207_真里姉と危ない人達
グレアムさんが落ち着きを取り戻したのは、それから半日後。
半日とは比喩ではなく、文字通り十二時間。
なぜ半日も掛かったかといえば、グレアムさんが涙を流す合間に過呼吸に陥り、介抱している間にまた涙するというのを繰り返したからだ。
もっとも、正確には教団の人達も同じような状態になり、介抱が続き最終的に十二時間という長時間となった。
予言通り色々尽き果てた私はふらふらになりながらログアウトし、そのまま現実のベッドの上で意識を手放した……。
深い眠りから意識が浮上し始めたのは、微かな音を聞いた気がしたから。
「…………ねぇ……」
それが声だと認識できるまで、結構掛かったように思う。
発せられる声は、淡々と。
けれど細心の注意を払っていることが、淡々としているからこそよく分かる。
急かすでも冷淡でもないそこに感じるのは、確かな気遣い。
しかも心配していることを悟らせないようにという、細やかさ。
もっとも、家族である私にはお見通しなのだけれど。
「……まり……ぇ……」
音を声だと認識してからは、覚醒まであっという間だった。
瞼を開き視界に映るのは、心配そうに私を見詰める真人の姿。
大きくなった体といい、立派な男の子に成長したなあと、改めて思う。
いや、真人の年齢だと“男の子”って表現は嬉しくないのかな?
以前マレウスさんが、シャワーで汗を流した後カンナさんに『可愛いじゃない』、と薄ら笑いと共に言われ激怒していたし。
ちなみにどこを指して可愛いと言ったのかは、ルレットさんに聞いたけれど教えてもらえなかった。
なんでも、もっと大人になれば分かるらしい。
私、年齢的には大人なんだけれど一体幾つになればいいのだろう……。
「真里姉!」
はっ! いけない、瞼を開けた瞬間に遠い目をしてしまった。
改めて真人に焦点を合わせ、心配をかけたお詫びを込め、口を開く。
「おはよう、真人」
「ああ、おはよう真里姉……って違う! 何度呼びかけても目覚めないから心配したぞ。モニタリングの数値は異常ないようだが……」
脈を取ったと思えば顔色を確認したり、真人が忙しなく動く。
「大丈夫だよ。ちょっと疲……遅くまで読書していただけだから」
正直に話すと違った心配を招きそうで、あえて偽った。
それでも訝しげに私の顔を覗き込んでくる真人へ、なんとか微笑みを向ける。
「…………体調に違和感を感じたら、直ぐ教えてくれよ」
とりあえず納得してくれたらしい。
後ろめたさを感じつつ、真人に抱えられリビングへ。
テーブルには既に朝食が並べられており、真希が寝ぼけ眼で待っていた。
「遅くなってごめんね、真希」
真人に椅子に座らせてもらい対面の真希へ謝ると、
「大丈夫だよ、お姉ちゃ……っ!」
言い終わる前に、ガタッとテーブルを両手で叩きこちらへ身を乗り出してきた。
「……何があったの?」
疑問系でありながら、何かあったことは確信しているその口調。
まさかの即バレだった。
真人とは違い、これは言い逃れできなさそう……。
そこからは朝食そっちのけで、尋問タイム。
昨夜ゲームの中であった出来事を、洗いざらい話すことになった。
最初は微笑ましく、時に涙ぐんだりした二人だったけど、エステルさんとの遣り取りから雲行きが怪しくなり、シモンさんを経て、グレアムさん達の行動を聞いた直後、真希の顔から表情が消えた。
光の代わりに瞳を覆うのは、深い闇。
そこに温もりは感じられず、ぞっとする程の冷気を湛えている。
視界の端、真人がぶるっと身を震わせる前で、真希はおもむろにスマホを取り出し電話をかけ始めた。
まるで来ることが分かっていたかのように、秒で繋がる通話。
「あの人達に警備員を向かわせるから、ルート上にある監視カメラを適当に誤魔化しといて。あと周辺の人払いもお願い。2時間以内で」
『唐突にも程があるナッ!』
スマホから悲鳴のような声がこだまする。
状況が理解できず私も心の中で同意する。
あの人達とは、いったい誰を指すのか。
警備員を向かわせるのに、なぜ監視カメラを誤魔化す必要があるのか。
周辺の人払いまで行い、何をするつもりなのか。
ツッコみどころが多過ぎて、戸惑う私。
しかし対照的に、真人の行動は素早かった。
テーブル越しに腕を一閃、真希のスマホを奪う。
「真兄スマホ返して、あの人達やれないっ!」
「『やらんでいいっ!!』」
真人とスマホの向こうにいる人が同時に叫ぶ。
秒はおろかコンマレベルで息ぴったりな様子に、ああこれは本当にまずいのだと悟る。
そこからは3人で力を合わせ、真希を抑えることに全力を注いだ。
幸い大事には至らなかったけれど、最初に警備員へ連絡していたら手遅れになっていただろうとは、電話の向こう側の人、カノンさんの言。
本当に、ほんと〜〜〜〜に何事もなく済んで良かった……私以外。
真希を抑えることに成功はしたけれど、代わりに私は一日中真希に抱っこされるはめになった。
イメージ的には、エステルさんと久しぶりの再会を果たした時のような感じ。
その日、私の時間はやたらゆっくりと流れていった……。