176_真里姉と変わらぬ三人
「生身で空を飛ぶなんて、現実では味わえない体験ね!」
「空牙の時とはぁ、爽快感の質が違いますねぇ!」
束の間とはいえ、優雅な空の旅に歓声を上げるカンナさんとルレットさん。
一方マレウスさんが上げたのは、悲鳴。
悪気はないのだろうけれど、ヴェルが機嫌良く『ピヨピヨ』鳴いたせいで、落下しかける恐怖を何度も味わっていた。
ヴェルのおかげで文字通り一っ飛びで王都へ着いたけれど、降りて直ぐ口から大地へ肥料を撒くマレウスさん。
そういえば、船酔いも激しかったですね……。
さすがにこの状態でマレウスさんに移動を強いる程カンナさんも鬼ではなく、具合が良くなるまで待つことに。
その間、私達はどうやってヴェルを王都へ入れるか議論した。
ギルスと同じく戻ってもらうことを考えけれど、次に喚んだ時も同じ大きさだった場合、思わぬ被害が出かねず却下。
しばらく悩み、単純なことに気付く。
装備特性【魂現昇華】を使い大きくなったのだから、それを解除すればいいことに。
平常心って大事だね、うん。
二十分後、私達は手の平サイズになったヴェルと一緒に無事……かはさておき、ホームへ辿り着いた。
着いた途端、離れへ駆け出すルレットさんとカンナさん。
マレウスさんも重たかった足取りが嘘のように軽くなり、後を追っている。
「相変わらずだなあ」
苦笑し、私は母家を出る三人の背を見送った。
以前ギルスを生み出した時のことを考えれば、離れに籠る日々が続きそう。
私はレイティアさんにその旨を伝え、いつもより多く離れの様子を見に行ってもらうようお願いした。
「仕方のない方達ですね」
肩をすくめながらも、レイティアさんが了承してくれる。
これでまた餓死寸前まで根を詰める心配は消えたかな?
三人共、レイティアさんのお・は・な・しは、記憶に刻まれたままだろうし……。
ルレットさん達が離れに籠もりだしてから、はや十日。
今のところレイティアさんのお話しが発動した形跡はなく、穏やかな時が流れている。
自室に戻る時間も惜しいのか、私はあれからルレットさん達の姿を見ていない。
前回と違いサプライズではないため、いじけ……じゃなく不安を覚えることもなく、私は外で【天竺の糸】を試したり、マリ……アネーターのスキル【転糸】で遊んだりしていた。
【転糸】は説明にあった通り、糸を通じ離れた場所に居るギルスやヴェルの許へ一瞬で移動できるスキル。
レベルが上がりMP総量が増えたおかげで、消費はそこまで負担にならない。
ただ、ここで一つ問題が起きた。
それはヴェルを大きくしてくれた、【天竺の糸】の装備特性【魂現昇華】。
ギルスが期待に満ちた目を向けてくるので使ってみたら、物凄く渋い顔をされた。
えっ、何その反応!?
気になり尋ねようとしたけれど、佇む姿が『聞くな』といっている。
ここまで明確な拒絶も珍しい。
私はギルスに害がないことだけを確認し、そっとしておくことにした。
詮索されたくないことの一つや二つ、誰にでもあるしね。
その後ホームへ戻り、カスレと鶏の照り焼きサンドを作り置きし、レイティアさん達と午後のお茶。
今日のお茶請けは、ナシのタルト。
ライルが王都の人気店に並び、買ってきてくれた物だ。
一口食べると、ナシの少し青さを感じる香りが鼻に抜け、甘さが口に広がる。
「美味しい。カスタードを控え、代わりにナシを贅沢に使っていますね」
「親戚の方が果樹園をお持ちだとか。そのおかげで、質の良い果物をふんだんに使えるそうです」
私の感想に、レイティアさんが補足してくれる。
オレンジも育てているようなので、今から楽しみだ。
幸せな気分でタルトを食べていると、不意に離れへ繋がる扉が“ギィッ”と開いた。
かつての経験からか、レイティアさんが瞬時に臨戦体制へ移行する。
思わず私まで身構えてしまったけれど、扉の奥から現れたのは元気な様子のルレットさん達。
疲れが滲んではいるものの、顔色は悪くない。
レイティアさんが見守ってくれたおかげだね。
安堵する私の側へ三人が近付き……有無を言わさず体ごと持ち上げられた。
「ちょっ!?」
すかさずレイティアさんが助けようとしてくれたけれど、途中でルレットさんに耳打ちされ動きを止めた。
あの状態のレイティアさんを止めるなんて……。
予想外の事態に翻弄され呆然としている間に、私はある場所へ連行された。
それはホームの片隅にあり、今や“王様の小部屋”と呼ばれているとかいないとか。
「既視感が凄いなあ」
独り言に反応してくれる人は、誰もいない。
残念ながら、私にはこの後の展開が読めてしまった。
そして読みは外れることなく、小部屋の扉の向こうには、豪奢な椅子の上に王様が鎮座していた。