147_オーディオドラマ 真里姉と手紙へ託された想い(一通目)
(オーディオドラマ 第一夜)
https://youtu.be/cXpgvn_eDVE
(注)時系列は少し遡り、公式イベントが終わった直後になります。
予めご承知おきください。
窓から見える遠くの樹々に、鮮やかな新緑が映えるようになった、初夏の頃。
その成長を促すように、優しく雨が降っている。
窓ガラスを伝う雫に目を向ければ、ふと、ベッドの上で重なる物に気付いた。
手を伸ばし、手繰り寄せるように掴んだそれは、封筒。
「今日は三通か」
確認し易いよう、リモコンでベッドの背もたれを起こす。
封筒の中身は、私がお世話になっている病院から届いた手紙。
送り主は入院中の子供達で、本来は真人宛ての物だ。
けれど、今や殆どが私宛てになっている。
「全く、どうしてこうなったのだろう……」
深夜のバイト帰りに階段から落ち、頭を打って昏睡状態となったのが、今から六年前。
幸い一命は取り留めたけれど、私は代わりに五年という歳月と体の自由を失った。
意識が戻るまでの間、毎日のように病院へ通い、私の世話をしてくれたのが真人。
その際、合間を見ては入院中の子供達の相手もしていたらしい。
けれど経済的成功を収めた真希の勧めで、私の自宅療養が決まってからは状況が一変。
真人が病院に来なくなり、動揺し泣き叫ぶ子が出て大変だったとは、看護師さんの弁。
そんな真人が、目覚めた私を連れ久しぶりに病院へ顔を出した。
検査する私の付き添いだったけれど、看護師さんに頼まれ子供達の許へ行くことに。
結果、真人はあっという間に子供達に囲まれた。
『まさと兄ちゃん!』
『また遊びに来てくれた!!』
『次勝手に居なくなったら許さない!!!』
皆のお兄ちゃんなんだなあとほっこりしたけれど、最後に言った女の子の目は真剣で、浮気に釘を刺す恋人のようだった。
たじろく真人を心の中で応援し、存在感を消す私。
距離感って難しいよね……がんばれ、真人!
子供達に解放された際、真人は今後も以前のようには来られないと伝えた。
その時に約束させられたのが、手紙での遣り取り。
以来、真人は定期的に手紙を貰っては返事をしている。
たあい無い内容が殆どだったけれど、中には闘病の辛さを訴える物もあって。
軽々しく応える訳にはいかず、困る真人を見兼ね一緒に言葉を探すようになったのが、ここ最近。
あくまでお手伝いのつもりだったのだけれど、いつの間にか、私宛ての手紙が送られるように……。
手紙を返す際、真人は私の言葉だと伝えていたらしい。
「全部ではないのだし、真人の言葉としてくれてよかったのに」
ちなみにそれを当人に言ったら、『真里姉を騙るような真似できるかよ!』と怒られた。
部屋には居なかったはずの、真希も一緒になって……。
私の弟妹は、こういう時だけ息ぴったりなんだから…………。
「さて、まずは一通目……畔君からだね」
折り畳まれた手紙を開くと、そこにはこう書かれていた。
“病室で、僕はいつも独り。誰も来てくれない……寂しい、寂しい…………”
繰り返される、寂しいという言葉。
短い文章だからこそ、籠められた想いが胸に突き刺さる。
「寂しい、か……」
不意に思い出したのは、母さんが亡くなった日のこと。
泣きじゃくる弟妹の側、私は途方もない喪失感に堪えていた。
自分がしっかりしなくてはという、使命感を抱き……なんて言える程、強くはなかったんだけれどね。
弱い私は、姉という立場へ逃げたに過ぎない。
寂しさから、目を逸らすように……。
誰にも伝えず、気持ちを押し殺し…………。
当時の記憶を頼りに、私は録音を始めたスマホへ向い、浮かぶ想いを口にした。
「君の抱える寂しさは、とても深いのだろうね。こうして、手紙をくれる程に」
少しだけ呼吸を止め、言葉を続ける。
「ありがとう、君の気持ちを教えてくれて。その相手に、私を選んでくれて」
心からの感謝を籠め、手紙を抱き締める。
「自分の心を伝えるのは、勇気が要るよね。他の人から見えないし、分かってもらえるとも限らない」
私の場合、バイトに明け暮れることを心配する人もいたけれど、話せなかった。
一度話してしまえば、自分を保っていられなくなりそうで。
自分なんかの悩みを口にするのは、烏滸がましいと考えて。
「だから素直に書けた君は、凄いんだよ。私には、できなかったことだしね」
自嘲気味に話した後、口調を戻す。
「寂しさは、これからも君の側にあると思う。それこそ、影のように……でも影と同じで、皆抱えているものなんだ。そう、君は皆と同じなんだよ」
大切なのは、慰めじゃなく事実を伝えること。
「陽が沈むと、訪れる夜が影を溶かしてくれる。君と、皆の影を」
そして事実に、自分の想いを乗せること。
「寂しくて辛い時は、思い出してみて。その寂しさが、誰かと繋がっているかもしれないことを。少なくとも、私は繋げてもらったよ。これからも、ずっと……」
録音を止め、畔君の手紙を大事に封筒へ仕舞う。
願わくはその寂しさが和らぎ、寂しさに向き合った強さを、誇れますように…………。