159_真里姉と村での日々
思い出したかのように、ルレットさんが私達の方を振り向いたのはそれから三十分後。
申し訳なさそうな表情を見て、何かを口にするより早く私はその手を取った。
「森の中で一夜を過ごさずに済みましたね、二人のおかげです」
明るい口調の私に、ルレットさんが苦笑して頷く。
少し強引だったかな?
心配になったけれど、大人しく手を引かれるルレットさんの様子に安堵した。
建物の状態から予想した通り、村は植物に覆われ、地面は雑草で溢れかえっている。
寝床を探すより、作った方が早そうだね。
時間的にも、そろそろログアウトする時間が近い。
私はギルスに蔦を集めてもらい、【操糸】で編んで樹の高い位置にある枝の間に結んだ。
弛みをもたせたそれは、即席のハンモックの完成。
ギルスとヴェルにしばしの別れを告げ、ルレットさんと樹に登る。
もっとも、私は登るというより枝に絡ませた糸に引き上げてもらう感じだけれど。
千切られたばかりの蔦は青臭いものの、体を横たえると寝心地は結構良い。
隣ではルレットさんもゆったりと体を預け、悪くなさそうだった。
一先ず、目的地に辿り着くことはできた。
これから先、何をすればいいのかは分からないけれど、私はルレットさんの側に居続けよう。
その想いと共に、ルレットさんと次にログインする日時を決める。
「おやすみなさい、ルレットさん」
「おやすみなさい、マリアさん」
挨拶を交わし、ログアウトを行う。
その間際、そっと伸ばされたルレットさんの手を、私は優しく握り返した。
ログアウトし現実世界で直ぐ眠りに落ちた私は、夢も見ず、気付けば朝を向かえていた。
弟妹と一緒に過ごす、いつもの日常。
陽射しが弱まる夕暮れには、真人に連れられ散歩にも。
いまだ日中の熱気が残る空気の中、車椅子に乗っているだけでも汗をかく。
夏の訪れを体感してから戻ると、待ち構えていた真希と共にお風呂へ。
体を洗ってくれるのには感謝しつつ、近頃それが随分と入念で、お姉ちゃんちょっと心配だよ?
一抹の不安を覚えながら、入浴後部屋でゆっくりしていると、ルレットさんと決めた時間になった。
ブラインドサークレットを装着し、早速Mebiusの世界へログインする。
目を開けると、ほぼ同時にルレットさんが現れた。
時間ぴったりの再会に、顔を見合わせ互いにふふっと笑う。
樹から降り空を見上げると、太陽は天頂の手前に位置していた。
ルレットさんと一緒に簡単に食事を済ませると、私はギルスとヴェルを喚び、改めて村の中へ入って行った。
明るい陽の下で見ると、予想以上に村は自然に侵されていたことが分かる。
生い茂る雑草に、古い遺跡のように苔や蔦で覆われ朽ちた家々。
雑草を掻き分けながら進み、やがてルレットさんの足が一軒の家の前で止まった。
「……ここが、彼の家でした」
玄関と思しき場所に残る傷みの目立つ柱に触れ、呟く。
表面を優しく撫でるその横顔は、まるで慈しむかのように柔らかい。
静かに待っていると、やがてルレットさんは手を離し、私達が寝泊まりした場所とは反対にある村外れへ向かった。
そこに生えている雑草は他より気持ち短かく、奥には拳大の石が幾つも積まれていた。
意味するところは、一つしか浮かばない。
「お墓、なんですね」
「はい」
他と違い、積まれた石は自然の侵食を然程受けていないように見える。
この辺りの雑草が他と違うのも合わせると、ルレットさんが正式サービス開始後に訪れ、作ったのだろう。
「手の込んだお墓を用意するのも、考えたんです。けど、ひっそりと暮らしていたこの村の人達は好まないだろうと思いまして」
小さく『彼は特に』と続けた言葉に、ルレットさんの想いの深さが垣間見える。
お墓の前、手を合わせるルレットさんの隣で私も倣う。
ギルスとヴェルも、同じく。
ただヴェルは翼の長さが足りず、必死に翼の先端を触れさせようと頑張っていた。
健気な姿に、思わず皆の顔が綻ぶ。
その後は【龍糸】を手にしたギルスが雑草を一掃し、ルレットさんと私で墓石に着いた汚れを落とした。
最後に近くを流れる小川で野花を摘み、食べ物と一緒に供える。
全てをやり終え時間が余った私達は、ルレットさんの思い出話に耳を傾けている内に陽が暮れ、また夜を迎えた。
何事もなく時が過ぎ、村に来てから四日後。
夜空に浮かぶ満月を眺めながら、そろそろログアウトしようかと考えていると、ふらり、ルレットさんが動いた。
「ルレットさん?」
「……」
呼び掛けに応えず、緩慢な動作で歩き出すルレットさん。
ただならぬ様子にギルスとヴェルを喚ぶ合間に、ルレットさんは誘われるようにお墓へと向かっていた。
後を追いその場で私が見たものは、ルレットさんを囲むように漂う、青白い火の玉だった……。