187_真里姉と再びのリベルタ
船上から遠ざかっていくカルディアを眺めていると、心に浮かぶ感情が前回のわくわくしたものとあまりに違い、戸惑いを覚えた。
「あの時は、初めて見る海の青さと広さに感動したんだけれど……」
今は青さの下に潜む仄暗さと、果てしない広さに恐れのようなものを感じる。
リベルタへ赴くことを決意した日、報せに来てくれた王様の使いの方に、念のため王様へ伝言を頼んだ。
内容は簡潔に、私達もリベルタへ連れて行って欲しいという、それだけを。
結果、一時間としない間に“王様の小部屋”から王様が飛んできた。
早過ぎる反応に面食らっている私へ、『お主が向かうことは許さぬっ!』と言い放つ王様。
私なりの考えと想いを精一杯伝えてみたけれど、王様は首を縦に振らず。
これ以上何を伝えればいいのかと途方に暮れた時、援護してくれたのは皆だった。
最後は王様も折れ、クラン全員にグレアムさん達も同行し、常に誰かと一緒にいることを条件に私のリベルタ行きは許された。
その際王様も行くと言い出したけれど、どこから嗅ぎつけたのか、忽然と現れた側近の人達に説教を受け叶わず。
ちなみに説教は思わず私達が引く程に激しいもので、ヴェルはギルスの影に隠れガタガタと震えていた。
それでも表面上は平然と城へと戻っていったのだから、王様のメンタルは相当なものだと思う。
っていけないな、どうにも取り留めのないことを考える。
たぶん不安の裏返しなんだろうけれど、何しろ既に反乱が起きているのだ。
しかもそこには、ヨシュアさんのお兄さんがいるかもしれない。
気持ちは急く、しかし船は一定の速さでしか進まず。
それがどうにも、もどかしく感じられた……。
私達が乗ったのは軍船で、前に乗った船よりずっと速く海を走った。
おかげで前回の半分ほどの期間で海を渡り切ったけれど、到着したリベルタの状況は酷く、暴動により店は軒並み壊され、商品は略奪されていた。
至る所から煙が上がり、怒声も飛び交っている。
事態が逼迫していることは明らかだけれど、辺りは混沌としており、迂闊に飛び込む訳にもいかない。
名目上、リベルタへ来たのは物資の支援だしね。
「この様子だと、港へ入るのは難しいかしら」
「ですが悠長にしている暇もなそうですよぉ」
ルレットさんが指差す方向には、周囲を見下ろすように高台に建っている、屋根がドーム状の大きな白い宮殿があった。
宮殿は高い尖塔を携えており、そこから矢や魔法が間断なく降り注いでいる。
その激しい攻撃に晒されているのは、サハルさんの言葉が正しければ蜂起した奴隷の方達。
矢が刺さり、火に焼かれ、遠目にも多数の負傷者が出ているのが見て取れる。
きっとポーションは、幾らあっても足りないはず。
早く届けたいけれど、船はその場を迂回するように東へ。
ようやく辿り着いたのは、私がジェイドさんに初めて会った桟橋。
予め準備していたようで、桟橋はかつて見た時の倍くらいに延びている。
そして桟橋の袂には、幾つかの通路を塞ぐ形で陣地が築かれていた。
手分けして物資を運び、陣地へ急ぐ私達。
するとそこへ、指揮の合間を縫ってサハルさんが出迎えにきてくれた。
「協力感謝します。蜂起する時期が早まったせいで物資の消費が激しく、正直助かりました」
「大方、集まった奴隷達の不満を抑えれきなかったんだろ? 無理に抑えつければ、事態はさらに混沌としたはずだ」
「推察の通りです。さすがはカルディア国王の代理を務められるお方」
「そんな大したもんじゃねえよ」
サハルさん相手に、船酔いで顔を青白くしながらマレウスさんが応える。
レギオスとの戦争の際、マレウスさんが相手側の意図を見抜いたことで、今回王様から国王の代理を任されていた。
あの時は驚いたけれど、改めて遣り取りを見聞きすると本当に凄いと思う。
普段弄られているのが嘘のよう……と思ったら、さっさと今後の方針を示せとカンナさんに物理的にせっつかれていた。
あっ、いつものマレウスさんだ。
話し合いはマレウスさんに任せ、私達は指定された場所に物資を置き、それぞれできることを始めた。
カンナさんは聖職者のジョブを持つ方を集め、エステルさんと一緒に負傷者の回復を。
ルレットさんは動きの俊敏な人と共に、負傷者を陣地まで運ぶ役を。
グレアムさん達は陣地の防衛に加わっていた。
既に名目から外れた行動を取っているけれど、王様ならそれも織り込み済みだと思う、たぶん。
私はギルスとヴェルと一緒に、食事を配って回る係。
味の好みが合うか気になっていたけれど、皆がつがつ食べていた。
安堵しながらも、次々と運ばれてくる負傷者と遠くから聞こえる激しい戦闘の音に、否が応でも不安を掻き立てられた……。
交代しつつ各自ができることを続けた、四日後。
突如北から大型のモンスターの軍勢が、そして南と西から冒険者が大挙して押し寄せているという一報が入った。
宮殿は、リベルタを東西南北に走る大街道のほぼ中央に位置している。
周りを囲むのは白く背の高い壁と、街道を眼下に収める四つの尖塔。
私達が居るのは東南東の海から近い場所で、蜂起した人達は宮殿を囲み全方位から攻撃を仕掛けているらしい。
そこへさっきの報せが入り、状況が一変。
東を除く三つの方角は、迫り来る相手と宮殿とで挟み撃ちにされる形となった。
「北から樹海のモンスターが来るとは聞いていたが、西と南は聞いてねえぞ」
不測の事態に、マレウスさんがサハルさん相手に凄む。
「相手は白の三商。こちらが北の動向を掴んでいたように、冒険者達へ根回しをしていたのでしょう。恐らく、高額な報酬をちらつかせ」
「街にプレイヤーの姿が見えねえと思ったが、そういう訳か……だがサハル、お前知っていたな?」
「まさか、私も驚いているのですよ。冒険者の動きにも注意を払っていましたが、よもやこれ程の人数を集めているとは」
「予想外、なんて詰まらない嘘は吐くなよ。奴隷の目があるのに、見逃す方がおかしい。分からねえのは、こっちだけ無事なことだ。相手が決死の反撃を恐れ、敢えて退路を作ったという線も考えたが、行き着く先は海。逃げられんことくらい、誰の目にも明らかだ」
「それでは、文字通り死に物狂いで迎え撃たねばなりませんね」
言葉とは裏腹に、必死さの欠片も見せぬサハルさん。
「随分と余裕だな。お前の何とかするに関係があるのなら、早めに教えて欲しいんだが?」
「時がくれば分かりますよ」
「はっ、せいぜいこっちを巻き込まないでくれよ」
これ以上話をしても無駄と判断したのか、マレウスさんがその場を後にする。
私も後を追うと、小声で話し掛けられた。
「覚悟しとけ、いざって時は俺達だけでもリベルタを出るぞ」
冷たくも感じられる声音が、マレウスさんがいかに真剣であるかを物語っていた……。