182_真里姉と海での再会
馬車が到着したのは、以前私達がリベルタへ出航した港街。
車窓から見える街は相変わらず活気に溢れ、人通りも多い。
しかし馬車は多くの船が停泊する埠頭には寄らず、人気の少ない街外れへと向かっていた。
そこには船を修理するためなのか、木造の大きな建物が並んでいる。
馬車が止まったのは一番奥にある、海岸に面した周囲より一回り小さな建物。
中へ入ると、一隻の船がいつでも出航できるよう準備されていた。
カンナさんが見れば、もっと詳細に分かると思う。
しかしその手の知識に疎い私では、帆のない大型ボートのような物、という例えが精々。
馬車が到着すると、船の周りに居た人達が駆け足で集まり、綺麗に整列した。
「訓練された動きですねぇ。整備士の方ではなくぅ、軍人の方ですかぁ」
おっとりとした口調とは裏腹に、ルレットさんが真剣な表情で断言する。
「即座に見抜いたか。彼等はカルディア海軍の選りすぐり。この先の会合を控え、余と船の警護を命じてある」
「会合ですか? リベルタの方とは、話したんですよね??」
「使者はあくまで先触れよ。詳細な話は、使者をよこした者へ直接確かめることになっておる」
「だから船なんですねぇ。人気のない海上ならぁ、密談にもってこいでしょうしぃ」
「その通りだ。国家間に関わる話、まして秘密裏に何らかの決定をすることになった場合、周囲に居る者は限られた方が良いからの」
馬車から船へ乗り換え、出航を待つ間に私はグレアムさん達から託された情報を王様へ伝えた。
やはり大型モンスターの姿は発見できなかったこと。
しかしカルディアへ向かった形跡はないこと。
ではどこへ消えたのか、肝心な点は分からなかったこと。
「正確な情報、感謝する。しかしカルディアに向かっていないとすると、奴等は……」
「消去法でぇ、ゼノアだと思いますぅ」
「それしかあるまいな。レギオスにも抜けられるが、わざわざあの深い雪山を越えるとは思えん。樹海と同等か、それ以上の力を持つモンスターが棲みついているとも聞くしの」
そんな危険な場所を抜けてきたんだ、グレアムさん達……。
凄いと思う反面、あまり無茶はしないで欲しいとも思う。
イベントで何度も死に戻りした私がいうのも、なんだけれど。
「此度の一件が偶然でないとすれば、これから会うリベルタの者が何かしら伝えてくるであろう。万が一に備え、護衛は可能な限り連れて行く。マリアよ、お主も気を」
王様の言葉を遮り、前に出たルレットさんが胸に手を当て、ギルスが胸を張る。
二人共、揃って不敵な笑みを浮かべている。
ヴェルは同じ仕草ができない代わりに表情だけは揃えようとしているけれど、その笑みはどう見ても可愛い。
ありがとう、おかげで私の緊張は和らいだよ。
「愚問であったな」
続けようとした言葉を、王様が止める。
しばし沈黙が降り、次に言葉が生まれたのは王様の号令だった。
「抜錨!」
その一言に対し、行動をもって応える兵の方達。
錨が引き上げられ、魔法を使っているのか船が滑るように海へ出る。
船は海岸沿いを進み、街から離れた所にある岬を目指す。
途中、数艘の小さな漁船とすれ違ったけれど、岬を越える頃には見かけなくなっていた。
船はそのまま陸地を離れ、沖へと向かう。
やがて船影らしきものが確認されると、俄かに甲板が慌ただしくなった。
どうやら、目的の船があれらしい。
遠目ではよく見えなかったけれど、近付くにつれ、その船は私達が乗っている船と似ていることが分かった。
王様は船を慎重に進ませ、船の横っ腹が向き合う形で並ばせた。
特に、向こうからの反応はない。
錨が降ろされ、こちらの船からリベルタの船へロープが投げ込まれる。
向こうがそれを受け取ったのを確認すると、互いにロープを船へ固定する。
それを再度行った後、魔法によるものか、不意に海水が立ち上った。
海水は二本のロープに絡みつき、氷って道を作る。
そこへ紅い絨毯が敷かれると、向こうから一組の男女が不安定な足場を気にすることなく渡ってきた。
ゆったりとした衣装は、リベルタ特有のガンドゥーラとアバヤ。
ただしその色はどちらも灰色で、灰色のガンドゥーラを纏い王様と会えるような人を、私は一人しかしらない。
渡り終えた二人が、王様に対し胸の前で掌を向けたまま重ね、軽く頭を下げる。
リベルタからの急な来訪者、それは調印式で会ったリベルタを代表する三商の一人、シャヘル・サハルさんだった。