155_真里姉と打ち明けられる想い
ヨシュアさんと別れた後、私はギルスとヴェルと一緒に外街へ向かった。
私達の姿を見掛けると、都街の子供達はあっという間に情報を伝え合い、私がブルータさんの前で用意を終える頃には、ほぼ全員が揃っていた。
期待に満ちた眼差しが向けられるているのは、大鍋。
以前はリンゴの麦粥を作っていたけれど、子供達がだいぶ食べられるようになったので、今はウサギ肉のシチューに変えている。
野菜は甘味のあるニンジンにタマネギ、そして麦の代わりにジャガイモを多めに。
脂は控えめにしても、ウサギ肉から良い出汁が出るのでコクは十分。
ただ物足りない子のために、刻んだチーズを用意し好きなだけ載せていいよと言ってある。
これが子供達に大好評で、装ったシチューが隠れるくらいに載せる子が続出。
皆載せるなら、いっそ最初からシチューに入れてしまうのも考えたけれど、スプーンで嬉しそうにチーズを載せる子供達を見て思い止まった。
自分で自由にできることに、意味があるのだと気付いて。
なおチーズの追加はギルスに任せているのだけれど、そのせいか子供達はギルスのことを『チーズのお兄さん』と呼んでいる。
呼ばれる度に渋い顔をするギルスが微笑ましく、ほっこりしているのは内緒。
ヴェルは器から零れ落ちたチーズを器に戻す係り。
側から見ると摘み食いしているように見えるかもしれないけれど、本人の名誉のために、食べてはいないと断言しておくね。
しかしいつもの日常が戻る一方で、戻らぬこともあり。
それはリベルタから戻っても塞ぎ込んだままの、ルレットさん。
交わす言葉は最低限で、離れにも行かず気付けばホームからいなくなっている。
カンナさんのアドバイスもあり何も聞かないけれど、本当にこのままでいいのだろうか……。
考えても答えは出ず、もどかしさを感じたまま時だけが過ぎていく。
それから二週間後。
前触れもなく、その時は訪れた。
ホームの自室で目覚め扉を開けると、そこには酷く真剣な様子のルレットさんが。
「ルレットさん……」
穏やかな感じはしないけれど、構わない。
抱えていたことを、伝えようとしているのだから。
その相手に、私を選んでくれたのだから。
頷いてみせると、ルレットさんは少しだけ間を置き、口を開いた。
「一緒に来て欲しい所があるんです、マリアさん」
語尾を伸ばさずに話すルレットさんは、イベントで女鏖モードが解けた時以来かな。
それだけで只事じゃないと分かる。
でも答えに迷うことはなかった。
「行きます、ルレットさんと一緒に」
言葉は互いの距離を詰めながら。
見上げてにこりと笑えば、ルレットさんの空気が少しだけ和らいだ……。
数日掛かるということで、私は予めしばし不在となる旨を伝えて回った。
レイティアさんは心得たもので、カスレの在庫を確認し直ぐに問題ないと返してくれた。
本当に頼りになるなあ……給料、もっと上げた方がいいね。
マレウスさん達や子供達の面倒も、引き続き見てもらっているし。
前回検討したのは、給料の何倍だったか。
もう思い切って、十倍に上げるのはどうだろう。
また『こんなに貰えません!』と叫ばれそうだけれど、ライルの今後に備えてと言えば大丈夫なはず。
次に向かったのが、エステルさん。
「ちょ〜〜〜〜〜っとだけ、気が重いかなあ」
思い出すのは、リベルタを離れる際のやり取り。
私の代わりに日課をお願いしたのだけれど、それこそ神託でも受けたかのように、跪かれた。
教会を訪れていた、一般の方々も揃って。
できるだけ穏便に納得してもらう方法……うん、ない。
下手に考えるより、素直に打ち明けよう。
人目を避け、教会の裏口からからこっそり中へ入り、エステルさんを探す。
すると子供達を連れて外へ行こうとするヴァンに会い、エステルさんは自室にいることを教えてもらった。
エステルさんの部屋があるのは、教会の二階の一番奥。
部屋の位置からも、エステルさんが教会の中で確かな地位にいることが窺える。
入る前にノックしようとして、扉が少し開いているのに気付いた。
不謹慎だと思いつ、こっそり覗いてみると、
「……」
エステルさんは床に膝をつき、ベッドの前で両手を組み、一心に祈りを捧げていた。
ベッドの上にある、ミニ御神体に向かって。
しかもその御神体、木製ではなく金属製。
銀色の光を放ち、髪の流れまで細かに再現されている。
明らかに手の込んだ逸品で、こんな物を作れるのは、私の知る限り一人しかいない。
さて、どんな楽しい説明を聞かせてくれるのかなあ……ねえ、マレウスさん?
順番を繰り上げ、この後はマレウスさんの許へ向かおうと決めた直後、エステルさんの祈りの声が耳に届いた。
「……マ……」
「?」
声は小さく、隙間へ耳を向けるようにすると……。
「マリア姉様マリア姉様マリア姉様マリア姉様マリア姉様マリア姉様マリア様マリア様マリア様ああマリア様マリア様マリア様……」
音を立てず、その場から去る私。
うん、私は何も聞かなかった。
途中から“姉”すら入らなくなっていたなあとか、恍惚とした呟きが交じっていたなあとか、絶対聞いていない。
エステルさんに伝えなかったことで、未来の私はきっと大変なことになるだろう。
でも今の私が割と大変なので、許して欲しい。
願わくは、未来の私が果てしくなく遠くを見詰めるような事態に、なりませんように……。