121_真里姉と風に乗って届いた言葉
密かに心配していたマレウスさんの意識は、王都へ戻る途中に戻った。
ギルスに殴られた時点で意識が飛んでいたらしく、幸いその後のことは覚えていないらしい。
何があったか伝えようかと思ったけれど、世の中には知らない方が良い場合もあることを学んだ私に、抜かりはない。
そっとマレウスさんの肩にヴェルを乗せ、満更でもない顔付きになったのを確認すると、私は事実を胸の奥底にしまった。
仲間ってなんだろう、という未だ答えの出ない問いと共に……。
遠足で遊び疲れた子供のように、帰りは教団の人達も静かで、私は平穏な一時を堪能した。
けれど王都に着いて解散となった際、『教祖様のお言葉、世界の紳士淑女に伝えねば』と言い出したことで一変。
一体平穏は、何度私を裏切れば気が済むのだろう。
……ところで、世界ってここだけですよね?
まさか現実世界も指していないですよね??
言いながら、なんとなく私の願いとはかけ離れた結果となる……そんな予感がした。
その後、数日かけてレベル上げを行い私のレベルが三十になった頃。
もはや習慣となったカスレを作っていると、いつもは料理を手伝ってくれるギルスの姿が見えなかった。
「どこに行ったんだろう?」
今日は外出する予定もなく、【モイラの加護糸】でギルスとヴェルを喚んだ後は自由に過ごすよう伝えてある。
ただそうは言っても、これまでギルスが私の側を離れることはなかったのだけれど……。
カスレを煮込み【促進(中級)】をかけて仕上げながら、なんとなく気になって辺りを見渡していると、レイティアさんに声をかけられた。
「どうかしましたか、マリアさん」
「レイティアさん。ギルスとヴェルの姿が見えなくて、どこに行ったのかなって」
「お二人なら、少し前に教会の裏にある建物の方へ向かわれていましたよ」
教会の裏にある建物というと、子供達が仕事を学んでいる場所だね。
でも二人一緒って、一体どうしたんだろう……。
「ありがとうございます。カスレも出来上がったので、ちょっと覗いてみます」
「分かりました。そういえば、マリアさんが買っている大和の国の調味料がだいぶ減っていましたよ」
「もうですか。沢山食べてもらえていると喜ぶべきなんでしょうけれど……」
「ええ。喜ばしいことなんですけどね、本当は……」
意図せず見つめ合う形になると、レイティアさんの目からハイライトが消えていた。
きっと私も同じような目をしているんだろうなあ……。
ホームの隣に教会ができ、多くの人が訪れるようになったことでカスレを求める人も増えていた。
カスレはただでさえ、いつも開店と同時に昼まで持たずに売り切れていたのだけれど、開店してすぐに売り切れることが続出。
何度来ても食べられないという常連さんの切実な声に、私はレイティアさんと相談し、一回に作る量を増やすことにした。
その結果、仕込み作業にかかる時間は激増。
私とレイティアさんとライルが必死に対応していたけれど、あまりの作業量に見かねた連盟の人と、その教えを受けていた子供達が手伝ってくれて、なんとか乗り切ることができた。
正直、手伝いがなかったらお客さんにはくじを配って当たりの出た人だけが食べられるようにするとか、何か手を考えないといけないところだったからね。
ちなみに、手伝ってくれた連盟の人と子供達にはちゃんとお給料を出しているよ?
金額を少し多めに設定したせいか、今では子供達でお手伝いの取り合いになっているとか。
そういった経緯から沢山作るようになり、比例して調味料の消費も多くなった結果、ヨシュアさんと出会ったリベルタのお店に買いに行く頻度も増えていた。
荷物は毎回ヨシュアさんに運んでもらうようお願いしているけれど、ヨシュアさんは以前と比べだいぶ明るくなったように思う。
またヨシュアさん繋がりで、同じ境遇の人を何人か、偽の鎖や枷に付け替えたりもしている。
『皆、自分を取り戻した気持ちです』とはヨシュアさんの言葉。
その言葉を子供達含め協力してくれた人達に伝えたら、まるで自分のことのように喜んでくれたのが、凄く嬉しかったなあ……。
「では二人を探したら買いに行きますね」
ヨシュアさんと話したくなってそう言うと、
「いえ、今回は私に行かせてもらえますか? 雇い主であるマリアさんに、いつまでもお使いのようなことはさせられませんし」
「そんなこと……」
気にしなくていいですよ、と続ける前に。
「あと、これを機に仕入れについてじっくりお勉強させてもらおうと思っているので」
にこりと微笑むレイティアさん。
震え上がる市場の人達の姿が見えたのは、錯覚かな?
さらに言うと、大和の商品を扱う人に向け『逃げて! 全力で逃げてっ!!』と叫んでいたように聞こえたのも、きっと私の気のせいだよね……。
そんな思いを抱いていると、ちょうどお客さんが来たので一度レイティアさんと別れ、私は二人を探しに行くことにした。
ホームの正面から出ると教会を訪れる人達に見付かりそうなので、離れの通路から回り込むようにして向かう。
するとログハウス風の建物の中で、子供達が作業をしているのが見えた。
その表情は真剣で、連盟の人の教え方にも熱が入っている。
学生の頃の自分を思い出すと、ちょっと羨ましくなるくらい。
あの頃は授業中にできるだけ体を休め、その後のバイトに備える感じだったからね。
あとで甘い物でも差し入れしようかと思いつつ、私は邪魔しないよう静かにその場を離れた。
「それにしても、二人は本当にどこへ行ったんだろう?」
周囲を見渡すけれど、どこにもその姿はない。
あちこち探し回り、建物の影から出た際、陽の光が眩しく手をかざして見上げると……いた。
どうやって登ったのか、教会の屋根にギルスが座り、その肩にヴェルが乗っている。
私は声をかけようとして、ギルスの口にした言葉に思わず止まった。
風に乗り届いたその言葉は、
『役立たず』
確かに、そう聞こえた……。
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なかなか書籍化の続報を正式にお伝えできておりませんが、私の作業はほぼ完了しております。
引き続きのんびりと、お付き合いくださいませ。