171_真里姉とそれぞれの力
新メニュー追加という予想外の出来事があり、慌ただしく時が過ぎること一週間。
なんとか提供の流れも確立し、お客さんの入りも落ち着きを見せた頃、カンナさんとマレウスさんがホームへ戻ってきた。
「よお久しぶり……って、えらい疲れた顔してんな」
「大丈夫マリアちゃん? まるで膨大な料理を強いられ、精魂尽き果てたみたいな感じよ」
さすがカンナさん、以前それを強いた側ならではの感想ですね……。
カウンターへ投げ出した体を起こして、姿勢を正し向き直る。
二人の表情は晴々としており、ルレットさん監督の元、レベルを上げるために無心で戦っていた時とは別人のようだ。
「お帰りなさい。その様子だと、無事クラスチェンジできたようですね」
問い掛けに、二人揃ってぐっと親指を立てる。
「思ったより手間取ったけど、なんとかね。そう言うマリアちゃんはどう?」
「皆のおかげでクラスチェンジしました…………してしまいました」
「おめでとう! でも最後のほう声が小さくて、よく聞き取れなかったわね」
「キニシナイデクダサイ」
視線を合わさぬよう遠くを見詰め、片言で返す。
無意識にこんな反応が出るあたり、私の中であのジョブ名はかなり効いているらしい。
「とにかく、これでクランメンバー全員がクラスチェンジ達成だ。ルレットも交えて情報交換といこうぜ」
「いいわね! ワタシも皆の新しいジョブが気になっていたところだし」
「あの、帰ったばかりでお疲れでしょうから、日を改めても……」
細やかな抵抗を試みるものの、テンションの上がった二人を止めることは敵わず。
がしっとカンナさんに腕を掴まれ、私はルレットさんのいる離れへドナドナされた。
離れで作業をしていたルレットさんは、カンナさんとマレウスさんを見るなり直ぐに察したらしく、『おめでとぉ』とお祝いの言葉を送っていた。
「ありがとう、ルレットちゃん。それでせっかくだから、改めて皆のジョブを教え合おうって話になったの」
「賛成ですよぉ。私も是非知りたいですぅ」
作業の手を止め、ルレットさんが床の中央をさっと綺麗にする。
マレウスさんはその間に、壁に寄せられていた丸椅子のセッティング。
そして、後ろ手で離れの扉を閉めるカンナさん。
他意はないのだろうけれど、退路を断たれた気がするのは意識し過ぎかな……。
各自椅子に座ったところで、最初に口火を切ったのはルレットさん。
「既に知っていると思うのでぇ、私からいきますぅ。新たに得たジョブはぁ、【羅刹天】。暴走せずにぃ、以前より増した力を使える感じですよぉ。実はもう一つ取っておきがあるのですがぁ、それはお楽しみということでぇ」
レベル上げの際、その強さを目の当たりにしているせいか皆大して驚かない。
ただ取っておきという言葉に、ビクリと反応するマレウスさん。
女鏖モード時の攻撃に晒された経験から、心強さよりも不安を覚えたのかな。
眼鏡をあの人に返せていますし、大丈夫ですきっと……たぶん、おそらく…………。
言い切らないのは、ルレットさんの無慈悲なレベル上げを思い出したからじゃないんだからね?
「次はワタシ。クラスチェンジ後のジョブは【熾教】よ!」
「司祭の上なら、普通司教じゃねえのか?」
「良い指摘ね、マレウスちゃん。熾って綺麗な漢字だけど、“激しい勢い”とかそういう意味だし、大人しいワタシにはどうかと思うの」
同意を求める視線を、皆が全力で回避する。
ここで『間違っていませんよ』と口にする勇気は、誰も持ち合わせていなかった。
その後ルレットさんの機転により、話はカンナさんの覚えたスキルへ。
スキルはこれまでより回復量が多く、しかも回復させた割合に応じステータスを向上させるらしい。
どちらも一時的なものらしいけれど、ステータスの上がり幅が大きく、マレウスさんが若干顔を引き攣らせていた。
「俺のジョブは【犠工騎士】だ。仲間の装備の損傷を肩代わりでき、スキルで簡易的な修理も可能だ。壁役としては微妙だが、カンナがいれば何とかなるだろう。それにメリットはむしろ他にある。スキルの修理対象は装備、つまり物。ってことは……」
意味ありげに目を向けられ、はっとした。
「ひょっとして、ギルスやヴェルも?」
「まだ試してねえが、おそらくな」
ニヤリと笑う、マレウスさん。
二人は治せる手段が限られているから、凄くありがたい。
そう感じたのは私だけじゃないらしく、カンナさんとルレットさんも手放しでマレウスさんを誉めていた。
日頃話のオチで目立つマレウスさんだけれど、今日は別人のように輝いて見える。
「じゃあ最後はマリア、お前だ」
とうとう来てしまった順番に、私は瞳から輝きが失せるのを自覚した。
集まる視線に、黙ってやり過ごす選択肢はなさそう。
王様達に伝えた時のことを思い出し、それでも思い切って口にすると……。
「「ぶはっ」」
全く同じ反応が返された。
いいんですよ、もう散々笑われていますからね。
ただ、気持ちがやさぐれるのは如何ともし難く。
私はちょっとした意趣返しに、笑わずにいてくれたルレットさんにだけ、ゼーラさんが教えてくれたことを伝えた。
「それは本当ですかぁ!?」
驚き大きな声を出すルレットさんに、カンナさんとマレウスさんが笑いを止め興味を示してくる。
何事かと聞いてくる二人に、私はにこりと笑いしばらく無言を貫いた。