144_真里姉と沈む夜
コミカライズ第2巻、皆様のおかげで好評発売中です。
綾瀬様の書き下ろしが追加された表紙と、二巻の一部を追加でお披露目致します。
公式サイトはこちら。
<https://magazine.jp.square-enix.com/top/comics/detail/9784757580077/>
ジェイドさんとの戦いが終わった、直後。
戦いに勝った実感の無い中、テラスから拍手と共にベンさんの声が降ってきた。
「さすがはカルディアの英雄殿。見事な戦い、見事な勝利。ジェイドもまた剛の者と思っておりましたが、やはり格が違いますな」
その前のやり取りを見聞きしているため、言葉を素直に受け取る気にはなれない。
けれど、ジェイドさんを下したことは純粋に評価しているらしかった。
こちらを見下ろす目に、嘲りの色は見えないから。
「リベルタで過ごされる最後の夜、良いものを見せて頂いた礼も兼ね、盛大な夜会を催しましょう」
ベンさんの言葉に、へレルさんとサハルさんが指示を出し、舞台の中へ豪奢な馬車が現れる。
疲れたので可能なら直ぐに帰りたかったけれど、最後のお務めと思い私は気乗りしない足取りで馬車へ向かった……。
私達を乗せた馬車は、悠然と走りリベルタの街中を下って行く。
空気に混じる磯の香りから、どうやら海の方へ向かっているらしい。
しばらくすると、砂浜の近くに丸みを帯びた白亜の宮殿が現れた。
馬車を降り案内されて中へ入ると、柱に彫られた精緻な植物の蔦が目に入った。
驚いたことに蔦の先からは水が流れ、辺りを涼やかな空気で満たしている。
そして落ちた水は柱の下に湛えられ、床に造られた蜘蛛の巣のように細い水路を巡っていた。
「土地柄を考えると、とても贅沢な水の使い方ですね」
「それだけの力があると、内外に示しているんだろう。金持ちや権力者のやりそうなことだ」
「言葉に棘があるわね、マレウスちゃん。まあ、あの戦いの後ではワタシも思うところがなきにしもあらずよ」
そう言ってカンナさんが目を向けた先、俯いたままのルレットさんの姿が。
正直、女鏖モードのルレットさんがあそこまで一方的にあしらわれるとは思わなかった。
何か声を掛けたいけれど、言葉が見付からない。
知らず伸ばしていた手が宙を彷徨い、見えない壁に遮られるように、先へと進まず胸元へ戻った。
「不甲斐ないなあ……」
友達だと言いながら、なんて無力なんだろう。
項垂れていると、私の肩に手を乗せカンナさんが首を振った。
「時にはそっとしておくことも必要よ。近くに居るだけが優しさじゃないの。マリアちゃんなら、分かるわよね?」
「はい……」
Mebiusの世界へ触れる前の自分を思い返せば、カンナさんの伝えたいことはよく分かる。
向けられる優しさと、それに応えられない自分。
葛藤の中、息をするのも心苦しかった日々。
豪勢な食事が用意されている宮殿の広間から、一人背を向けてルレットさんが外へと向かう。
「……ルレットさん!」
しかし、それでも私は叫んだ。
叫ばずにはいられなかった。
続く言葉を、持たぬままに……。
ただ、言葉にならない想いは通じたようだった。
ルレットさんの口端が、ほんの少し上がっていたから。
「大丈夫よ、ルレットちゃんなら。ところで……ワタシとしては、あっちも気になるのだけど?」
「あっち?」
カンナさんが目を向けるそこには、宮殿の片隅で体育座りをして消沈する、グレアムさんがいた。
その周囲は、教団の人達に囲まれている。
あれは、気落ちしているグレアムさんを気遣って……。
「確かに、相手は強かったですけどね団長」
「啖呵切ってあれはどうなの、団長」
「教団としての示しがつかんでしょう、団長」
訂正、吊し上げでした。
しかも容赦がない。
私だって、手にした勝ちの実態は負けに等しいものだった。
けれどここで私が行き擁護したら、火に油を注ぎそうな気がする。
結局心の中で応援するに留め、私はカルディアの使節の方と一緒に、リベルタの方々へ挨拶して回ることにした……。
お読み頂いている皆様、ありがとうございます。
また頂いたご感想、いつも楽しく拝見しております。
次の一話にて、本章の中編を終える予定です。
間に断章を挟みますが、そちらで色々とご報告したいと考えています。
引き続きのんびりと、お付き合いくださいませ。




