126_真里姉とリベルタへの船旅
【お知らせ】
2021年4月19日に書籍1巻が発売されました。お手に取って頂いた皆様、ツイッター等で応援頂いた皆様のおかげで、一部の書店様や楽天様のランキングではランクインしております。
1巻後書きに記載しておりますが、今後は2巻の発売と、コミカライズが確定しております。この場を借りて、改めて感謝を。ありがとうございます!!
なお別サイトですが、書籍化を記念した特設サイトを設けて頂き、そこにイベント以前の頃のマリアとエステルとの遣り取り綴った、特典SSを二本アップしています。よろしければ、そちらもお楽しみ頂けたら幸いです。
https://novelup.plus/story/785111394
王様が手配してくれた馬車に乗り、南東にある港街まで揺られること、しばらく。
高級感のある車体は前面が帆で覆われ、開閉式になっていた。
港街が近付いてきた今、帆は開けられ風が車内に流れ込んでくる。
風には、バイトでスーパーの鮮魚コーナーを任された時に嗅いだ、魚に似た匂いが混じっており、街が近付くに連れその匂いも濃くなっていた。
ただスーパーのそれとは違い、生臭いとまでは感じない。
クンクン嗅いでいたのを見られていたらしく、カンナさんが笑いながら教えてくれた。
「マリアちゃん、それが潮の香りというやつよ」
「といってもその匂いの素は、海水に漂う微生物が死んで発生させているんだけどな。海水が綺麗なところにいくほど、潮の香りはしないもんだ」
「事実かもしれませんがぁ、マリアさんは初めて海を感じているんですよぉ? それをマレウスときたらぁ……控え目に言って最低ですねぇ」
「情緒もへったくれもないわね。ワタシのネットワークを通じてマレウスちゃんの評価を下げておくわ。乙女心が分かっていないって理由で、二千点くらい」
「お前ら最近俺に冷た過ぎないか? あとカンナ、その二千点がどの程度意味を持つのか、すげえ不安なんだが!?」
マレウスさんは私が何か言う前に、既にルレットさんとカンナさんによる十字砲火に晒されていた。
悪気が無いのを知っているから、私は気にしていないけれど、敢えてフォローする必要性も感じられないので放置するのは、うん、仕方が無いよね。
そんないつもの遣り取りを尻目に、私は海への期待を膨らませていた。
勾配の関係か、その姿を見られないまま、港街をぐるりと囲む壁を抜け、目の前に広がったのはどこまでも続く碧、青、蒼。
「うわあぁっ!!」
無意識に出ていた、驚きの声。
街の近くの海は先を追うとどこまでも続き、途切れることがない。
その碧さは深みを増し、ついには空の蒼さと一つとなり、僅かな色の違いが、広がる世界に細く長い青の線を描いていた。
見上げて感じる空の広さとは違う、果ての無いどこまでも遠く感じる光景に、ただただ圧倒される。
「これが海……」
溢れた言葉を掬い上げるように、ルレットさんがにこにこと口元を綻ばせ、言葉を添えてくれた。
「そうですよぉ、生命の源とも言われていますしぃ、実際こうして見るとぉ、なんだか納得しますよねぇ」
そういえばレギオスでの戦いを終え現実に戻った夜、私は海に行ってみたいと、願ったっけ。
それがこんなにも早く実現するなんて……。
あの時夢見たネロと空牙は今、ギルスとヴェルとなって私の隣にいてくれる。
こっそり窺うと、まるで示し合わせたかのようにギルスと目が合った。
すっかり定位置となったギルスの肩に乗る、ヴェルとも。
夢なら覚めないで欲しいなと思ったけれど、夢では無いことを示すように、
「沖の波は荒いかもしれん。船酔いするやつもいるから、気を付けろ」
と、マレウスさんらしい一言が飛んできた。
「マレウスは乙女心の前に人の心が分かっていませんでしたかぁ……下衆の極みですねぇ」
「二度目にしてこれは、完全にアウトね。ブラックリストに加えておくわ」
「今のは気を遣っただけだろうっ!?」
マレウスさんの悲鳴じみた声により、おかげで私は夢で無いことを確信できた。
犠牲? は無駄じゃなかったですよ、マレウスさん。
馬車が埠頭へ進むと、そこには木造の大きな船が佇んでいた。
「三本マストの帆船……見た感じ、貿易に使われていたキャラック船に近いかしら」
「詳しいな。さすが木工連盟の長ってところか」
「どっちかというと、趣味の領域ね」
そう言いながら、カンナさんも目の前の船に興奮気味の様子だった。
船と埠頭は広い板で繋がれ、大勢の人が行き交い、荷物を出し入れしていた。
あの中にはリベルタの商人さんのお店に並んでいた、大和の国の調味料も混ざっているかもしれないね。
一方カルディアからは、穀物や鉱石、ポーションといった物が多く運ばれていた。
中には厳重に封をされている木箱もあり、何か高級な物が入っているだろうね。
想像できる物だと、高いお酒とかかな?
時が来て出港すると、張られた帆は風を受け、船は徐々に速度をあげていった。
離れていくカルディアに船尾から見入っていたけれど、やがて船首に移り、私は大海原を視界いっぱいに収めていた。
より海面に近い高さから海を見ると、また違った印象を受ける。
雲一つ無い空の下、どこまでも広がる海の上にいると、自分がその一部になったかのように感じる。
物語で、広大な景色を前にちっぽけな自分を意識する、みたいな言葉を見聞きしたけれど、私には懐に抱かれているような感じがして、無性に嬉しかった。
「時々揺れるからっ、あまり、身を乗り出して落ちる、なよ……おゔぁああぁ」
心配してくれてありがとう、マレウスさん。
でも今一番危ないのは、マレウスさんだと思うなあ。
甲板の手すりにしがみ付き、海に向けて勢い良く胃の中の物を噴出している姿は、教科書で見たどこかの像みたいだ。
「本当にマレウスちゃんは仕方が無い子ねえ」
そう言って、カンナさんが背中をさすりに行く。
何だかんだで優しいところが、カンナさんらしいね。
「ととっ」
波を乗り越えた船体が沈み込み、前方へ傾いた拍子に私の体も傾きかけた。
そんな私を抱き止めてくれたのが、ルレットさん。
「大丈夫ですかぁ? 波に揺れる感覚といい、再現度高いですねぇ」
「ありがとうございます、助かりました」
優し気な笑みを浮かべごく自然に支えてくれるあたり、もしルレットさんが男性だったら恐ろしくモテるのではないだろうか。
「どういたしましてぇ。実はマリアさんにぃ、少し伺いたいことがあるのですがぁ……」
「なんでしょう?」
急に声のトーンを落とすルレットさんに、不安を覚えながら待っていると、個人向けの会話が飛んできた。
『こういうのを聞くのは良くないかもしれませんがぁ、PVが公開されてぇ、マリアさんのリアルの方は大丈夫ですかぁ? 困ったことはありませんかぁ??』
断りを入れた上で、かつ、会話が他の人に聞こえないよう配慮するあたり、ルレットさんはさすがだと思う。
『心配してくれて、ありがとうございます。騒がれたり、ホームであったように押し掛けられるようなこともありませんし、大丈夫ですよ』
そう答えると、ほっとしたように笑みを深めた。
『それを聞いて安心しましたぁ。有名になるとぉ、面倒なことも増えますからぁ。もしもの時はどちらであれ、遠慮なく頼ってくださいねぇ』
『はい!』
温かい気遣いに私も笑顔で答え、それからしばらく、一緒に海を眺めた。
さっきは少し揺れたけれど、波風は穏やかだ。
その時、ふと思った。
私が私を作った時、殆ど外見を弄っていない。
知っている人が見たら、私だと気付く人が何人かいても……。
そう考えると、現実が穏やかなのはなんとも不思議な話だ。
逆にこっちが穏やかでは無いから、それで差し引きゼロってところなのかなあ……。
いつもお読み頂いている皆様、そして、もう感想を抜き出して特典にしても良いのではと思う程、楽しくも嬉しい感想をくださっている皆様、ありがとうございます。書籍については前書きで触れたため、割愛。
さて、今回新たに12件の感想を、103人の方から有り難い評価を、そして数百人の方からお気に入りに登録頂けました!
また誤字脱字の訂正を4件頂いております。本当にありがとうございます!
これからも誤字脱字等、気になる点がありましたらご指摘の程、よろしくお願い致します。
そしてようやく章タイトル回収かと思わせつつ、リベルタに着く前の船旅で終わるという、いつものパターン。
リベルタに着くのは次の次になる……はずです。
一部において、本日から再びの緊急事態宣言。この物語は、お読み頂いた皆様に支えられ、育まれた物語です。
ですから、何より皆様の心身を大事になさってくださいね。
引き続きのんびりと、お付き合いくださいませ。