190_真里姉と思いがけぬ提案
これまでと違い、矛先を人だけではなく建物にも向けるモンスター達。
文字通り手当たり次第、攻撃の届くモノから順に破壊の波を広げている。
最初に甚大な被害を受けたのは、宮殿に籠っていたベンさん達。
壁の壊された箇所を押し広げられ、大量のモンスターが雪崩れ込んできたからだ。
目紛しい状況の変化についていけなくなり、宮殿に残っていた人達の対応はバラバラで。
結果、それがより被害を大きくすることに繋がった。
悲鳴がこだまし、撤退の声が繰り返される中、宮殿へ流入するモンスターの勢いは止まらず。
ようやく勢いが弱まった頃、宮殿から聞こえてくる人の声は当初よりだいぶ小さくなっていた。
溢れたモンスターは、宮殿の外へと無秩序に向かう。
こちらへ来るのも、当然のようにいる訳で。
慌てて知らせようとしたら、異変に気付いたカンナさんが既に皆を引き連れていた。
簡単に経緯を説明すると、宮殿を眺めながらカンナさんが溢す。
「あの様子だと、相当な被害が出ていそうね」
「切り札を返されちゃ世話ねえな」
「それを言うとぉ、あちらもですねぇ」
マレウスさんが容赦無く切り捨て、ルレットさんの指差す先には、頽れたサハルさんの姿が。
その口は、『なぜ』『どうして』という言葉を繰り返している。
船上で王様との巧みな遣り取りを見聞きしている分、印象の落差が激しい。
「あれはもうダメだな」
ジェイドさんが、サハルさんの居た建物から飛び降りこちらに向かいながら口を開く。
ただし、その接近はギルスとグレアムさんに阻まれた。
円形闘技場での一件を考えたら、無理もない反応だと思う。
にも拘わらず、当のジェイドさんは傷付いたように肩を落とす。
「そこまで警戒されると、さすがのおっさんも傷つくぞ? なあ嬢ちゃん」
「いや、そこで私に振らないでください……って以前も似たような遣り取りしたじゃないですか!」
あれは初めて会った時のことで、そこまで古い話ではないはず。
これが嫌がらせではなく、素のようだから質が悪い。
「何はともあれ、今はアレへの対処を優先しないと拙いだろう、お互い」
親指で示すのは、黒化したモンスターの群れ。
確かに、このまま進行させたらカレブさん達にも被害が及んでしまう。
東の拠点には多くの人が集まっているけれど、組織だって動ける状態にはなく、私達でなんとかしなければならない。
迫り来るモンスターの数は多く、しかも大きい。
それでも恐れずに立っていられるのは、皆がいるおかげだ。
図らずも横一列に並んだ皆を目にし、そう思った……のだけれど。
「しかしマリアが絡む案件は、いつも規模がでかくなるな」
「因果関係も気になるわね。マリアちゃんが先か、後か」
「いずれにせよぉ、放って置かなかったのは間違いないですねぇ」
「マリア姉様は英雄ですから!」
「マリアさんは崇められるに足るお人ですから!!」
「なんですかそれっ!?」
事実確認から推測、そして断定へと流れるように言葉が繋がっていく、私の悲鳴じみた訴えを無視して……。
「嬢ちゃん、愛されているなあ」
今の遣り取りをその一言で纏めますか、ジェイドさん。
ジト目を向けるも、どこ吹く風といった様子。
「だがまあ、今の嬢ちゃん達になら任せられそうだ」
「任せる?」
「これからおれの取っておき、唯一のスキルを使う。すまんが嬢ちゃん達、スキルを発動するまでの間、守ってくれんか?」
唐突な依頼に答えられずにいると、マレウスさんが訝しげに口を開いた。
「そのスキルはこの状況を打破できるもんなのか?」
「少なくとも、この辺り一帯の無力化は保証する」
「ちょっと信じがたいですねぇ。それだけのスキルを個人が使えるとは思えないのですがぁ」
「同感だわ。オジ様、せめてそのスキルについてもう少し説明が欲しいわね」
「用心深いのはいいことだ。そうだな……こいつはあんたらと同じレベル、二回のクラスチェンジを経て覚えたスキルだ。代償に、他のあらゆるスキルを捨てている。それじゃ不足か?」
その言葉に、全員が言葉を失った。
私も普段スキルのお世話になっているだけに、それがどれ程のことか多少なりとも想像できた。
少なくとも、私にはできそうもない選択だ。
「いかれてるぜ……」
マレウスさんの、絞り出すような声。
「まあ、こんな時のために覚えたもんだからな」
相変わらずの軽い口調。
マレウスさんはそれ以上何も言わず、ちらっと私を見た。
あとはお前が決めろと、その目が告げている。
改めてジェイドさんに目を向けたけれど、気負った様子はまるでない。
去来する、頼もしさと不安。
ただ事態は切迫しており、迷っている時間はない。
「……分かりました。できる限りのことはしてみます」
どのみち、このまま私達だけであれだけのモンスターを相手にするのは厳しい。
皆を見渡せば、返されるのは無言の首肯。
こうして、ジェイドさんを切り札にした私達の防衛戦が始まった。