195_真里姉と戦いの後
私がヴェルと一緒に地上へ降り目にしたのは、モンスターから人の姿へと戻るユダスさんだった。
それはユダスさんの仲間の方も同様だったけれど、異なる点が一つ。
押し寄せていた大勢のモンスターを含め、仲間の方は意識を失っているのに対し、ユダスさんだけ命を落としていた。
ネロや空牙を失った時とは少し違う、人の死という別種の重さ。
その重さに押し潰されそうで、心が苦しい。
胸を押さえる私の側で、マレウスさんが険しい表情で呟く。
「あのおっさん、とんでもないスキルを隠してやがったな」
そこへ、やって来たカンナさんとルレットさんが言葉を続けた。
「発動まで手間と時間は掛かったけど、結果だけみれば破格だわ」
「唯一のスキルと口にしていたのもぉ、伊達ではないのかもしれませんねぇ」
未だ意識が戻る気配のない、モンスター達。
その異常さが、どれだけ凄いスキルだったのかを物語っている。
ただ、かつてギルスの覚醒を目にした私としては、少し引っ掛かった。
強い力には、相応の代償が求められる。
だとしたら、ジェイドさんのスキルは……。
「ジェイドについては、わたくしから説明しましょう」
凛とした声と共に現れたのは、黒いアバヤを身に纏った女性。
この声、確か調印式で会った……。
「三商の、ヘレルさん?」
「覚えていてくださり、光栄です。そしてこの国を救って頂き、国を代表する者として、感謝申し上げます」
胸の前で掌を向けたまま重ね、頭が深く下げられる。
「彼が使ったのは、ゼノアに伝わる秘技。強制的に周囲の敵意を集め、発動すればそれに応じた報いを与えるというものです」
「ではユダスさんだけその、命を落としたのは」
「彼者が、ジェイドの命を奪ったから……しかしご覧の通り、この技の威力は凄まじいものです。代償にジェイドのレベルは一に戻され、一ヶ月の間何をしてもレベルが上がることはありません」
「結構エグいな。だが文字通り戦局を一変させたことを考えれば、妥当か」
辺りを見渡し、マレウスさんが納得したように頷く。
「ところで、ユダス以外の奴等の始末はどうするんだ? スキルの効果がいつまで続くのか知らんが、まだ生きているのをこのまま放置はできんだろう」
「確かに、放っておけばやがて目を覚まし再び暴れだすでしょう。しかし、ご安心を。ユダスが倒れた今なら、打てる手もあります」
「打てる手?」
「ええ……ヒルト」
ヘレルさんが告げた瞬間、その影から突如現れたのは、灰色のアバヤが特徴的なヒルトさんだった。
ヒルトさんは無言で両手を掲げると、サハルさんの時と同様に赤黒い光が周囲に走る。
光を受けた樹海のモンスター達は徐に目を覚まし、のそりと起き上がり、虚な様子で歩き出す。
歩む先は、北。
大挙して動く様は威圧感があるけれど、そこに敵意は感じられない。
その様子を、皆も呆気にとられ眺めていた。
「大魔の樹海へ戻るよう命じました。ベンとサハルの身柄も抑えてありますし、争いはこれまでです」
その断言にほっとしつつ、気になっていたことを尋ねる。
「あの、ヘレルさんがどうしてヒルトさんを?」
「三商の二人が目を付けたその力、わたくしが見過ごすはずありません」
笑みを形作る、口元。
そこには王様に通じる凄みがあり、私は密かに震えた。
周囲から樹海のモンスターが消え、怪我をした人の手当ても終わった頃。
静寂を縫うように、ヘレルさんが誰に言うともなく語り始めた。
リベルタで起きた一連の出来事、その真相を……。