人が食べ終えた頃、ようやく真希が目覚めもそもそと朝食を食べ始めた。
まだ眠いのか、時折落としそうになる箸を真人が支え、私が口の周りについた汚れを拭う。
私にとってはいつもと逆の立場で、なんだか昔に戻ったような懐かしい気分になる。
やがて覚醒した真希が一人で食べられるようになった頃、ほうじ茶を淹れ終わった真人がテレビのニュースをつけた。
天気や政治の情報が伝えられた後、次に報じられたのが世界情勢。
そこに映し出されていたのは、ある国で人種の違いを端に発し暴動が起きている様子。
宗教、人種、あらゆる違いにより未だ世界は争いが絶えない。
ニュースを見て不意に思い出したのは、ヨシュアさんのこと。
リベルタには奴隷制度があり、それはあの争乱後も変わっていない。
現実で奴隷制度が生まれたのは、紀元前数千年前。
制度としての終わりは国によって異なるけれど、1800年代が多い。
ただ制度が廃止されても、それに伴う差別や偏見は未だ世界に暗い影を落としている。
そんな難題に、私が何かできるとは思えないけれど、それでも……。
「真里姉、何か悩みでもあるのか?」
真希にお茶を出し終えた真人が、じっとこちらを見詰めていた。
寝起きの時もそうだったけれど、些細なことでも直ぐ気付いてくれる。
何でもないよ、と口にしかけそれじゃダメだと思い直す。
遠慮や一人で抱え込むことが必ずしも良いとは限らないのだと、身をもって痛感したからだ。
答えを待つ真人に、しっかりと目を向け口を開く。
「実は……」
私の話を聞き終え、真人は腕組みして唸った。
「難しい問題だな。制度を無くせばそれで解決って訳じゃない。制度の恩恵を受けていた側との調整は勿論、制度によって虐げられていた側をどうするかも課題だ。自由になっても、金や仕事がなければ立ち行かない」
「人種の違いも大きいと思うよ」
食べながら聞いていた真希が、言葉を挟む。
「違うってだけで、差別や偏見は生まれるし、根付いたものはなかなか消えないから」
声のトーンが落ちたのは、中学の頃を思い出したのかもしれない。
微かに震える真希の指先を、両手で包み込む。
瞳に宿る暗い影は、目を合わせていると落ち着いてきたのか、徐々に払われていった。
もう、大丈夫そうだね。
真希へ手を伸ばし、耳元にこぼれた髪を整える。
その際、ふと閃いた。
何かが違うだけで排斥されるなら、逆はどうだろうか……。
「ねえ、こんなのはどうかな?」
二人に考えを伝えると、悪くない反応が返ってきた。
「真里姉らしくていいと思うぞ」
「お姉ちゃんにしかできないことだね!」
ありがとう、おかげで自信を持てたよ。
ただ、その後に私を褒めそやす応酬は私のいないところでやって欲しかったなあ……。




