170_真里姉と定番の味とお約束
その後、私はエステルさんの案内でホームへ戻ることに。
ちなみに王様とゼーラさんは、まだやることがあるらしく大星堂へ残った。
道すがら、エステルさんは始終ご機嫌で時折鼻歌が交じっている。
私のクラスチェンジ……というより、新たなジョブ名が余程気に入ったらしい。
個人的には、今からでも名前を変えて欲しいと思っていますよ、ザグレウスさん?
ホームの小部屋を出ると、時刻はお昼を過ぎていた。
今日分のカスレは既に売り切れており、食堂にお客さんの姿は見えない。
代わりに、レイティアさんとライルが食器洗いと掃除をしている。
それらが終わってから昼食をとるのが、二人のいつもの流れ。
「普段は作り置きを食べてもらっているけれど、時間もあるし何か作ろうかな」
大和の調味料や香辛料のおかげで、料理の幅は格段に増えた。
食材は、レベル上げの時に買った物がまだ残っている。
「鶏肉を主体として、野菜は……」
呟きながら、料理のイメージを固め食材を取り出す。
早速調理を始めようとし、エステルさんが躊躇いがちにこちらを見ているのに気付いた。
話し掛けたい……いや、掛けられたい?
よく見ると、視線は私と食材の間を行ったり来たりしている。
それだけで、意図は十分に察せられた。
「エステルさん、よければ料理のお手伝いをしてくれませんか?」
「っ! 喜んで!!」
私の言葉に、エステルさんがぱあっと笑顔を咲かせる。
愛らしいその様子にほっこりしつつ、一緒に調理を開始。
エステルさんには、レタスとニンジンの千切りをお願いした。
そして切り終わったニンジンは、塩揉みしてからレモンを軽く絞ってもらう。
私はリベルタで買い込んだ醤油と味醂に、摺り下ろしたショウガとニンニク、砂糖を加えタレ作り。
次に一口大に切った鶏肉に小麦粉をまぶし、油を引いたフライパンで焼き、火が通ったらタレを絡め煮詰める。
それらをパンに挟めば、鶏の照り焼きサンドの出来上がり。
少し多めに作ってからテーブルに並べ、一段落したレイティアさんとライル、離れで作業をしていたルレットさんにも声を掛け皆で昼食。
私とルレットさんは馴染みのある味だけれど、レイティアさん達はどうかな。
「この甘辛い鶏肉、初めて食べますがとても美味しいです」
「レモンの効いたニンジンのおかげで、さっぱりと食べ進められますね」
「……」
レイティアさんの感想にエステルさんが付け加え、ライルが無言で口を動かし続ける。
どうやら気に入ってもらえたようだね。
安堵していたらルレットさんと目が合い、微笑まれた。
眼鏡越しじゃなくなったせいか、その笑みは以前にも増して魅力的に映った。
「そういえばルレットさん、無事クラスチェンジできました」
「ええぇっ! あまりに早くてびっくりしましたよぉ……おめでとうございますぅ!!」
「ありがとうございます。王様にエステルさん、そして以前ネロを褒めてくれたゼーラさんのおかげです」
あの場で起きたことを伝えると、『繋がりが生む力……マリアさんらしいですねぇ』とルレットさんがしみじみと口にする。
あの村での出来事を、思い出したのかもしれない。
「カンナさんとマレウスさんは、どうしているんですか?」
「今は王都の外ですねぇ。クラスチェンジを果たすにはぁ、二人共しばらく掛かりそうですよぉ」
経緯はともかく、あっという間に達成した私は例外的なのかな。
ルレットさんの時も、簡単ではなかったし。
「もっともぉ、伊達に生産トップではありませんからぁ、心配は無用ですよぉ」
そう言って、鶏の照り焼きサンドを美味しそうに頬張る。
確かに、私にできることはないのかもしれない。
ならせめて、帰って来た時にほっとするような料理で迎えよう。
密かに決意し、私もサンドを食べかけ……気付いた。
ホームの扉の隙間から、じ〜〜〜〜っとこちらを見詰める、シモンさんの姿に。
ただ空気を読んでいるのか、入ってはこない。
それでも声を掛けて欲しそうに、こちらを見続けていた。
この流れは、物凄く既視感があるのだけれど……。
今後の展開を予想し不安を覚え、悩み、そして気付かぬふりをする罪悪感に負けた。
話し掛けると匂いの正体を聞かれ、ご馳走することに。
シモンさんは一口食べるなり、カッと目を見開き『う〜ま〜い〜ぞ〜っ!』と雄叫びを上げた。
その声はよく通り、都街の多くの人が耳にしたという。
結果またしてもホームに人が押し寄せ、激しい要望に押し切られる形で、鶏の照り焼きサンドを食堂で出すことが決まってしまった……。