192_真里姉と防衛戦(中編)
「こそこそト、何かしている奴がいるかと思エバ、貴様かジェイド!」
「ばれたか。こっそりやっているから、見逃してくれてもいいんだぞ?」
相変わらず飄々とした応えに、ユダスさんが怒気を露わにする。
「それを聞キ、見逃す奴がいるモノカッ!!」
「まあ落ち着けって。心は広く持った方がいいぞ? なあ」
「そこで私に振らないでくださいね?」
「むっ」
いや、そこは言葉に詰まるところじゃないでしょうに。
この遣り取り、既に何度目だと思っているんですか?
ユダスさんではないけれど、声を荒らげたくなるのも分かる。
ただ不真面目そうにしている一方、手は止まらずに紋様を描き続けていた。
一連の遣り取り、ひょっとして時間稼ぎなのかもしれない。
「これが世にいう反抗期か……実際に食らうと意外とクルもんがあるな、嬢ちゃん」
「だから私に振らないでください。あと、私はジェイドさんの娘じゃありません!」
前言撤回、ただ私を弄りたいだけなのでは……。
湧き上がる疑念をよそに、ユダスさんは逆に警戒感を強めていた。
「貴様は本気の時ホド、ふざけていたナ。何を狙っているか知らンガ、ここで潰スッ!!」
ユダスさんがレオン達に目を向けると、一斉にこちらへ駆け出してきた。
彼等の強さはよく知っている。
モンスターを相手にしている教団の人達が、片手間で対処できる相手ではないはず。
そんな懸念を払拭するように、鮮やかな緋色が走りレオン達の前に立ち塞がった。
「ここから先へは行かせませんよぉ」
おっとりとした口調とは裏腹に、拳を打ち鳴らす姿はやる気に満ちている。
「こっちはワタシ達に任せて!」
「暴走しない分、前より耐えられるはずだ……俺が」
「カンナさん、マレウスさん……」
若干不穏な言葉が混じっているけれど、樹海で一緒に戦ったからこそ、信頼し任せられる。
その分、私も全力で応えないと。
「ごめん、ギルスはいきなり本番になってしまうね」
「気にする必要はない。ヴェルの真価を引き出した技、オレはこの身に受けられる機会を待ち望んでいたからな」
戦いの手を緩めずに、ギルスがいう。
ヴェルを黒白鳥へと変えた【天竺の糸】の装備特性、【魂現昇華】。
これまでギルスへ試したことはなかったけれど、きっと力になってくれるはず。
教団の人達の援護でモンスターの圧力が弱まった瞬間、私はギルスへ【魂現昇華】を発動した。
変化は静かに、けれど激しく動の気配を感じさせるものだった。
筋力が増したのか、服が内側から隆起している。
そして長かった銀髪はさらに伸び、腰まで届いていた。
悠然と歩き出したギルスが、教団の人が相手にしていた双頭の大蛇を無造作に払う。
たったそれだけで、大蛇はトラックに轢かれたかのように吹っ飛んだ。
「「「……」」」
ぽかーんとする、私と教団の人達。
強くなるだろうとは思っていたけれど、まさかこれ程だなんて。
驚く私とは逆に、ギルスは嬉々としてモンスターの群れに突っ込んでいった。
その手に持つのは、龍糸。
縦横無尽に走る龍糸が、抵抗すら許さず次々とモンスターを屠っていく。
“誓約の洞窟”で見せた、鏖殺。
それが今、再現されていた。
ギルスの強さに目を奪われている一方、少し離れた所で生まれた大きな打撃音。
見ればルレットさんが一人で、レオン達全員を相手に互角以上に渡り合っている。
カンナさん、マレウスさんを入れれば三対四。
ただし実態は二人共支援に徹しており、ルレットさんが攻防の殆どを引き受けていた。
普通なら難しいそれを可能としているのが、ルレットさんの言っていた奥の手。
「あれは……憑依されていた時のルレットさんが見せた攻撃?」
不可視にして、距離を無視する同時攻撃。
ルレットさんはギランを相手にしながら、小刻みに位置を変え上手く盾のように扱い、アークスとレオンをその攻撃で牽制していた。
密集しているため、ミストの魔法は自然と封じられる形に。
仮に離れようとしても、即座に距離を詰めてくるため詠唱もできない。
それには、カンナさんによるステータス向上も効いているようだった。
ちなみにマレウスさんは、もっぱらカンナさんの護衛。
戦況が安定し、時だけが過ぎていく。
時間を稼げるから、こちらとしてはありがたい。
けれどこのまま許してくれる程、ユダスさんは甘くなかった。
「思ったよりヤル。ならこちらモ、箍を外すことにスルゾッ!」
直後、ユダスさん達は近くのモンスターに黒い何かを押し当てた。
一閃する、黒い光。
光が収まった後、モンスター達には人の手足が無数に生え、顔らしきものが皮膚のあちこちに浮かんでいた。
悍ましい変化に目を背けたくなるも、地の底から響くような声がそれを許さない。
「ホントウノタタカイハ、コレカラダッ!!」