134_真里姉と重なる問い
質問に質問で答えるのは失礼だと分かっているけれど、全く同じことを思っていた私は、つい口にしていた。
「あの、それは私も尋ねたいくらいなんですが……」
ゆらゆら揺れる舟の上、それと合わせるかのように、
「見ての通り、昼寝だ。海風と波の音が、気持ちよくてなあ」
のんびりとした答えが返される。
「買った酒を手にぶらついていたら、ここへ出た。だが、せっかくなら舟の上で波にゆられて飲むのも良いと思ってな。軽く一杯のつもりが飲み過ぎて、どうやらころんと寝ちまったようだ」
悪びれた感はまるでなく、陽気に笑う。
この場所が心地好いのは分かるけれど、何とも自由だなあ。
若干呆れ混じりにそう思っていると、
「で、嬢ちゃんは何をしているんだ?」
向こうから改めて問われた。
「私は……」
思わず、言葉に詰まる。
迷子になってここへ来たなんて、恥ずかしくて言えない。
まして相手は初対面の人だし……いや、知っている人でも同じか。
「オレが海を見たいと言ったのだ」
「ギルス……」
私のことを庇うように、ギルスが答えてくれた。
その気遣いに感動を覚えていると、
「散策に夢中になったマリアが、道に迷った訳では決してない」
「ギルス…………」
的確な暴露に、感動が吹き飛ぶ。
正しい解答を、ありがとう。
ただね、何もそこまで説明しなくて、いいんだよ?
事実だから、否定できないけれど。
「夢中に、夢中にか……」
短く言葉を繰り返し、なぜかおじさんは真剣な表情で私を見詰めていた。
その顔に笑みはなく、言葉をじっくりと噛み締めているかのようだった。
しかしそれも長くは続かず、おじさんが口を開けて笑う。
「かははははっ! 人生楽しんだ者勝ち、夢中になれる時があるのはいいことだぞ!! 小さな嬢ちゃん!!!」
「小さなは余計です! あと、私は嬢ちゃんでもありませんから!!」
もう二十歳を超えているのに……年齢的には。
心の内でツッコむのが自然になっていることに気付き、私は密かに項垂れた。
「そいつは失礼したな、嬢ちゃん」
「失礼だと思うなら繰り返さないでください! えっと……」
明らかに楽しんで言っており、再度抗議の声をあげようとしたけれど、何と呼べばいいのか分からず、つい止まってしまった。
それを察したのか、引き継ぐように応えられた。
「ジェイドだ。昼間から酒を飲んで寝転ぶおっさんにしては、良い名前だろう」
「自分から言いますか……」
飄々と躱されている感じがして、何とも遣り難い。
バイトをしていた時も、苦手なタイプのお客さんはいたけれど、それとは少し違う。
あの時は人の話を聞かないとか、無茶な要求をしてくる人で、苦手というより相手をするのに疲れる感じだった。
ただ、この人はそうじゃない。
繰り返し嬢ちゃん呼びしていても、そこに悪意は感じられず、ごく自然に振る舞っているように見える。
これまで経験したことのない、苦手意識のようなものに私は戸惑った。
その時、桟橋の袂から大きな声がした。
「旦那様がお呼びだ、ジェイド!」
振り返ると、そこには褐色の肌に彫りの深い顔立ちの男性が立っており、不機嫌な様子を隠すことなく、こちらに近付いて来た。
ぱっと見、ヨシュアさんに通じる顔の造形をしているような気がする。
いや、むしろ似ていると言った方が正しいかもしれない。
「出歩くなら、誰かに一言伝えろとあれ程言われただろう。なのにお前は」
「くそ真面目なところは兄弟そっくりだな。そんなにカリカリしていると、禿げるぞ?」
「誰のせいだ! それと頭髪ならお前よりある!!」
「聞き捨てならんな、そんなこと……あるか?」
「いや、そこで私に聞かれても……」
急に尋ねられたのと、事実を口にしていいのかという二重の意味で、口が重くなる。
ただ、その間だけでジェイドさんには十分伝わってしまったらしい。
「ふっ……時ってのは残酷だな、嬢ちゃん」
ジェイドさんが黄昏れたような目を水面に向け、そこに映る自分を眺める。
「えっと、まだまだこれからですよ?」
「……嬢ちゃん。慰めの言葉は、時に無言より効くもんだ。大事なことだから、覚えておくといい。おっさんとの約束だぞ」
言い淀んだら話し掛けられ、口を開いたら嗜められた。
どうしよう、凄く面倒臭い……。
もうこの場から立ち去ってしまおうかと思っていたら、ジェイドさんが徐に立ち上がり、舟から飛んで桟橋に降り立った。
着地の際、ヨシュアさんとの出会いで耳にした“ジャラッ”という音が鳴る。
はっとしてジェイドさんの足首を見て、私は少なからず驚いた。
「枷と、鎖……」
「ん? ああ、嬢ちゃんには少々刺激が強い物だったか。しょうもないおっさんは、しょうもない奴隷でもあったって訳だ」
奴隷という響きと、そうとは思えない自由な感じに戸惑っていると、ジェイドさんは片手をひらひらと振り、去っていった。
去り際に、
「また後でな、嬢ちゃん」
という意味深な言葉を残して……。
お読み頂いた皆様、そして応援、ご感想頂いた皆様、ありがとうございます。
長らく更新できず、申し訳ありませんでした。
その上で、こうして引き続きお付き合い頂いている皆様には、感謝しかありません。
重ねて、ありがとうございます。
3巻の原稿が一段落ついたものの、更新頻度は今しばらく落ち着かない可能性がありますが、
できる限り、新しいお話を描いていきたいと思っています。
昨今、マリアがよく悩まされている“不穏”が活発になっている情勢。
この物語に触れて頂いた皆様の心身が、健やかであることを願ってやみません。
マリア達もまた、それを願っておりますゆえ。
引き続き、の〜〜〜〜んびりと、お付き合い頂けましたら幸いです。