193_真里姉と防衛戦(後編)
変貌したユダスさん達の力は、凄まじかった。
ただでさえ強かった樹海のモンスターに、人の経験と技術が加わり、多彩な攻めと連携を見せたからだ。
おかげで、これまで保っていた均衡が一気に崩れる。
負傷者は後方に下がり、傷が癒え次第戦線に復帰するものの、それでも徐々に押し込まれていく。
しかも厄介ないことに、ジェイドさん本人を狙う攻撃も増えている。
それが守り難さを助長し、このままでは防ぎ切れなくなるのも時間の問題だった。
「すまんな、この陣を描き始めると敵意がおれに集中し始めるんだわ」
そんな重要なことを、なぜ先に言ってくれないのか……。
心の声は皆にも届いたらしく、等しく拳を堅くに握り締めていた。
正直、殴り掛かる人が出なかったのが不思議なくらい。
「いずれにしろ、ちょっと拙いわね」
後方で支援していたはずのカンナさんの声が、これまでより近く聞こえる。
私達は知らぬ間に、だいぶ後方へ下がっていたらしい。
立て直そうにも、圧力が激しくその余裕すらなく。
ジリ貧な状況に、焦りが募る。
そんな中、毅然とした声が辺りに響いた。
「ここは私にお任せをっ!」
一歩前に出ながらそう口にしたのは、グレアムさん。
その手に構えるのは、全長二メートルはあろうかという大弓。
形から、これまで見た洋弓より和弓に近い。
「レギオスで鍛え、己の在り方を見つめ直した先に得たスキル。それを使えば、一時的に時間を稼げます。ただ、そのためにはマリアさんの協力が必要なのですが……」
言い淀むグレアムさんに、即答。
「構いません、お願いします!」
少しでも状況を良くする手があるのなら、形振り構っている場合ではない。
「……分かりました。それでは失礼して」
「へっ?」
近付いてきたグレアムさんが、唐突に私をおんぶし、紐で固定し始める。
確かに協力すると言ったし、その言葉を違える気はないのだけれど、この状況は予想の斜め上過ぎた。
「グレアムさん、これは一体……」
「申し訳ありません。これから使うスキルは、心に定めた方の近くであればある程効果が増大するのです」
急速に沸き起こる、不安。
それを感じ取ったのか、ギルスが『ヤルか?』と 目で問うている。
エステルさんに至っては、どこからか取り出したメイスを片手に、凄みのある微笑を覗かせていた。
一瞬悩んだ私は、きっと悪くないはず。
ただ“教祖”呼びが改善されていることを踏まえ、私はグレアムさんを信じることにした。
グレアムさんが弓を引くと、弓自体が光を帯び始める。
最初は淡い光だったものが、やがて直視するのも難しい程の輝きを放ち、弦の上に無数の矢が浮かんだ。
「【聖・魔離矢】っ!!」
叫ばれたスキルの名前へツッコむ前に、一斉に矢が飛翔し狙い違わずユダスさん達に突き立った。
矢は刺さるのと同時に、強烈なノックバックを生じさせている。
思わず膝をついたユダスさん達は、予想外の攻撃に驚きながらも攻撃を再開しようとし、それができないことに驚いていた。
「ご安心を。この技は私のMPが続く限り、相手の動きを止めます」
それが事実ならとても強力な技だけれど、制限もあるようだった。
まずMPの消費が激しく、かつ回復もできず長く持つものではないこと。
そして動きを止めた相手に対し、一切の攻撃が禁じられること。
「その制約があるからこその、破格な効果なのね」
納得顔のカンナさんに、マレウスさんが客観的な現状を突き付ける。
「だがグレアムの言う通り、所詮時間稼ぎ。この間に打開策を見つけねえと」
「オジ様のそれ、まだ終わらないの?」
「あと五分は要る」
短い返事に、ジェイドさんもまた必死なのが窺えた。
グレアムさんを見れば、とてもそこまで持ちそうにない。
「ピヨッ! ピヨヨッ!!」
その時、ギルスから私の肩へ移っていたヴェルが鳴き、仕切りに何かを訴えていた。
「どうしたの、ヴェル?」
「任せろと言っている」
隣へ戻ってきたギルスが、ヴェルの言葉に耳を傾け、意志を伝えてくれる。
「残り五分、守り切る技がヴェルにはあるようだ」
それが本当なら願ってもないけれど、いつの間にそんな技を覚えたのだろう?
まあ、大きくなったのもいきなりだったし、今更かな。
「そのためにオレはマリアの側を離れざるを得んが、任せたぞヴェル」
「ピヨッ!!!」
交わされるギルスの拳とヴェルの小さな翼。
それを見て、私も覚悟を決めた。
グレアムさんから離れ、ギルスを戻しヴェルに全力を注ぎ黒白鳥へと変化させる。
ヴェルは即座に上空へ飛び立つと、眼下の私に目を向けてきた。
初めて使う【転糸】により、一瞬で地上から上空のヴェルの背中へと移動。
羽ばたきながら、私からMPを吸い上げヴェルが力を溜める。
MPを吸われるがままにしていると、ユダスさん達が動き出すのが見えた。
グレアムさんのMPが切れ、スキルの効果が消えたらしい。
逸る気持ちを抑えヴェルを信じ委ねていると、戦いが再開される直前、MPの消費が急に緩やかになった。
長い首を曲げ、こちらを見詰めるヴェルに頷きを返し、戻し際ギルスから伝えられたヴェルの技の名を口にする。
「“昂禍!”」
瞬間、ヴェルの体から無数の羽が地上へ放たれた。