128_真里姉と暗躍する妹再び(後編)
『えっとネ……そノ…………』
柴犬姿のナノが、もじもじと両手の肉球を擦りながら、ちらちらとこっちを見てくる。
人の姿だったら、組んだ両手の指を閉じたり開いたりしていそうだね。
『ボクと友達になっテ、くれないかナ……』
仕事の成果を報告してくれた時とは違い、その口調は弱々しい。
何を言われるのかと身構えていたわたしは、予想の斜め上なお願いに、内容を理解するまで少し時間がかかった。
タダより高い物は無いことを身を以て学び、未だ警戒を緩めないわたしがいる一方、引き籠もってコミュ障を拗らせたわたしが、激しい動揺と共に嬉しさを感じている。
おおう、こんな時どうしたらいいの?
早く応えなければと思う反面、焦って頭の中はさらに混乱だよ!?
そんな時、脳裏に浮かんだのはわたしに向けて微笑む、お姉ちゃんだった。
何か、言葉があった訳じゃ無い。
ただ、それだけでわたしの心は落ち着きを取り戻した。
お姉ちゃんなら、きっと……。
そう考えたら、わたしは自然と手を動かしていた。
『あッ……』
報酬分のお金が振り込まれたことに、気付いたんだろうね。
目に見えてしょんぼりした様子のナノに、わたしは続けた。
「ナノのお願いをきいたら、お金の代わりに友達になるってことでしょう? リアルの友達が殆ど……ううん、いないわたしだけど、それは違うって分かるよ。だから、仕事の報酬はちゃんと受け取って」
そう言うとナノは尻尾を下げ、体を伏せてしまった。
後悔しているようにも、拒絶されたとガッカリしているようにも見える。
「仕事の話は、これでおしまい。ここからは友達としての話だよ、ナノ……ううん、カノン」
私がその名を口にした瞬間、柴犬がばっと顔を持ち上げた。
カノンという名前は、資金提供した際、知り合いのハッカーから教えられたナノの本名。
ちょっと意地悪になったけど、このくらいは許して欲しいな。
普通に『友達になっテ』と言ってくれたら、喜んで受けていたんだから。
……ああでも、わたしの方がずるいか。
わたしからは、多分言い出さなかっただろうしね。
子供のようなお願いだったけど、それが本心からのもので、勇気を出して言ってくれたのは分かる。
誰だって、素の自分を出して拒絶されることを考えたら怖いし、痛いもんね。
心無い言葉を無防備に受けて引き籠もったわたしだから、説得力は段違いだよ!
そんな怖れを乗り越え、どんな形であれ口にしたナノは、カノンは凄いと思う。
こんな時、お姉ちゃんなら求められる前に察して、自分から動いていたんだろうなあ。
わたしには、とても真似できない。
でもわたしはお姉ちゃんの妹だから、それに恥じないことは、しなくちゃね。
今まで、ダイブしてアバターを見せることはあったけど……。
緊張を隠し、わたしはネット越しとはいえ、初めて自室を映すカメラの設定をONにした。
『ッ!』
「これが、わたし。勇気を出して言ってくれたカノンへの応え。これからも、よろしくね!」
そう言うとカノンは両手で目を覆い、わんわんと泣き始めた。
『ありがとウ、マキマキ……ありがとウ…………』
「こちらこそだよ! それに偉そうなことを言ったけど、わたしはお姉ちゃんならどうするか考えて、真似しただけなんだよ!!」
殊更明るく言うと、ぽかんとした顔をしたカノンが、今度は両手を口に当て笑い始めた。
気を遣ったのがバレたか……お姉ちゃんのように、自然に振る舞うのは難しいね。
『ははハ、マキマキもマキマキのお姉さんモ、凄いネ』
「でしょ! 自慢のお姉ちゃんだもん!!」
ネット上でお姉ちゃんを褒める言葉を見るのは嬉しいけど、やっぱり友達から言われるのとは、嬉しさが違うね。
胸を張り、我が事のように話してしまった。
『こんなに温かい気持ちになったのは久しぶりだヨ。ならボクからもお返しをしないとネ』
カノンがそう言うと、カドゥケウス社の映像が消え、一覧形式で纏められた情報が表示された。
『これがお姉さんを崇めル、彼等の情報ダ』
「これって、まだ正式に依頼をしていなかったと思うけど?」
『マキマキなら気になるだろうと思ってネ、事前に集めておいたのサ』
「さすがカノン!」
『名前を呼ばれ褒められるト、照れるネ』
また両手で目を覆ったけど、今度は頬がうっすら赤くなっている。
芸が細かいなあ。
それにしても、なるほど……グレアムさんが住んでいるのは、そこかあ…………。
民間警備会社の人達に、念のため情報を送っておこう。
別に何かする訳じゃ無いけどね? 少なくとも、今のところは。
表示された情報を保存しつつ他にも見ていると、気になる名前が二つ。
「ルレットさん、個人で服のブランド立ち上げているんだ。あっ、この服デザインはシンプルだけど、仕立てが丁寧。それに着心地を高める工夫が随所に見られるし、服を買った人の嬉しそうな写真がこんなに沢山……」
オーダーメイドのみ受け付けているようだけど、その手間暇を考えたら価格は安いくらい。
これはわたしとお姉ちゃんの分、纏めて注文するしかないね! あと、ついでに真兄のも。
そして気になった名前の、もう一人。
「これがマレウスさんの中の人かあ……グレアムさんとは違う方向で気にかけていたけど、面白そうなことをやっているね。これはひょっとすると、以前ザグレウスや社長が言っていた希望に繋がるかも。その結果、わたしの願いにも……」
頭の中で描いた未来に想いを馳せていると、カノンが笑っていた。
『マキマキは本当にお姉さんが大好きだネ』
「当然! 目に入れても痛くないお姉ちゃんだからね!!」
妹が使う言葉なのか、というツッコみは聞こえないんだよ!
それから数時間、私はカノンとお姉ちゃん談義に花を咲かせた。
翌日は見事に寝不足になったけど、そんなの気にならないくらい、嬉しく楽しい時間だったから問題無し!
ただ、お姉ちゃんにあまり無理はしないようにと嗜められたので、そこは反省。
でも、自重はしないけどね!!
いつもお読み頂いている皆様、そして個性と情熱漲る感想をくださっている皆様、ありがとうございます。
今回新たに12件の感想を、52人の方から有り難い評価を、そして数百人の方からお気に入りに登録頂けました。
また誤字の訂正を1件、より良い表現の指摘を1件頂き、修正致しました。本当にありがとうございます!
これからも気になる点がありましたら、ご指摘の程よろしくお願い致します。
これまでリアルタイムでお付き合い頂いた方には、もはやお約束的な中編や終編を挟むことなく、
今回は無事、前編・後編で終えることができました。(ほっ……)
さて、今回ナノの本名が出ておりますが、実はアルファに投稿していた時から鋭い赤ペン(指摘)を何度もくださっている方のお名前にちなみ、つけさせて頂きました。
今後もどこかのお話で、皆さんのお名前が出る、かもしれません。
宣言が延長・拡大され、穏やかな日々はまだ遠い状況ではありますが、心を緩める一時となりましたら、幸いにございます。
なお普段はしない次話予告ですが、今回はあえて。
次話は水着回となります。繰り返します。水着回です。
引き続きのんびりと、お付き合いくださいませ。