188_真里姉と交錯する想い
マレウスさんが皆に情報を伝えていると、しばらくして大勢の人が拠点に押し寄せてきた。
鎖こそ切れているものの足枷は残っていることから、サハルさんが言う宮殿を囲んでいた奴隷の方達に違いない。
突然の出来事に拠点に居た人達総出で対応するも、人手が足りず混乱は広がる一方。
しかもこの場を治めていたサハルさんの姿が、いつの間にか消えている。
「野郎、こんな状況でどこ行きやがった!」
声を荒らげ、マレウスさんが毒づく。
対応に追われるカンナさんやルレットさんも心情は同じらしく、怒気を発している。
責任者が率先して逃げたようにも取れるのだから、無理もないよね。
ただ、このままでは収拾がつかないのも事実。
いっそヴェルに乗り、空から呼び掛けようかと考えた、その矢先。
“リーーンッ”
鈴の音が、鳴り響いた。
鳴ったのは、ただの一度。
しかもその音は、決して大きくも高くもない。
けれど不思議と通り、意識を惹き付けられた。
それは私だけではないらしく、見れば遠く離れた人にまで届いているようだった。
波紋のように、広がる静寂。
その静寂の中、聞こえてきたのが足音一つ。
どうもこちらへ近付いているようで、足音は徐々に大きくなっていた。
一体だれが……。
目の前の人垣が薄くなり、とうとう割れる。
その中心に居たのは、人を抱えたジェイドさんだった。
「まったく、あれだけ釘を刺したのに来ちまうとは……」
頭をかきながら、溢す。
「けどまあ、遠ざけるだけが守ることじゃねえか」
そう言って、抱えていた人を地面にそっと横たえる。
見た瞬間、血の気が引いた。
血まみれだけれど、ヨシュアさんに似たその顔立ちは、間違いなく兄のカレブさんだった。
慌てて駆け寄る私に、ジェイドさんの声が降る。
「気を失っているだけで、命に別状はない。それより……サハルはどこへ行った?」
辺りを見渡しながら、独り言のように呟く。
その眼光は鋭く、偶々視線が合った人達が身を竦めていた。
「こっちが聞きてえよ。っていうか、お前ベンに従っているんじゃねえのか? 堂々とよくもまあ敵陣に」
「おっさんは誰かの味方って訳じゃない。自分のために動いている」
「胡散臭え」
「ああ、おっさんもそう思うぞ」
腕組みして頷く姿は、いたって真面目そうに見える。
人を食ったような反応に、マレウスさんが珍しく言葉を失っていた。
サハルさんは含みを持たせるような言い方だったけれど、ジェイドさんにはそれが無い。
私も覚えがあるので、マレウスさんの心情が少し分かる。
「まあ、おれのことより今はサハルだ。あいつ、まさか欲をかいたんじゃ……」
「欲?」
話が見えず首を傾げていると、地響きを立て樹海の大型モンスターが群れをなし攻めてきた。
大きさもさることながら、国を代表する東の大通りを埋め尽くす様は、恐怖以外の何ものでもない。
込み上げてくる震えを我慢していると、力強く体を抱えられた。
「マリア、無事か!」
「ギルス!?」
負傷者の移動を手伝っていたはずが、まるで瞬間移動でもしたかのように現れた。
距離を取ったのは、ジェイドさんに対して。
これまでの遣り取りを思えば、無理もないか。
混沌とした状況、そこへ更に追い討ちをかけたのが、比較的高い建物の上に現れたサハルさんとヒルトさん。
周囲はモンスターで溢れかえっており、飛び掛かろうと力を溜めているものもいる。
状況的にみれば、絶体絶命。
にも拘わらず、サハルさんは余裕のある態度を崩さない。
「ヒルト」
短く命じられたヒルトさんが、両手を天に翳し、何事か呟いた。
すると手の間に赤黒い光が生まれ、一瞬にして辺りを飲み込んだ。
強い光に、目が眩む。
視界が正常に戻った頃、モンスター達は進行を止め静まり返っていた。
しかしそれは、僅かな時でしかなく。
モンスター達は再び動き始めた、これまでとは逆の方向へ。
そして背後に控えていた、西と南から集まった冒険者達に襲いかかった。
「一体何が……」
仲間割れという言葉が適切か分からないけれど、虚を突かれた冒険者達はろくな抵抗もできずにその数を減らしていく。
潰走する冒険者には目もくれず、モンスター達が目指したのは宮殿。
宮殿へ迫ると迎撃を受け倒れることも厭わず、壁を壊しにかかった。
明らかに意志を感じさせる、その行動。
違和感を覚えた直後、サハルさんが前屈みになり……笑っていた。
楽しそうに、狂気すら感じる程、笑っていた。
「この日をどれだけ待ち侘びたことか! ようやく、白を落とせる!! あいつの切り札を奪うという、最高の形で!!!」