172_真里姉とあの日の再来
ゼーラさんに教えられたことを試すには離れだと狭い可能性があり、私達は王都から東へ伸びる街道へ向かった。
このまま街道を進むと、やがてあの“大魔の樹海”に到達する。
レベル上げのためか、多くの冒険者が樹海へ向かう中、私達は途中で街道を外れ小高い丘の向こうへ。
そこはモンスターの出現もまばらで、丘を下れば街道から身を隠すこともできる。
こっそり試すには良い場所だった。
「なんだか、空牙ちゃんが産声を上げた時のことを思い出すわね」
ぽつりと溢すカンナさんの言葉に、あの時の光景が蘇る。
「白い大きなもふもふで、けれど命を吹き込んだ瞬間雄叫びを上げたのでびっくりました」
「風哮に触れたマレウスはぁ、びっくりどころか吹き飛ばされていましたねぇ」
「うっせぇ! 言っとくがあの時受けた仕打ち、忘れてねえからな!!」
「まだ根に持っているなんて、尻の穴が小さいわね。だめよ、小さいのはナニだけにしないと」
「いや、お前こそナニを言っているんだ?」
その後も二人の間でやり取りは続いたようだけれど、私はルレットさんに手で耳を塞がれ、聞こえなかった。
怒気を強めるルレットさんの様子に、聞かずにいた方がいいと脳が警鐘を鳴らしている。
素直に大人しくしていると、我慢の限界を迎えたルレットさんが二人を蹴り上げた。
比喩ではなく、文字通りに。
「人って、あんなに飛ぶんだ……」
丘をよりも高く、ロケットのように打ち上げられる二人。
呆然と眺めていると、やがて二人は落下態勢に入った。
重力に引かれ速度を増し、地面に到着するまで時間は然程掛からない。
着地の瞬間、爆発に似た衝撃波が巻き起こる。
ルレットさんが支えてくれなければ、私の体は吹き飛ばされていたに違いない。
土煙が収まるのを待ってから落下地点へ向かうと、二人が地面に生えていた。
体の大半を、地中に減り込ませた状態で。
「犬の文字が付く一族のような格好ですねぇ」
「それって死と同義なのでは……」
ツッコむ私にルレットさんがふふっと笑い、二人の許へ向かう。
途中【モイラの加護糸】でギルスを喚び、私はルレットさんと一緒に救助作業を行った。
幸い一命は取り留めたものの、二人がまともに話せるようになるまでしばらく時を要した。
口は災いの元、そんな諺が脳裏を過る。
ただ一連の流れに当て嵌めてよいものか、私はいまいち自信がなかった。
「ではマリアさん、改めてお披露目をお願いしますぅ」
何事もなかったかのように、拍手と共にルレットさんが進める。
カンナさんとマレウスさんも拍手しているけれど、びくびくしながらルレットさんの様子を窺っていた。
反応だけ見れば、親に叱られた後の子供のようだ。
私は場の空気を変える意味も籠め、ギルスと同様にヴェルを呼んだ。
「ピヨッ」
可愛らしい鳴き声と共に現れたヴェルに、一瞬で場が和む。
この癒し効果、もはやスキルと言っても過言ではないんじゃないかな?
私はこれから行うことを伝えると、ヴェルは表情を引き締め再度鳴いた。
「皆さんもいいですか?」
問い掛けに三人が首を縦に振り、ギルスが私の隣に立つ。
「いきます……」
【天竺の糸】を装備し、ヴェルへ命を吹き込むスキルを【モイラの加護糸】から【究儡】に変える。
そして糸の持つ装備特性、【魂現昇華】を発動する。
直後、ヴェルを中心に目も眩むような強い光が生まれた。
光は空中に数多の武器や防具の姿を映し、粒子となって再びヴェルの許へ集まる。
その際、マレウスさんが苦心して作ったソードブレイカーが垣間見え、光の正体は三人がヴェルのために作り上げた物だと気付いた。
膨れ上がる粒子の渦は、既に直径五メートルを超えており、なおをも広がり続けている。
一体どこまで大きくなるんだろう、ヴェルは大丈夫かな……。
不安を覚え始めた頃、唐突に光の渦が四散した。
そして光の中に佇んでいたのは、体長六メートルはあろうかという大きな白鳥。
実際は白と黒の羽が混ざっているため、黒白鳥といった方が正しいかもしれない。
ただそこに、ヴェルの面影はなく……。
「ヴェル?」
恐る恐る呼び掛けると、長い首がぐっと持ち上がる。
そして円らな瞳が私を捉え、黄色い嘴が開き一声鳴いた。
「ピヨッ!!」
大きな体に似合わぬ、可愛らしい鳴き声。
……うん、ヴェルでした。
その場にへたり込みそうになる私を、ギルスが咄嗟に支えてくれた。
「ありがとう、ギルス」
「気にするな。しかしさすがはネロと空牙、そしてオレの弟。大したものだ」
手の平サイズの体長が六メートルに変化したことを、『大したものだ』で片付けるギルスも、大したものだと思う。
あまりの出来事に頭を抱えそうになっていたら、唖然とするルレットさん達の姿が目に映った。
気持ちはよく分かります……。
途方に暮れる私達を尻目に、ヴェルは成長を喜び『ピヨヨッ!!』と元気に鳴き続けていた。