116_真里姉と悩める鍛冶職人
花火大会の裏事情の衝撃から数日後。
その日は珍しく真人が学校へ行く用事があり、午後のリハビリが中止され早くから自由時間となった。
いつもならリハビリ後に電子書籍を読んだり映画を見たりするのだけれど、逆に今は体を動かしている実感が欲しくなり、悩んだ私は MWOへログインすることにした。
ホームの二階にある自室で目覚めると、時刻は深夜だった。
一人きりの夜という状況にどこか既視感があるなあと思ったら、エデンの街で深夜にログインした時と似ていたんだね。
「確かあの後は“試しの森”に向かい、初めてブラックウルフと遭遇し苦戦したんだっけ」
昔という程過去のことではないのに、なんだか懐かしい。
あの頃と違い、レベルも上がり装備も変わっている。
今ならブラックウルフどころか、“試しの森”に出るネームドモンスターでも楽に倒せると思う。
何より、以前とは違うことが明確に一つあるしね。
そう思いながら、私はギルスを喚んだ。
すっと側に現れたギルスは、相変わらず黒のベストとパンツがその長身によく似合っている。
閉じていた瞼が開くと、そこには黄色と緑の綺麗なオッドアイが見えた。
そう、以前と違い今の私は一人じゃないのだから。
私が何も言わずにギルスの手を握ると、ギルスは少しだけ驚いた表情を浮かべながらも無言で握り返してくれた。
ギルスの手はひんやりとしていたけれど、体温とは違う確かな温もりが伝わってくる。
ギルスと一緒に階段を下りると、金属同士を打ち鳴らすような高い音が聞こえてきた。
一定の間隔で聞こえてくるその音は、離れの方から発せられているようだった。
気になって離れに向かってみると、窓から明かりが漏れている。
ギルスに頼み、離れの重たい扉を音を立てないよう少しだけ開けてもらうと、そこには険しい表情で槌を振るうマレウスさんがいた。
普段ルレットさんやカンナさんに弄られているけれど、職人としてのマレウスさんの言動はいつも自信に満ち溢れている。
ただそんな人でも、実は裏でとても努力しているということは珍しくないし、だからこそ自信に重みが生まれるのだと私は思う。
けれど必死に槌を振るうマレウスさんの今の姿は、一生懸命というより何かに追い詰められているかのようだった。
「ダメだ、これじゃ前と変わらねえっ!」
立派な斧を作り終えたと思ったら、マレウスさんが突然それを壁に投げつける。
びっくりして思わず声をあげそうになったけれど、ギルスが手で口を塞いでくれた。
鼓動が落ち着くのを待ってから、目で『もう大丈夫』とギルスに伝えると、頷きと共に手が離される。
「なんで、なんでいつも俺だけダメなんだよ……」
繰り返される言葉は、まるで嗚咽のようだった。
ダメって、黒い卵のことかな??
実はマレウスさんの作った大剣が卵に拒絶されて以来、その後何度やってもマレウスさんの作った武具だけが、卵に受け入れられなかった。
いつもと違う様子に、心配になって私が中に入ろうとしたらギルスに止められた。
「今は放っておけ」
突き放したような言い方だけれど、そう言ったギルスの表情は、普段私に向けてくれる真剣なものだった。
何か感じるものがあるのかなと思っていると、マレウスさんの独り言に『こっちでも、あっちでも』という気になる言葉が交ざり始めた。
あっちというのは、現実のことかな?
「作る物の質もコンセプトも負けてねえのに、なんで俺だけ認められない……俺か? 俺だからなのか??」
自嘲気味に話す様子に、どこかで聞いたような話だなあと思っていると、マレウスさんは部屋の片隅に行き、そこに置かれていた木彫りの置物に手をやった。
一瞬あのミニチュア御神体かと思い戦慄した私だけれど、そこにあったのは……。
「ネロと、空牙?」
幸い、私の呟きはマレウスさんには聞こえていないようだった。
でも今はそんなことより、またネロと空牙の姿を見られたことが凄く、凄く嬉しい。
たとえ本物ではなくとも、失われた家族の姿を再び目にし、私の視界は涙で歪んだ。
いつのまに作っていたんだろう……できればもっと近くで見たい。
そう思い身を乗り出そうとしたら、またギルスに止められてしまった。
「なあ、俺がもっと上手く作っていたら、お前達は……空牙は、今も無事だったのか?」
空牙の置物に、マレウスさんが溢すように語りかける。
「だからより強い武具を作り、今度こそお前達の弟が誰にも負けないようにと思ったのに……くそっ、なのになんでだ、なんでなんだよっ!」
最後の言葉は、声の大きさに比べ弱々しく聞こえた。
それがより悲痛な感じがして、話しかけたいと思ったけれど、かける言葉が見つからない。
私が歯痒く思っていると、呆れたようにギルスが言った。
「何を悩んでいるかと思えば、仮にもオレの生みの親の一人でありながら、そんなことも分からんとは」
「えっ、ギルスは分かるの?」
「オレは兄達から託されたからな。だが、それでも他の二人を見ていれば気付きそうなものだが」
ごめんなさい、私も気付きませんでした……。
ギルスは【魂の継承】によって糸を操ると、小山のように積まれた試作品らしき物の中から金属製の鎧に糸を巻き付かせ、勢いよく引っ張り出した。
鎧が引き抜かれたことで、試作品の数々が音を立てて雪崩落ちる。
大きな音がしてマレウスさんがそちらを振り向くけれど、扉が少し開いていることに気付くことはなかった。
ほっとした……と言いたいところだけど、何をしているのギルス!?
ギルスを叱ろうとしたら、向こうを見ろと示された。
示された所にはマレウスさんの作った斧があり、その上に落下したらしい鎧は、胸の辺りを大きく切り裂かれていた。
金属の鎧を容易く切ってしまうなんて、本人はダメだと言っているけれど、全くそんなことはないと思う。
ただ何故だろう、無惨な姿となった鎧を見ていると、胸が締め付けられるような気がするのは。
「ただ崩れたにしては、でかい音がしたな」
訝しみながら、マレウスさんが崩れた試作品の山に向けていた視線を戻すと、そこに斧と鎧が映り込んだ。
「でかい音の原因はこれか? 転がった鎧が斧とぶつかって……しかし俺の作った武具はやっぱり良い出来じゃねえか。防御力の高い金属製の鎧をこうもあっさり……」
言いかけた言葉を止めた瞬間、
「「あっ」」
マレウスさんの声と、私の声が重なった。
私の声は小さくて気付かなかったようだけれど、多分同じことに気付いたのだと思う。
だって、私がマレウスさん達に伝えたからね。
体の前面を傷だらけにしながら、それでも私を守り通してくれた、空牙の最期の姿を……。
そしてその姿は、斧に落下した鎧と重なるところがあった。
ひょっとして、ギルスは狙ってこれを?
そう思いギルスの表情を窺うと、仕方無い親だなといった目でマレウスさんを見ていた。
重ねてごめんなさい……。
「空牙は身を挺してマリアを守った。そこから考えられる強さとはなんだ? 相手を倒せるという意味での強さか?? 馬鹿か俺は、そうじゃねえだろうがっ!!」
言うなり、“ゴッ”とマレウスさんが勢いよく自分の頬を殴りつけた。
多分気合を入れ直したのだろうけれど、膝がガクガクして上手く立てない程、力を籠めなくても良かったのでは?
鼻血も凄い勢いで出ているし……あれ、大丈夫なのかなあ。
けれど私の懸念をよそに、マレウスさんはさっきまでと違い、自信と確信をもった表情で鍛治を再開していた。
あの様子なら、もう平気かな……鼻血は大丈夫か分からないけれど。
私とギルスは、扉を開けたのと同様に音を立てずに扉を閉め、その場を後にした。
ゲーム内で半日が経過し、ルレットさんとカンナさんと私が談笑していると、マレウスさんが一本の短剣のような物を持って現れた。
短剣と断言できなかったのは、片刃の剣の背の部分が櫛のようにギザギザになっていたからだ。
「ソードブレイカーなんて、また珍しい物を作ったわねマレウスちゃん」
「ソードブレイカー? 随分と不思議な形をしているんですね」
「そのギザギザの部分で相手の武具を受けてぇ、梃子の原理でへし折ったり奪ったりするんですよぉ」
背の部分で特殊な攻撃でもするのかと思ったら、防御に使うんだ。
でもそっか、これがマレウスさんの出した答えなんだね。
私が黒い卵を取り出すと、少し緊張した様子のマレウスさんがゆっくりと近付き、そして一呼吸置いた後、手にしたソードブレイカーを与えた。
黒い卵はいつも通り一瞬で呑み込み、けれどこれまでとは異なり、マレウスさんが作ったソードブレイカーを吐き出すことはなかった。
「っしゃああっ!!」
雄叫びをあげて喜びを露にするマレウスさんを、ルレットさんとカンナさんが微笑ましそうな目で見ていた。
直接アドバイスすることはなかったけれど、生産を主とする仲間として心配していたんだろうね。
そう私がほっこりしていたら、ルレットさんが冷静なツッコミを入れてきた。
「もっともぉ、変に武具を作って与えることに拘わらずぅ、鎧や盾を作ればよかったのですけどねぇ」
あっ、それを言ってしまいますか。
マレウスさんと声が重なった時に思ったことで、でも分かっているのだろうと思っていたら。
「…………」
マレウスさんは愕然として言葉が出ないようだった。
本当に気付いていなかったんだ……マレウスさんの反応を見て、二人が噴き出す。
恥ずかしさのあまり逃げるように離れへと駆け込んだマレウスさんは、その後何度呼んでも出てくることはなかった。
困った三人だけれど、まあいつもの光景が戻ったと喜ぶべきかな?
さらに数日が経ち、三人が作った武具や防具を与えられた黒い卵は、日に日に内部の光を強くし、そしてとうとう、その殻に罅が入った。
皆で固唾を呑んで見守る中、罅が大きくなり殻が割れる。
そして中から現れたのは……えっ、ひよこ?
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
今回新たに8件の感想を、10人の方から有り難い評価を、そしてお気に入りに登録頂けました。
本当にありがとうございます。皆様のおかげで、四章の本編に戻ってこれました。
今回、誤字の指摘を1件頂きました。ありがたく反映させて頂いております。
誤字脱字のご指摘はいつでも歓迎ですので、気になる点がありましたら、よろしくお願い致します。
一気に寒くなり体調を崩しやすい時期になってまいりましたが、心身共に、どうかご自愛ください。
引き続きのんびりと、お付き合い下さいませ。