183_真里姉と語る三商
「不躾な訪問にも拘わらず、会談の場を設けて頂き感謝します。カルディア国王、アレイス・ロア・カルディア」
「使者にこの国の大事を匂わす言葉を託し、よく言う。リベルタの三商が一人、シャヘル・サハル」
棘のある言葉を放つ王様に対し、サハルさんは涼しい顔。
カンナさんがここに居たら、『面の皮が厚いわね!』と口走り、王様の代わりに襲い掛かっていたかもしれない。
そんな絵が想像できる程、サハルさんは異様な程落ち着いていた。
「時は有限、早速本題に入れ……と言いたいところだが、見慣れぬ者がおるな」
サハルさんの隣に佇む女性へ、王様が目だけを向ける。
「彼女はファティマ・ヒルト。私の右腕です」
紹介され、サハルさんと一緒にこちらの船へ降り立った女性が半歩前に出る。
身長は百六十センチ程で、アバヤから覗く手足は華奢で白い。
伏せられた目は糸のように細く、見えているのか怪しい程。
正直、あの即席の橋をよく渡ってこれたなと思う。
「右腕? 灰のサハルにそのような存在がいたとは初耳だ」
「普段表には出ませんので。大和では、懐刀とも呼ぶとか」
訝しむ王様に対し、サハルさんの流れるような受け答え。
しかも流した勢いを、そのまま返してくる。
「もっとも、カルディアの英雄と比べれば取るに足らなぬ者。何しろ英雄殿とそのご友人は、リベルタに来られた時よりも強くなっているご様子なれば」
「随分ともてなされたと聞いたがな」
「カルディアの威光、存分に轟いたかと」
「はっ! ぬけぬけと言いよる……ならば、この者達の説明は不要であろう」
私達をちらりと見た後、王様が言葉を切る。
「語れ。三商自らが赴き伝えようとしている、その詳細を」
静かに威圧する王様を前に、サハルさんが表情を引き締める。
少しの間を置き、サハルさんは口を開いた。
「現状が続く限り、近い未来にリベルタは滅びます。皮肉にも、発展を支えてきた自らの所業によって」
「根拠は?」
国が滅ぶという、規模の大き過ぎる話にも動じず、王様が問う。
「リベルタの擁する奴隷の数は、先日自国民の三十倍を超えました。その多くが不満を抱え、日々を過ごしています」
「三十倍……国の土台を揺るがすには十分な人口比だが、それに加え」
「はい、奴隷の殆どはゼノア出身。過酷な地で生き抜くため、様々な強さを秘めた者が多いのです。そんな者達が蜂起すれば、国は最悪の形で滅ぶことになるでしょう」
「犠牲は上だけに留まらぬか」
「民の生活を支えているのも奴隷。しかも民は、それを当然のことと考えています。逃れられるとは思えません」
「陸続きであれば他国へ逃れ易かろうが、肝心のそれはゼノアにしか通じておらんしの」
「ええ、自ら腹を空かせた獣の許へ向かうようなものです」
「三商の長たる、白のベンは何と申しておる」
「何も。問題視すらしておりません。ただ守りだけは固めています。それも練度の高い兵によって」
「無知ゆえに、ではあるまい。策あってのことだとすれば…………なるほど。カルディアを救うという話、ここで繋がるか」
繋がりの見えない私の思考が迷子になっている一方、サハルさんは少しだけ驚いた表情を覗かせた。
「今の遣り取りで悟られますか。さすがはカルディアの王」
「己が力のみで辿り着いた訳ではない。頼もしき友のおかげよ」
微かな微笑みを浮かべる王様は、誇らしげだった。
けれどそれは一瞬のことで、表情も険しく唸る。
「正気の沙汰とは思えん。手段は不明だが、守りに徹している間に奴隷の母国、ゼノアを樹海の魔物を使い攻め落とすつもりか」
「だけでなく、そのままリベルタへ向かわせ反乱を起こした奴隷達を一掃するのでしょう。こちらは見せしめの意味も籠め」
「度し難い……しかしそれが本当であれば、カルディアも座視するわけにはいかぬな。樹海自体が要害であったがゆえに、そちらの防御は手薄だからの。して、灰のサハルはカルディアへ何を求める」
鋭い視線が、嘘偽りを述べることを許さないと暗に告げている。
しかしサハルさんは迷わず答えた。
「物資の支援」
正面から眼差しを受け止め、短く。
王様が意外そうな顔をして、改めて問う。
「ほお、武力ではなく?」
「ええ、そちらは何とかしますので」
言葉は、ヒルトさんに向けて。
王様は無言で頷くヒルトさんを凝視した後、纏う空気を緩めた。
「よかろう」
という一言と共に。
その後は王様とサハルさんで瞬く間に話が進み、気付けば文書の取り交わしまで終わっていた。
途中から話についていけなかったけれど、非常に大きなことが決まったのは分かる。
サハルさんとヒルトさんが戻ったのを見届け、互いの船が離れていく。
離れ際、不意に視線を感じ振り返ってみると、ヒルトさんが顔をこちらへ向けていた。
相変わらず目は伏せられ、開いているようには見えない。
けれど懐かしそうな感じが伝わってくるのは、なぜだろう……。