158_真里姉と約束の場所
翌朝、私達は幌馬車を村の方に預け、ルレットさんに案内され森の中へ入った。
歩き始めた頃は、疎らに生えていた樹々。
けれど次第に密度を高め、地表へ張り出す根に足を取られることが多くなった……主に私が。
ルレットさんとギルスは、その長い足で難なく進んでいる。
ヴェルはギルスの肩に留まり、周囲に危険がないか目を光らせていた。
ただ円らな瞳の印象が強く、遠足で景色を楽しむ子供のようにしか見えないのは、内緒にしておこう。
森を進み、沢を越え、斜面の上り下りを繰り返す。
必死に足を動かしたけれど、二時間も過ぎた頃には明らかに遅れ始めた……私だけが。
「すいません、もっと速度を落とすべきでした」
「いいえ……私の体力が、無さ過ぎるせいですから」
皆で“大魔の樹海”へ向かった際、レベルは結構上がった。
なのにVITの伸びは相変わらずの低空飛行。
ん?
STRはどうしたって??
未だに一のままですが何か???
きっと、私には本来STRというステータスが無いんだよ。
仮に存在してもコンマ以下の数値で、憐れんだザグレウスさんがあるように見せ掛けてくれたんだと思う。
ステータスポイントを振れば明確に増やせるけれど、以前ゼーラさんに上げるなと念押しされているしね。
それに、また“あなたはこのままで”と言われ止められそうな気がしないでもない。
体力の話からだいぶ逸れたので、この辺にするけれど……。
気合を入れ直し足を前に繰り出そうとしたら、背後から体を持ち上げられた。
慌てて後ろに目を向けると、この時を待っていたと言わんばかりに、やる気に満ちた表情のギルスが。
「ちょっ」
お姫様抱っこじゃないのが救いだけれど、両手で持ち上げられた様子は『たかいたか〜い』の一言がぴったり。
うん、救いになっていないよね。
「任せろ、オレがマリアの足になる」
言葉だけ聞いたら頼もしいはずが、宙に浮かされた状態では素直にそう思えない。
「まるで空牙のようですね」
もふもふの背に乗って平原を一緒に駆けたことを思い出したのか、ルレットさんがくすりと笑う。
「あの、絵的にはかなり違いますよ?」
冷静なツッコみを入れる私とは逆に、空牙のようだと言われたギルスのやる気は爆上がり。
私をヴェルとは反対の肩に乗せた途端、勢いよく走り始めた。
堪え切れず声を上げて笑い出すルレットさんが、追い付き並走する。
いつもより高い視界で、流れる景色を目にし改めて思う。
やっぱりなんか違う!!
鬱蒼とした森の中とは思えぬ速度で、爆走する二人。
その勢いは止まる所を知らず、立ち塞がるモンスターを瞬殺し、奥へ奥へと突き進んで行く。
おまけに休憩を取るのも、走りながら。
心配になったけれど、二人に衰える様子は見えない。
そのまま陽が沈むまで走り続け、どのくらい遠くまで来たのか見当もつかなくなった頃。
不意に抜けた森の先、夜空の片隅で灯火のように残る夕陽を受け、建物らしき輪郭が浮かんでいた。
曖昧な言い方になったのは、屋根もなく壁は崩れ、周囲の自然と殆ど同化していたから。
でもそれを前に、ルレットさんは立ち止まった。
懐かしさと痛みをない交ぜにしたような、複雑な表情を湛え。
「ここ、なんですね」
「……はい」
短い答えが、夕闇に吸い込まれる。
時が止まったかのように、静かに佇むルレットさん。
ギルスの肩を降りた私は、ルレットさんの時が動き出すまでじっと、側で待ち続けた……。
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