127_真里姉と暗躍する妹再び(前編)
前話の終わり方を引き継ぐ(フラグ回収)、今回と次回のお話。
語り手は真希となります。予めご承知おきください。
なお書籍については、担当編集さんより「手応えあり!」といった感じの言葉を頂いております。
これもひとえに、皆様のご支援あってのもの。ありがとうございます!!
お姉ちゃんと真兄が眠りについた、深夜。
わたしは自室の壁一面に備え付けられた、繋ぎ目の無い大きなディスプレイを見詰めていた。
特注で作ったそれは、表示領域を自由に分割や拡縮でき、刻々と変化する情勢に合わせ、最適な状態で情報を表示してくれる。
ブラインドサークレットを使いダイブした方が、ウィンドウの数にも広さにも制限が無く、場所も取らないだろうと投資仲間は言うけど、わたしの考えは違うんだな。
情報は多ければ多い程、その扱いは難しくなる。
闇雲に情報を表示しても、扱い切れなければ意味が無いし、見てしまったがために、判断を惑わすことにもなりかねない。
どんなに便利になったところで、人が一度に処理できる情報量は限られているから、当然だよね。
だからわたしは、自分で扱える情報に物理的な制限を設けている。
それがディスプレイで、この中に収まり切らず、追加で情報が必要となった場合は一度何かを閉じるか、他の領域を狭めて表示領域を確保。
集中と選択、それにより情報を扱うセンスが鍛えられると、わたしは思っているから。
いつもならディスプレイに投資用の情報を映しているところだけど、今は一切表示されていない。
代わりに、情報収集をサポートしてくれる柴犬を模したツールが、ディスプレイの端にちょこんと座っていた。
ネットの表には出ていない情報も拾って来てくれる便利な子で、名前は作成者と同じでナノ。
普段は話し掛けても応えないナノだけど、
「寝過ごさずにちゃんと起きたんだね。偉い偉い」
わたしがそう言うと、ナノは不意に後ろ足で立ち上がった。
『マキマキの依頼は特別だからネ。それに今度寝過ごしたラ、何をされるか分かったものじゃなイ』
片言で文節の終わりになる程高くなる声が、ナノの口から発せられる。
「酷いなあ。わたしはただナノを起こしに行かせただけだよ?」
『知っているかなマキマキ。普通はネ、目覚ましに完全武装の民間軍事会社を派遣したりしないんだヨ?』
「何かあってからじゃ遅いから、念のため? それに民間軍事会社じゃないよ、民間警備会社!」
『どっちも同じだヨ!!』
ナノが大きく口を開けて叫ぶけど、取り敢えずスルー。
「お金の分だけ契約上しっかり仕事してくれる人達は、遣り取りがスムーズでいいよね」
『まったク、誰がこんな子に権力じみたお金を持たせたんダ……って自分で稼いだのカ。手に負えないナ!』
「ああ、そんなこと言っちゃうんだ? それで助けられたのは誰だったかな??」
『ぐぬぬヌ……』
高いハッキング能力が災いし、追われていたナノを知り合いのハッカーから頼まれ助けたのが数年前。
もっとも、助けたと言ってもわたしは資金を提供しただけで、実際に行動してくれたのは、ハッカーを通じて契約した民間警備会社の人達。
海外の出来事で詳細は不明だったけど、その救出劇は激しい戦闘を伴い、負傷した人も結構出たらしい。
負傷手当なんて契約には無かったけど、お礼として追加で振り込んだら感激され、それ以降、時々情報をくれたり、わたし個人の依頼も受けてもらっている。
ナノにはこの一件の対価として、いくつか協力してもらった。
柴犬を模したこのツールも、ナノが作った物。
そして今回、わたしは投資に関することとは別で、ナノにカドゥケウス社内の情報取得を依頼していた。
といっても悪事を暴くといった類いではなく、状況確認みたいなものだけどね。
『まずは依頼されタ、カドゥケウス社内の様子を見てみようカ』
遠吠えするような仕草を一つすると、ディスプレイ全体に会議室のような場所が映し出された。
「これ、社内のセキュリティ状況を確認する、中央管理室だよね。ただでさえセキュリティが厳重なのに、どうやって侵入したの?」
そこには半透明のホログラフィックディスプレイを多重起動し、何かを議論している人達がいた。
『簡単な話だヨ。どんな厳重なセキュリティシステムを組もうト、それを設計するのは結局人だからネ。設計側に回れバ、抜け道を作るくらい簡単サ』
「でもあのカドゥケウス社が、ナノに依頼なんてするの?」
『マキマキと同じデ、ボクもこっちの世界では多少名が売れているんだヨ。外部からの擬似侵入を依頼されることモ、少なく無イ。今回は見つけたセキュリティの穴を埋める方法に混ぜテ、こっそりボクだけが使えるバックドアも仕込んだのサ』
柴犬が両手に腰を当て、自慢げに胸をそらす。
何でもないように言っているけど、実際にやろうと思ったら恐ろしくハードルが高いよね、これ。
だって依頼した人もプロな訳で、そのプロに気付かせず密かに穴を作らせるのだから、ナノの能力の高さが窺える。
『種明かしも済んだシ、音声も流すとしよウ』
両手を合わせ、映画のカチンコを鳴らすような動きを見せると、会議室にいる彼等の話し声が聞こえてきた。
『結城さんから依頼され、真里さんに対するネット上の投稿の監視を強めているが……どういうことだ? あれだけ注目され、アンチがゼロなどあり得ないのに、悪意ある投稿が見つからないというのは』
『正確には、投稿されている。だが、なぜか投稿された直後に削除されている』
『投稿サイトの運営が対応を? それにしては対応が早過ぎる。それに、そういうネタをメインで扱うサイトですら投稿が消えているのは不自然だ』
『不自然さで言えば、削除のされ方とその後の対処もだ。誰かが削除したにせよ、踏み台を経由して追跡を躱すのではなく、削除した痕跡自体も消している。しかも匿名のネット掲示板にも拘わらず、相手のアドレスを特定し、逆に匿名掲示板に晒すという行為……相当な腕前だぞ』
『これ、結城さんにどう報告する? 俺達何もしていない訳だが……』
『『『……』』』
そこで、映像と音声が途切れた。
カドゥケウス社が、お姉ちゃんのことでちゃんと対策をしていたのは良いとして、さすがに気の毒だから、後で結城さんには彼等を叱らないよう伝えておこうかな。
誰が何をしたかまで、言うつもりはないけど。
『こんな感じだネ。ご満足いただけたかナ?』
「さすがだね。依頼してからそんなに時間は無かったと思うけど」
『マキマキが使っていル、この子を応用しタ。情報の抽出対象を絞れバ、削除機能を追加するだけで済むしネ。アドレスを晒したのハ、おまけかナ? ついでにリアルに関する部分ハ、偽の情報を大量に拡散しておいたヨ。木を隠すなら森の中ってネ』
「さすがナノ! それにしても、やっぱり悪意ある投稿は出てくるかあ。予想はしていたけど、お姉ちゃんのあの姿を見て尚しているのだから、許せないなあ」
削除した投稿数を示したのか、両手を突き出すナノの肉球には、文字通り片手では足りない数字が並んでいた。
『ネットの匿名性の功罪だネ。最近では悪い意味の方が目立つけド』
「わたしが学校に通っていた時も、飽きもせず次から次へと投稿されていたっけ」
もっとも、今となっては何とも思わないけどね。
むしろ前より叩かれているけど、わたしはお姉ちゃんを支えるって決めたから、そんな口撃に構ってなんてやらないんだ!
ついでに真兄も支えないといけないし。
『……マキマキは強いネ』
「そんなことないよ。わたしなんかより」
『お姉ちゃんの方が強イ?』
「ふふん、ナノもだいぶ分かるようになったね」
『何度も聞かされているんダ。予想できるヨ』
やれやれといわんばかりに、柴犬姿のナノが肩を竦める。
表現豊かだなあ。
「それじゃ今回の報酬を送るね。円がいい? それと仮想通貨?」
『どっちも要らないヨ。代わりにそノ……お願いガ、あるんダ』
「お願い?」
これまで、仕事と私的な遣り取りはきっちり分けていたナノが、どうしたのだろう。
思わず警戒するわたしにナノが伝えてきたのは、意外な言葉だった……。
いつもお読み頂いている皆様、そして個性溢れる感想をくださっている皆様、ありがとうございます。
今回新たに10件の感想を、42人の方から有り難い評価を、そして百数十人の方からお気に入りに登録頂けました。
また脱字の訂正を1件、より良い表現の指摘を2件頂いております。本当にありがとうございます!
これからも気になる点がありましたら、ご指摘の程よろしくお願い致します。
前話の終わりにて次の次にはリベルタへ、と言っておきながらの真希語り、前編・後編……。
ええ、もはやいつものパターン。しっ、しかし今回は中編が間に入ることはないので、ご安心? ください。
推敲して2千字増えるなんてことは無い……はずです。
このような時世ですが、GWですからね。皆様にとって、心身の休息となる期間であればと、願っています。
引き続きのんびりと、お付き合いくださいませ。