169_真里姉と羞恥に満ちた報告
届かぬ叫びに落胆していると、いつの間にか私の意識は大聖堂へ戻っていた。
初めに感じたのは、硬い床の感触と頭の後ろの柔らかさ。
そして視界に映る星空を遮る、丸く豊かな丘二つ。
意識があちら側へ飛んでいる間、エステルさんが膝枕をしてくれていたようだ。
「ありがっ」
感謝をお礼を伝え起きあがろうとしたら、それより早く丘が顔に降ってきた。
「お帰りなさい、マリア姉様!」
「ふぐっ!?」
柔らかなそれが、隙間なく私の顔を覆う。
呼吸はままならず、一方で抱き締める力が肺の中の空気を容赦無く押し出す。
あっ、これやばいかも……。
薄れゆく意識の中そんなことを思っていると、王様がエステルさんの体を引っ張り助けてくれた。
「お主がマリアの意識を送り返してどうする。少しは落ち着け」
「ももっ、申し訳ありません!」
王様の言葉に、慌てて飛び退くエステルさん。
私の頭は自由落下し、“ゴッ”と鈍い音を立て床に激突。
「痛づっ!!」
「ごごごっ、ごめんなさいマリア姉様!!」
それを見て、堪えきれずといった感じでゼーラさんがくすくす笑う。
「厄災の時より、二人の仲は更に深まっているようじゃな」
間違ってはいないけれど、素直に『はい』と言えないのはなぜだろう……。
頭を押さえ睨む私に、ゼーラさんは逆に笑いを大きくしている。
王様が収めなければ、そのうちお腹を抱え転げ回っていたかもしれない。
「その辺にしておけ、ゼーラよ。さてマリア、そろそろお主が新たに得たジョブを教えてくれぬか?」
できれば聞かれたくなかった、その問い。
私は口を開きかけては閉じるという行為を繰り返した後、ぼそっと呟いた。
「マリ…………ネーター、です」
「よく聞こえんな」
「〜〜〜っ!」
王様の表情は、いたって真剣。
だからこそ、誤魔化せずに追い込まれる私。
「マリ……ア、ネーター」
「これ、途中で口籠るでない」
王様に続き、ゼーラさんまでツッコんでくる。
加えて、その隣には期待に満ちた目のエステルさん。
逃げ場のない状況に、私は自棄になって叫んだ。
「ジョブは【マリアネーター】ですっ!!」
大星堂に反響する、私の新たなジョブ名。
音が止み、静寂が辺りを包んだ直後。
「「ぶはっ」」
王様とゼーラさんが、揃って盛大に吹き出した。
ほらあ、だから言いたくなかったのに……。
まるで罰ゲームのような状況に耐えていると、エステルさんの様子がおかしいことに気付いた。
自分の体を強く抱き、顔を俯けたまま微動だにしない。
「……エステルさん?」
心配になり声を掛けると、エステルさんは突如膝をつきその場で祈り始めた。
えっ、何事!?
「感謝致します、神様……この上なく素晴らしいジョブを、マリア姉様にお与えくださって」
流れ落ちる、一筋の涙。
その言葉には、一片の曇りもないのだろう。
私も状況が違えば、ジョブ名の衝撃も忘れ嬉しさを覚えたかもしれない。
ただ、王様とゼーラさんが爆笑している現状ではそうもいかず。
私は憮然とした表情を浮かべ、嵐が過ぎ去るを待った……。
一頻り笑った後、王様が場の空気を引き締めるように咳払いを一つ。
しかし場の空気を乱したのも王様であり、私が向ける視線は冷めている。
「まあ、なんだ……実にお主らしいジョブではないか」
フォローのつもりらしいけれど、ジョブ名を考えると皮肉なのかと思ってしまう。
そこへ追撃のフォローを入れてくる、ゼーラさん。
「だが儂も初めて聞くジョブなのは確じゃ。常人では至れぬ境地と言えよう」
「私は常人のままでよかったんですが……」
ぼやく私へ、しかしフォローの言葉はない。
そして私を置いて、話は進む。
「ゼーラすら知らぬジョブとは……一体どのようなスキルを覚えたのか」
ジョブ名の衝撃ですっかり忘れていたけれど、前回はクラスチェンジの際にスキルを二つ覚えた。
今回は【供儡】が【究儡】に変化し、新たに【転糸】なるスキルを習得。
【転糸】
糸で繋がる対象の許へ転移する。
転移する距離が遠い程MPをより消費する。
スキルレベルと、用いる糸によって消費MPは軽減される。
これまでは私に危険が迫ると、ギルスが駆け付けてくれた。
でもこのスキルがあれば、私の方からギルスの許へ移動できる。
どの程度MPを消費するかは気になるけれど、便利なスキルを覚えられて良かった。
ついでに【天竺の糸】をゼーラさんに見てもらったら、新たなジョブを伝えた時より驚いていた。
「またとんでもない物を……」
呆れたように、ゼーラさんが零す。
「もはやマリア専用と呼べる糸じゃな……装備条件は心配要らぬ。むしろ、今のジョブになるのを見越して託されたのじゃろう」
どうやら無事装備できるらしい。
【龍糸】のようにならず胸を撫で下ろしていると、最後に一つ付け加えられた。
それは、驚愕と嬉しさを内包する情報だった……。