140_真里姉とぶつかる想い
ルレットさんのいつになく重々しい言葉に、私達の間に沈黙が広がる。
そんな中、ベンさんが何気ない感じで声を掛けてきた。
「いかがでしたか、リベルタ自慢の剣闘士の強さは。もちろん、カルディアの英雄殿に敵いはしませんが」
言葉こそ丁寧だけれど、細められた目は笑っていない。
その目が問い掛けていた。
同じことができるのか、と。
国を代表する人にしては、露骨な気がする。
とはいえ、敢えて挑発に乗る必要もないしね。
ここは王様の代理として、無言で笑みを返し事を荒立てず終わらせよう。
そう、思ったのだけれど……。
「確かに強い方だ。しかし、教祖様の強さは一言で語り尽くせぬもの。その一端、是非ともご覧頂きたい」
既視感のある流れと共に、グレアムさんが立ち上がる。
そこは無言で座ったままでいいんですよ、グレアムさん。
でないと、また不穏が張り切って仕事してしまいますから。
私は自重を促そうとしたけれど、時既に遅く。
カンナさん達がグレアムさんを囲んでいた。
抑えてくれるのかと淡い期待を抱いたけれど、グレアムさんに次々と渡される装備に裏切られる。
「弓ならワタシに任せなさい! 弩砲並みの威力を持つとっておきよ!! ただし耐久値は紙だけど!!!」
「矢は俺が出してやる。レギオスから回ってきた希少金属で作った、費用度外視のロマン矢だ」
「弓懸もありますよぉ。命中力の向上に特化した物でぇ、初心者にもヘッドショットを可能とするくらいですぅ」
「皆さん……必ずや、期待に応えてみせます!」
頷き合い、一体感を漂わせる四人。
その様子を冷めた目で見詰める私。
僅かとは言え、どうして期待しちゃったんだろう……。
しかも聞くだけで、とんでもない物を渡しているし。
グレアムさん自身、レベルが現時点の上限に達していると聞いたことがある。
そこから放たれる矢の威力なんて、見当も付かないんですが。
これまでと違った懸念が浮かんでいると、ギルスが私の側を離れグレアムさんに近付いた。
離れ際、私の手にヴェルを乗せ『任せろ』という頼もしい言葉を残して。
ひょっとして、私の意を汲んで……。
一度は死んだ期待が復活しかけたところで、ギルスが拳を突き出した。
「マリアの名を出したのだ。無様な姿を晒すのは許さんぞ」
「誰に物を言っている」
二人の拳が、宙でぶつかる。
普段何かと張り合っているけれど、この瞬間、確かに想いは重なっていた。
私の、望まない方向に。
ギルス、私は抑えて欲しかったのであって、激励して欲しかったんじゃないんだけど……。
おかしい、かつて洞窟の最奥で見せたあの頼もしさはどこへいったのだろう。
今も頼もしいことに変わりはないのだけれど、方向性に不安を覚えるというか…………。
「ヴェルは今のままでいいからね」
願いを籠めて語り掛けると、ヴェルの瞳がキラキラと輝いていることに気付いた。
そこには自分もあんな風になりたいという、想いが垣間見える。
うん、これはもう手遅れかなあ……。
ザグレウスさん、私の周りにもっとレイティアさんのような人を増やしてもらえませんか?
ツッコみ役が著しく不足し、私は困っていますよ??
その後ベンさんの思惑に乗せられる形で、私を除く皆の希望により、ジェイドさんとの戦いが行われることになった。
倒れていたアルゴスは再び鎖で拘束され、既に運び出されている。
代わりに舞台の上に立ったのは、グレアムさん。
そして示し合わせたかのように、互いに中央へ寄って行く。
その際、グレアムさんの視線がちらりとジェイドさんの足首に向けられた。
「気にする必要はないぞ。元より望んだ境遇だしな。それに……」
「?」
「おれは同郷。遠慮なく殺しにこい」
気軽な口調とは裏腹に、遠くに居ても分かる程の威圧感がジェイドさんから放たれる。
私は思わずビクッとなったけれど、グレアムさんは動じない。
「やるなあ、お前さん。見上げたもんだ」
感心感心、とでも言いたげにジェイドさんが腕組みして頷いている。
「あなたの方こそ。教祖様の加護が無ければ、飛び退っているところでしたよ」
何度も言いますが、私にそんな力ありませんよ、グレアムさん。
「教祖、ねえ……」
ただ、なぜかその一言にジェイドさんの纏う空気が変わった。
さっきの威圧には驚いたけれど、試す以上の意志はなかったように思う。
なのに今は、見ているだけでぞくりとする程の寒気を感じる。
巨体のアルゴスを前にしても飄々としていたのが、嘘のようだ。
深く息を吐くと共に告げられたのは、
「恥を知れ」
という短い言葉だった。
前後の繋がりが分からず困惑していると、ジェイドさんが続けた。
「お前さんは嬢ちゃんを教祖と祭り上げ、酔っているだけだ。しかも……」
言葉を区切り、ジェイドさんが私の方を向いた。
交じり合う視線の中、瞳に見えたのは……後悔?
「それを望みもしない子供相手にするのは、良い大人がやることじゃないな。格好悪過ぎだろう」
視線はグレアムさんへ直ぐ戻されたけれど、その目は冷え冷えとしていた。
対するグレアムさんは、怒りに肩を震わせ口を開く。
「酔っている、だと? この想いは本物だっ!!」
ルレットさんの弓懸をはめた手で、託された弓矢を構える。
「想いは否定しないが……お前さんのそれはな、依存とか盲信って言うんだぜ」
「っ!!!」
ぎりぎりと引き絞られた弓は、マレウスさん特製の矢を今にも射てる状態。
二人の間の距離は、五メートル程。
武器を持たないジェイドさんの攻撃が、グレアムさんに届くことはない。
スキルや魔法があったとしても、速度的に有利なのはグレアムさん。
けれど、ジェイドさんは落ち着き払っている。
そればかりか……。
「このまま、初手は譲ってやる。よく狙え、二射目はないかもしれんぞ」
自分の心臓を指差し、軽く足を広げる。
その時には、あの緩く掴み所がない感じに戻っていた。
雰囲気の落差が大きく、同一人物だと分かっているのに別人のように錯覚する。
離れた所から見ているも私がそうなのだから、グレアムさんの目にはどう映っているのだろう。
素人目には、矢先はしっかりジェイドさんを捉えているように思う。
ただその手は中々矢を放とうとせず、グレアムさんの額に汗が浮かび始める。
最初は小さな粒だった物が、時間と共に大きくなり、ついには流れ落ちるようになった。
異常な様子に、言葉もなく見守っている私達。
経過する時間が、酷くゆっくりと感じる。
けれど実際には大して時間が経っていないことを、変わらぬままの二人の影が示している。
圧倒的に有利なはずのグレアムさんが、逆に追い詰められている。
その信じ難い状況を打破するかのように、
「疾っ!」
グレアムさんが矢を放った。
弓懸をした手元が動いたのは見えたけれど、放たれた矢は一瞬に弓から掻き消えていた。
文字通り目にも留まらぬ速度のそれは、狙い違わずジェイドさんに向かい……躱されていた。
矢は背後の壁にぶつかり凄まじい衝撃波を生むと、その勢いを借り一気にジェイドさんが距離を詰める。
懐に入られグレアムさんは手にした矢で迎撃しようとしたけれど、それよりも早くジェイドさんの拳が鳩尾にめりこむ。
「かはっ」
やや下から振り上げるように打ち込まれた一撃により、グレアムさんの体が宙に浮く。
ジェイドさんはその体を掴むと、流れるような動作で背負い投げのように地面へ叩き付けた。
ピクリとも動かない、グレアムさん。
あの感じだと、体へのダメージではなく衝撃によって意識が飛んだのかもしれない。
私が初めてギルスと出会った時、殴られて意識を失ったように。
勝敗は、誰の目にも明らかだった。
「完全に外させたつもりだったんだがなあ。おれを直視して、まさか傷を負わされるとは」
そう言ってジェイドさんが頬の辺りを撫でると、そこには一筋の赤い線が生まれていた。
「確かに、想いは本物のようだ。少しは見直したぜ、お前さん」
しゃがみ込み、グレアムさんを肩に乗せ舞台の外へと連れ出す。
呆然となっている私達に声を掛けたのは、またしてもベンさんだった。
「彼者が傷を負うなど、久しくなかったのですが……いやはや、さすがは英雄殿の仲間。お強いですな」
グレアムさんの健闘を讃えているけれど、それを上回るジェイドさんの強さを強調しているのは明らかで、不快感が込み上げる。
私のことはともかく、全力で挑んだグレアムさんを貶めるのはどうだろう。
教団の人達が気色ばみ、止めるべきか一瞬迷ったのはそのせい。
でも、その怒りが爆発する前に立ち上がる人が。
「では胸を借りるつもりでぇ、次は私と手合わせ願えませんかぁ」
いつも通りのおっとりとした口調で、ルレットさんがそう提案していた。
いつもお読み頂いている皆様、応援・感想・誤字報告頂いた皆様、ありがとうございます。
早いもので、3巻発売から20日近く経過。
お手に取っていた皆様、心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。
次回の投稿時、何かしらお伝えできる状態になっているかと思います。
不穏な情勢が長く続いておりますが、人心地つける時間となりましたら幸いです。
引き続き、の〜〜〜〜〜んびりとお付き合いくださいませ。