143_真里姉と激闘
コミカライズ第2巻、7月7日(木)発売です!
綾瀬様の描く書影が公開されましたので、こちらにて。
公式サイトはこちらから。
<https://magazine.jp.square-enix.com/top/comics/detail/9784757580077/>
家族が私と弟妹だけになってから、ジェイドさんが言うような言葉を掛けられたことは、何度もある。
けれど、ここまで感情を逆撫でされることはなかった。
その理由が、今は何となく分かる。
意識しないよう閉ざしていた心の領域へ、無遠慮に踏み込まれた気がしたから。
込み上げる私の怒りが伝わったのか、隣でギルスが臨戦態勢をとる。
ヴェルはいつの間にか私の掌から肩に登っており、こちらもやる気満々。
【モイラの加護糸】をヴェルに使いMPの上限は減ったままだけれど、この様子では戻せないよね。
私達の準備が整うのを、ジェイドさんはMPポーションを飲み待っていた。
お酒と違うせいか顔を顰めて飲んでいたけれど、こちらに視線を戻した時、ニヤリと笑った。
「良い気迫だ」
そう言って、ジェイドさんが距離を取る。
「来い、嬢ちゃん!」
何も言わず前へ出るギルスと、交差する私の視線。
その目が『任せろ』と言っており、私とヴェルは下がった。
でも、ただ見守られているつもりはない。
これまではギルスを生かすために、私の扱える糸を全部使う必要があった。
けれどレベルとスキルが上がったおかげで、一本だけ自由に扱えるようになっている。
ルレットさんも敵わなかったジェイドさんに、正直何ができるのかは分からない。
それでも、ようやく一緒に戦える。
このところ、戦いはギルスに任せきりだったし。
そんなことを考えていたら、ヴェルに嘴で頭を突かれた。
「ピヨッ!!」
ごめんごめん、ヴェルも一緒に戦ってくれていたね。
ヴェルの頭を撫で、少しだけ気持ちが落ち着く。
少しして、私達の準備が整った。
「「「……」」」
「……」
舞台に広がる、重苦しい沈黙。
いつでも動けるように備えていると、その時風が吹いて砂塵が舞った。
互いの視界を微かに遮る、砂のヴェール。
それを切っ掛けにギルスが動き出そうとする……よりも早く、ジェイドさんがこちへ突っ込んできた。
「受けを三度続けたからな。ここらで変化をつけないと面白くないだろっ!」
意表を突くような急接近。
私なら反応もできず倒されそうだけれど、ギルスは違った。
距離を取るのではなく、迎え撃つべく逆に詰めた。
「やるなあ、兄ちゃん」
後退を予期し両手で何か仕掛けようとしたジェイドさんが、体ごとぶつけようとするギルスに、逆に距離を取らされていた。
「お前達冒険者の相手は、以前何人としたからな」
立ち直らせる隙を与えまいと、ギルスがさらに追い縋る。
素早く振るった拳は、けれどぎりぎりのところでジェイドさんに届かない。
「!?」
驚くギルス。
私も捉えたと思ったのだけれど、直前で動きが鈍ったような……。
「兄ちゃん頑丈のようだが、的確に打てば針の一刺しも通る。そして悪くない仕事をするだろう?」
ジェイドさんが手にしているのは、針。
そして同じ物が、いつの間にかギルスの膝の上辺りに一本突き立っていた。
「たかが針。だが動きを鈍らせるには十分。たとえ僅かな時間でもな」
「……」
無言で針を引き抜き、だらりとギルスが腕を垂らす。
その指先から流れ落ちるのは……龍糸?
「素早い奴なら、他にもいた。力の強い奴も……だがお前は違う」
腕組みし、ジェイドさんが先を促す。
「信じられんが、そういった力に頼らず、ルレットを下しオレ達と戦っている」
「目眩しは使っているけどな。もっとも、眼鏡を掛けた姉ちゃん同様、兄ちゃんには効いてないようだが」
「オレにそういった類のものは効かない。だが、よく言う。それさえ半ば封じられた状態で、お前はルレットを倒した」
ギルスの言うことが正しければ、ジェイドさんの本当の強さは一体どれ程なのだろう。
戦慄しかけ、一連のやり取りにグレアムさんの名前が出なかったことを思いだし、私はそっと涙した。
戦う前、激励? し合い、少しは仲が良くなったのかと思ったのに……。
「お前は危険だ。ゆえに、出し惜しみはしない」
ジェイドさんの足元で、地面が弾け深く抉れる。
それを起こしたのは、ギルスの操る龍糸。
「全力でいくぞ!」
両手から繰り出す龍糸が、左右から迫る。
かつて多くの冒険者を一度で倒したその攻撃。
しかも高さを変えて避け難くしている。
ギルスの扱う龍糸の距離なら、上下に動いても後退しても避けれない。
「となると……」
糸の合間を縫うように、ジェイドさんが前へ飛び込む。
そこしか逃げ場がないとは言え、さっきの威力を見て迷いなく瞬時に行動できる人がどれだけいるだろう。
驚愕する私をよそに、ジェイドさんは着地と同時に前転、そのままギルスへ接近する。
けれどそれを予期していたかのように、待ち受けるギルスの拳。
「おっと」
唸りを上げる拳をギリギリで躱しながら、引き戻された龍糸の追撃も油断なく見切る。
背中にも目があるのかと疑うような巧みな回避に驚愕していると、ジェイドさんはルレットさんの立ち回りを想起させるように、ギルスの死角へ回り込もうとする。
「させない!」
私は地を走らせていた【魔銀の糸】を、ジェイドさんの手前で格子状に編み上げた。
「っ!」
予想外だったのか、ジェイドさんが転がりながら距離を取って離れる。
「驚いたな。耐性の無さそうな嬢ちゃんが、おれを見ながらこれ程正確に仕掛けられるとは」
「別に、ジェイドさんを見ていた訳じゃないので」
こうして舞台の上で対峙すると、グレアムさんが攻撃を外した理由がよく分かる。
じっと見ていると、ジェイドさんの姿が陽炎のようにゆらめき狙いが定まらない。
だから、私がジェイドさんを見たのは一瞬だけ。
位置を確認した後はギルスを見詰め、対処できない攻撃から守れるよう備えていた。
「なるほど」
楽しそうに笑っているけれど、その顔は『よくできました』とでも言いたげだ。
強さを誇られるだけなら、気にしない。
私自身が強いとは、思っていないしね。
でもジェイドさんに子供の成長を見守るような視線を向けられるのは、心が騒つく。
「その笑み、いつまでも浮かべていられると思うなっ」
立ち上がろうとするジェイドさんを、ギルスが追撃。
体勢が崩れた状態で、さっきのような回避は難しいはず。
迫り来る龍糸を前に、ジェイドさんは動かない。
その体は直撃を受け両断……されず、弾かれるように飛んだ。
「「!!」」
私だけでなく、ギルスも驚愕している。
かつてギランが見せたような、防御系のスキルを使ったようには見えない。
けれど事実、ジェイドさんは倒れていない。
そればかりか、飛ばされた際に宙でくるりと回転し、着地と同時に体勢を整えている。
混乱する私とは逆に、ギルスは攻撃の手をより苛烈にしていた。
しかしジェイドさんはこれまでと違い、避けずにその場へ留まっている。
そして次々と襲う龍糸を、両手で捌く。
ぱっと見素手で防いでいるように見たけれど、防ぎ続ける際に長い袖が切れ、手元にある物が露わになった。
「あれは……針?」
確かにジェイドさんが針を武器にしているのは目にしたけれど、あんな細い針でどうやって龍糸を……!?
その時、私は一つの可能性に思い至った。
細さで言えば、針よりも龍糸の方が細い。
にも拘わらず、龍糸はあらゆる物を切断し、またもう一つの装備特性を持っている。
そうであるなら……。
「嬢ちゃんは気付いたようだな。何も“不壊”は兄ちゃんの糸の専売特許じゃないんだぜ」
不敵な笑みを浮かべ、ジェイドさんが晒した指先でくるくると針を回す。
あっさりとネタバラシすることへ一抹の警戒を覚えていると、それは直ぐに顕在化した。
ギルスの攻撃を、ジェイドさんが明らかに余裕を持って対処し始めている。
ジェイドさんの動きが早くなったとか、そういうのじゃない。
逆に……。
「何だ。体が、重い!?」
ギルスの動きが遅くなっていた。
「気付いたか。これは呪いだ。いや、この世界で言うとデバフと言うんだったか」
デバフは相手の能力を下げたり、状態異常にする魔法やスキルだったはず。
でも幻惑も効かないギルスに、なぜ……。
「兄ちゃんには効かなくとも、糸を通し嬢ちゃんには通じると思ったんだが、狙い通りだったようだな」
まるでこちらの心を読んだかのように、またしてもジェイドさんがあっさり手の内を晒す。
慌てて確認すれば、確かに私のステータスが低下していた。
「ただ攻撃を防ぐだけじゃ芸がないからな」
どうも龍糸を防ぐと同時に、仕掛けられていたらしい。
何て人だろう……。
「種明かしも済んだ。さて、本気で仕掛けるぞっ!」
予想外の事態に、接近するジェイドへ反応が遅れるギルス。
私はその隙を補うよう、再びギルスの周囲に魔銀の糸を張り巡らせた。
けれどそれすら読んでいたのか、ジェイドは糸の壁の手前で跳躍し、ギルスの肩を踏んで更に前方へと飛んだ。
真っ直ぐに、私の方へ。
「なっ!? マリア!!」
ギルスの叫び声を聞いた時には、既にジェイドが眼前に迫っていた。
迎撃しようにも、ギルスの周囲へ巡らせた糸を戻すだけの時間がない。
「まだだっ!!!」
刹那、ギルスが糸の壁を私の方へ蹴り飛ばした。
無茶苦茶だけど、もの凄い勢いでジェイドさんの背後から魔銀の糸が迫る。
でも、僅かにジェイドさんの手が私へ届く方が早い。
身構える余裕すらなく呆然と見ているしかない、私。
けれどそんな私を守るように、小さな影が躍り出た。
肩に乗っていたはずのヴェルが身を挺し、敢然と。
ネロより小さい体にも拘わらず、いつかの空牙のように、ギルスのように。
そんなヴェルを前にジェイドさんが目を見開き、思わずといった感じで動きを止める。
私はその隙に戻された糸を操り、ジェイドさんの首に巻き付けた。
「これも嬢ちゃんの力か……おれの負けだ」
軽い口調でそう言って、ジェイドさんが両手を上げる。
こうして、私達とジェイドさんの戦いは終わった。
けれど、そこに勝ったという実感などあるはずもなかった……。
いつもお読み頂き、応援、ご感想、誤字報告頂いている皆様、ありがとうございます。
前書きにも書きましたが、7/7にコミカライズ第2巻が発売されます。
イベント前に“アレ”を貪り食う三人に、そして綾瀬様の手でより表情豊かに描かれたマリア達。
お楽しみ頂けたら幸いです。