181_真里姉と更なる報せ
私達はその後、当初の目的通り教団の皆さんを治療し、装備の修理を行ない食事を配った。
休まず調査をしていたようで、皆の顔に浮かんでいるのは緊張と濃い疲労の色。
しかし食事を取ることで張り詰めた空気は和らぎ、心なしか顔色も良くなっていた。
安堵していると、グレアムさんが照り焼きサンドを片手に状況を報告してくれた。
「バルト君を王都へ向かわせた後も調査を続けましたが、やはり周囲に大型モンスターの姿は見えません」
「不可解ね……リベルタで見たけど、あの巨体でしょ? しかも何百体と居そうなのに、一体どこへ消えたのかしら」
「痕跡を追った限り、少なくともカルディアへ向かってはいません」
その言葉に、思わずほっとする。
安心するには早いのだろうけれど、一先ず危機的状況という訳ではなさそう。
休憩を終え、念のため再度大型モンスターが居ないことを確認し、私達は急ぎ王都へ戻ることにした。
それを提案したのが、グレアムさん。
正確な情報は、王様が今後の対処方を決める際に役立つはずだからと。
疲れが残る体を押して、冷静に。
久々に会うなり一斉に頭を下げられた時はくらっと来たけれど、これは認めないといけないね。
グレアムさん達は変わり、以前とは違うことを。
その感覚は私だけじゃないらしく、ギルスも張り合うような素振りを見せてはいない。
しみじみと普通を噛み締め、樹海を走る。
といっても皆の速度に追いつけず、私は殆どギルスの肩に乗っていたのだけれど……。
程なくして樹海を抜け、私達は街道に出た。
そのまま休まず街道を進み、王都の城壁がだいぶ近くに見えた頃。
東の街道から南下する、数台の馬車が視界に入った。
私には普通の馬車にしか見えなかったけれど、マレウスさんとカンナさんは違ったようで。
「あれは相当手が込んでいるな」
「ええ、走っても車体が揺れていないわね。それに敢えて地味にしているけど、使われている素材は一級品ばかりよ」
遠目でもそんなことが分かるなんて、さすが生産トップ。
感心して二人を眺めていたら、当の馬車が急に止まり、一台の馬車の扉が開いた。
そして中から現れたのは、特徴的な衣装に緋色の瞳を持つ女性……。
「って、ルレットさん?」
手を振りながらこちらへ駆け寄ってくるのに合わせ、私達も近付く。
ルレットさんの速度は凄まじく、互いの距離があっという間に縮まる。
目の前に到着したルレットさんは、息を切らすことなく笑みを浮かべ話し始めた。
「少し困ったことが起きたのでぇ、ここでマリアさんに会えて良かったですよぉ」
「困ったこと、ですか?」
それとルレットさんが馬車に乗っているのと、どんな繋がりがあるのだろう。
詳しく聞きたかったけれど、これ以上目立つのは避けたいらしく、一先ずグレアムさん達にはそのまま王都へ向かってもらい、私だけルレットさんと一緒に馬車へ。
ちなみにマレウスさんとカンナさんも治療や修理による疲れが見えたので、グレアムさん達と一緒に戻ってもらうことにした。
ルレットさんにエスコートされ馬車の中へ入ると、扉を閉めた馬車が直ぐに走り出す。
席に着けば、見計らっていたかのように声を掛けられた。
「お主と道中で出くわしたのは、僥倖であった。今は正確な情報を求めていたのでな」
「王様?」
訝しんだのは、いつもの真紅の衣装が黒に変わっていたから。
しかもフードを被り、口元は同色の布で隠されている。
どことなく、リベルタで見た女性の姿を思い出す。
「帰還の折、急に呼び立ててすまなかった。しかし今は時間が惜しいのだ、許せ」
「それは良いんですが、一体何があったんです?」
ルレットさんに“大魔の樹海”の異常を伝えてもらったはずだけれど、それにしては向かっている方向が逆だし、お忍びのように移動する理由が分からない。
問いへの答えは、思いがけぬものだった。
「内密にリベルタから使者が来て、訴えたのだ。国を救って欲しいとな」
「国を……」
突然スケールの大きな話が飛び出し、思考が追いつかない。
「しかもそれが、引いてはカルディアを救うことにも繋がるというが……どうも怪しい。お主から届いた情報があっただけにの」
カルディアとゼノアは、“大魔の樹海”によって隔たれている。
正確には、そこに居た多くの巨大なモンスターによって。
けれど、今はその姿が見えない。
いい知れぬ不安を感じ、私はどうにも落ち着かなかった。
「以前、余はお主があまりリベルタへ関わるなと口にした。しかし、虫のいい話だが……」
私は首を振って、続く言葉を止めた。
状況により対応が変わるのは、自然なこと。
けれどたっぷり聞かされたお小言に対し、少しくらい反撃しても、罰は当たらないよね?
念のためザグレウスさんに問いかけ、安定の沈黙が返されたのを確認し、私はしばし、王様と歓談した。