117_真里姉と約束された負けられない戦い
黄緑色の円な瞳に、小さな嘴と体。
体は羽毛というより柔らかそうな毛で覆われており、細い二本の足から広がる四本の指は体に比べかなり大きい。
色合いが黄色ではなく全体的に灰色というのが特徴的だけれど、やっぱりどう見ても……。
「ひよこだな」
「ひよこよね」
「ひよこですねぇ」
「兄達を彷彿とさせる良い面構えだ」
うん、やっぱりひよこという私の認識に間違いはなさそう。
……ところで、ギルスは本当に私と同じ子を見ているのかな?
目の前の子は手のひらサイズだし、ネロと空牙の姿を思い出しても、外見的に二人と重なるところを探す方が難しいと思う。
二人の瞳はそれぞれ黄色と緑色で、合わせたら黄緑色になるから、それが繋がりを感じさせるといえなくもない。
卵から孵るという意味では、ひよこが生まれるのはおかしくないけれど、これまでに与えた多くの武具や防具から生まれたことを思うと首を傾げてしまう。
見れば三人共、ぽかんとした顔をしていた。
まあ、無理もないよね……。
ひよこを囲んで流れる、微妙な沈黙。
どうしよう…………いやいや、ここはこの子を託された私がなんとかしないと!
私は少しだけ考えた後、ひとまず命を吹き込むことを思い付き【モイラの加護糸】を発動した。
するとこの子は一瞬体を震わせ、
「ピヨッ!」
テーブルの上で私達に挨拶するかのように、元気良く一声鳴いた。
そして周囲を見渡したかと思うと、私を見つけるや歩き出し……転んだ。
しかも“コテンッ”という擬音が聞こえそうな感じで。
けれどすぐに立ち上がり、ふらふらしながら歩いては、また転んだ。
何度も立ち上がり、何度も転び、それでも諦めず懸命に私へ近付こうとする。
そんな姿をルレットさんは両手を組んで祈るように見守り、カンナさんは涙と鼻水を流しながらも手助けしたいのをぐっと堪えていた。
マレウスさんは『目が疲れた』と言わんばかりに上を向いて目頭を押さえているけれど、肩を震わせているのがばればれですよ?
そうだよね、どんな姿で生まれても皆の子供に違いはないものね。
かくいう私も、さっきから笑顔を維持するのに苦労している。
この子がこんなに頑張っているのに、私が泣くわけにはいかない。
泣くのはこの子が私の元に辿り着き、いっぱい褒めてあげてからだ。
転んでは立ち上がるという行為を幾度となく繰り返し、ついにその時がやってきた。
その子は私が差し出した両手の中に体を収めると、改めて私の顔を確認し、ほっとした様子で眠りについた。
「頑張ったね、偉かったね」
起こさないよう小声で言いながら、その小さな体を守るよう両手で包み込む。
皆で温かな感動を共有し浸っていると、別の意味で感動した子が一人だけ……。
「さすが兄達の魂を継ぐ者! これからは共にマリアを守っていこうではないかっ!!」
あのねギルス? 気持ちは嬉しいけれど、今は叫ぶ場面じゃないと思うなあ。
なおも続けそうだったので注意しようと思ったら、ルレットさんがぐるぐる眼鏡を少しだけずらし、普段隠されている緋色の瞳をギルスに向けていた。
そのことに気付いたギルスが、開いた口をそっと閉じる。
以前慰労会で戦った時、上下関係がはっきりしたのかな?
親に叱られる子供というより、群れのボスに睨まれた狼というか……。
それぞれの胸に去来した想いが落ち着いた頃を見計らったかのように、若干鼻声になりながらマレウスさんが口を開いた。
「それでマリア、こいつの名前はどうするんだ?」
「色々考えてはいたのですが、こんなに小さく可愛らしいとは思っていなかったので、正直困っています」
「だとしてもマリアちゃんが最初に考えてあげたら、この子も喜ぶと思うわよ」
「カンナさん……」
そうだよね、ここは私がしっかりしないと!
名前、名前かあ……見た目は完全にひよこだから、可愛い名前が合っていると思う。
そして誰が見ても納得できる、そんな名前。
瞬間、私は閃いた名前を無意識に口にしていた。
「ピヨコ」
「割とまともね、マリアちゃんにしては」
「ゆるキャラみたいで悪くはないですねぇ、マリアさんにしては」
「30点。まあ頑張った方じゃねえか、マリアにしては」
秒も経たずに感想が返された……。
ただ、いちいち『私にしては』って付けなくてもいいんですよ?
「さすがマリア。至高の名前だな」
ありがとう、ギルスだけだよフォローしてくれるのは。
ギルスの言葉を疑ってはいないけれど、三人の含みのある言い方との乖離が激しくて、正直居た堪れない。
「マリアちゃんが考え終えたことだし、ここらからはワタシ達の出番ね」
カンナさん、見切りをつけるのが早過ぎませんか?
というか、私が最初に考えてあげた方がこの子もって……あっ、考えるだけでそれで決めるとは言っていない…………。
気を遣ってくれたんだなってことは、分かるんですよ?
でもこれでは、ただ晒し者にされただけのような気が……。
私がずーんと気落ちしている間に、三人の名付け会議が進んでいく。
「こいつの受け付けた武具や防具を考えると、その想いを汲んでやりてえところだな」
「ずっとこの子に拒絶されたマレウスちゃんが言うと、説得力があるわね」
「ぐっ」
呻くマレウスさんを、珍しくルレットさんが擁護した。
「カンナも煽ってはいけませんよぉ。いくらふられ慣れているマレウスでもぉ、傷つくことはあるんですからぁ」
全く擁護になっていなかった。
むしろ傷口に塩と刺激物を塗り込んでいますよ、それ。
いつもならここで頽れてもおかしくないマレウスさんだけれど、今日は一味違っていた。
テーブルにもたれかかるようにして、なんとか体を支えている。
「……こいつの意志はマリアを守ること。だからそういった言葉に因んだ名前にするのはどうだ」
「発想は良いわね。ならこの子が目指すのは守護者といったところかしら」
「ガーディアンっていう言葉がありますがぁ、この子の姿にはちょっと合わないですねぇ」
「守るという象徴になる物から付けるのは? たとえば、イージスの盾とかな」
「そのまま使うには、元の名前が有名過ぎるわね」
すると外部サイトにアクセスしているのか、ルレットさんが宙空に視線を向けながら溢した。
「スヴェルの盾。北欧神話に登場する盾でぇ、神様を前にしても立ち塞がるそうですよぉ」
「あら素敵。そんな気概を持った殿方に守られてみたいわねえ」
カンナさんがちらっとお城のある方へと目を向ける。
王様のことを思い浮かべているのだろうけれど、カンナさんなら逆に王様を守ろうとするんじゃないかな?
それこそ『王様が傷付くくらいならワタシがっ!』と叫びながら、色々なものをかなぐり捨てて、全力で……。
「スヴェルか。名前としての響きを考えると、一文字削ってヴェルでどうだ?」
「ヴェル……呼び易いし、いいわね」
「私も賛成ですよぉ」
名付けを終え達成感に包まれる、三人。
……拗ねてないよ?
皆の子供だし、良い名前であることは間違いないしね。
「マリアの名前も素晴らしかったぞ」
「ギルス……」
ありがとう、最後まで私の味方をしてくれて。
でもね、私は知っているんだよ?
こっそり『ヴェル、ヴェルか』とどこか嬉しそうに呟いていたことを。
その時の表情が、私の考えたピヨコを口にしていた時より、嬉しそうだったことを。
私に決定権のない状態で、新しい家族の名前はヴェルとなった。
約束された負けられない戦いは、こうしてまたも私一人置いてけぼりにされ幕を閉じるのだった……。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
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繰り返しの言葉になりますが、本当にありがとうございます。
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誤字脱字のご指摘はいつでも歓迎ですので、気になる点がありましたら、よろしくお願い致します。
またA・ターミネッガーさんから、温かくもユーモア溢れるレビューを頂きました。相変わらずのネッガーさんらしいセンス、さすがです。とても嬉しいです。ありがとうございました!
大雪だったり感染が広がりっぱなしと、年の瀬にも拘わらず落ち着きませんが、お休み前にふっと力を抜く一時となったなら幸いです。引き続きのんびりと、お付き合い下さいませ。