161_真里姉と月下の戦い(中編)
「どうして……」
把握していた攻撃パターンに、誤りはない。
事実私だけでなく、ヴェルも慌てたように『ピヨピヨッ』と鳴いている。
そして今のが偶然でないことを示すように、こちらの予想は立て続けに外されていた。
攻撃の直前、ルレットさん達のどれかに動きがあるのは変わらない。
ただその規則性が崩れていた。
「ぐっ!」
パターンを見出すまで、何度となく攻撃をもろに受けていたギルスがよろめく。
駆け寄ろうとする私を、けれど手の平をこちらに向けギルスが止めた。
ネロと空牙から託された、黄色と緑の瞳が告げている。
心配は要らない、そっちは任せたと。
「ギルス……ヴェル!」
「ピヨッ!!」
意図を察したヴェルが、より鋭い視線をルレットさん達に向ける。
私もより集中し、前方を見据える。
考えろ……ルレットさん達の配置に変化はなく、攻撃の兆候も同じ。
なのに予測が外れる一方、これまで通り防げる場合もある。
一体、その違いは何なのか……。
つぶさに観察し、十数回目の攻撃をギルスが耐えた頃。
少しでもダメージを減らそうと編んだ【魔銀の糸】の盾が、ひしゃげる間際に月光を反射し偶然ルレットさん達を照らす。
ほんの一瞬だったけれど、浮かび上がったものを見比べピンときた。
「……そういうことか」
違いがあったのは動作ではなく、表情。
しかもその変化は注意して見なければ分からず、表れるのもほんの一瞬。
表情は怒りや悲しみといった負の感情を想起させるもので、把握した限り、数は九つあった。
それが攻撃する方向の違いを生み、また動作が先か表情を浮かべるのが先かで、既存のパターンか表情によるパターンかが分岐するようになっているらしい。
対処の糸口は見つけたけれど、九人のルレットさんを視界に収めながら、一瞬の挙動と表情を見極めるのは私一人では困難。
「けれど、私は一人じゃないしね」
「ピヨッ!」
勇ましく、ヴェルが応える。
一人で捉えきれないのなら、二人で補えばいい。
ヴェルがこれまで通りルレットさん達の動きを、私が表情を注視。
そして先に気付いた方が、声を上げギルスに知らせる。
慣れるまでギルスには我慢を強いたけれど、やがてヴェルとの連携が上手くいき始め、ギルスが受けるダメージは目に見えて減った。
気掛かりなのは、この攻撃がいつまで続くのかという点。
防御をしても、ギルスにダメージは残る。
他にできることは……。
考えを巡らせていると、視界に違和感を覚えた。
注視していたおかげで、違和感の正体は直ぐに分かった。
中央のルレットさんと、周囲に浮かぶ九人のルレットさんは同じ青い瞳をしていたはずが、よく見れば後者の色がだいぶ薄まっている。
あれが残り時間を表すのだとしたら、もう少し耐れば……。
半ば願いを籠めそう思っていると、やがて九人のルレットさんが瞳の色を失い、中央のルレットさんへ吸い込まれるようにして姿を消した。
そこへ聞こえてくる、三度の声。
「さすがは、突き抜けし者……ならば」
ルレットさんの青い瞳が輝きを増し、頭上に持ち上げられた片足が大きく円を描き切った、刹那。
大気が悲鳴を上げ、砂塵が巻き起こった。
咄嗟に腕をかざし、砂塵が治まったのを見計らい状況を確認すると……。
「なっ」
目の前の光景に、言葉を失う。
まるで地割れでも起きたかのように、地面には九つの深い傷痕が残されていた。