114_真里姉と夏の夜の舞台裏
本話は砂羽視点の物語となっています。予めご承知おきください。
真里様とそのご家族を屋上に案内したあと、俺は仕事場である研究開発フロアに戻ろうとして、暗がりの中から伸びてきた無数の腕に捕まり抵抗する間も無く拉致された。
犯罪にでも巻き込まれたのかと最初は慌てたが、犯人は堂々と顔を晒しており、しかも全員が仕事仲間だった。
それで気を抜いてしまったのが、思えば俺の一番の失敗だったかもしれない。
連れていかれた先は、カドゥケウス本社ビルにおいて重要度の高い、中央管理室。
中央管理室とは、ビルの社内インフラや物理的なセキュリティを管理している部屋で、この部屋に入れる社員は僅かだと、以前結城さんから聞いた覚えがある。
そんな部屋に犯人だけではなく、許可を得ていない俺がなぜ入れるのか疑問に思ったが、すぐにそれどころではないことに気が付いた。
部屋の中が、人で埋め尽くされていたのだ。
社員のようだが、その数はざっと見ただけでも数十人、ひょっとしたら百人に及んでいるかもしれない。
結城さんが僅かといった人数を超えているのは明白で、俺を含め会社にばれたらまずいんじゃないだろうか……。
元々室内にあった机や椅子は端にどけられ、ここが中央管理室だと示す物は、ビル内の各種センサーのデータを表示する3Dディスプレイくらいだ。
そのディスプレイの中央正面に、大人一人分の空間がぽっかりと空いている。
嫌な予感がしていると案の定、俺はそこに座らせられた……正座で。
これでは本当に罪人のようだと、心の中で自嘲気味に笑っていたのだが、周囲の人が俺を見る眼には険があった。
思い当たるのは過去真里様に暴言を吐いたことだが、それは今日の謝罪により社内でも許されたはずだ。
俺が困惑していると、
「…………ギルティ」
誰かがぼそっと呟いた。
「「……ギルティ」」
「「「ギルティっ!!!」」」
次々と沸き起こる『ギルティ』コールに、困惑を通り越し恐怖すら覚える。
なんとか脱出する手立てはないものかと辺りに目を向けると、同じ研究をしている体格の良い先輩が進み出て、周りを静めてくれた。
多くの先輩の中でも、見た目通りの体育会系で特に教え方が厳しい人だったが、いざって時は頼りに……。
「待て皆。罪は自覚させてから裁くことに意味がある。そうは思わないか?」
頼りにならなかった……というか罪ってなんだ。
「何のことか分からないって顔だな、砂羽。それこそがお前の罪だ」
「どっ、どういうことですか? 真里様に心から謝罪し、受けて貰えれば許してやるって先輩達が……」
俺の言葉を遮り、先輩がチッチッチと舌打ちしながら人差し指を左右に振る。
物凄くイラッとするがここは我慢だぞ、俺。
もう真里様と出会う前の俺とは、違うのだから。
「お前が真里さんにしたことは、確かに許した。だがお前は真里さんと直接お会いしておきながら、それ自体に何も思っていないだろう。知っているか? 真里さんをご案内したのが結城さんなのは、社内で案内役を巡り争いになりかけたのを見かねて、社長が指名した結果だということを」
「えっ?」
本気で何を言っているんだこの人……いや、この人達か。
「真里さんにお会いすることは、俺達にとってそれだけ名誉なことなのだ。にも拘わらずお前はその誉れを理解せず、許されたことにただ安堵している始末。そのような所業、断じて許せるものではないっ!!」
目の前に机があったら、握った拳を叩きつけそうな雰囲気で、先輩が語る。
言っていることはもっともな気もするが、おかしいような気も……あれ、どっちが正しいんだ?
「お会いする栄誉の一端を、お前にも分かり易く教えてやる。真里さんをメインに据えたプロモーション映像だが、有名動画サイトにおける再生回数が今年のトップスリーに入ることが確実視されている。国内じゃないぞ、世界全体でだ。それが会社の宣伝にもなり、株価は映像を公開する前の倍になった」
「倍ですか……えっ、倍!?」
「社員の一部には、それで持ち株の一部を売り家のローンを返済したり、養育費にゆとりができた者もいる。もっとも、本音は売りたくはなかったようだがな……これだけでも、真里さんがもたらした恩恵が相当なものだと理解できるだろう。加えて、タイアップの申し出も山程きている。そして第二陣向けの販売本数に対する応募倍率は、会社の予想を遥かに超えているのが現状だ」
「…………」
株価が倍になったという辺りから、話の規模が大き過ぎて俺には絶句するしかなかった。
「だがそれは、真里さんの本質的な価値を考えれば些細なことだ。その価値とは……」
「おい、社から出てこられるぞ!」
「何っ!?」
ざわめきと共に周囲の視線がディスプレイに集まる。
俺に向けられていた刺すような視線から解放され、助かったと思ったのも束の間。
「「「おおっ」」」
溜め息にも似た、感嘆の声が一斉にあがった。
見ればディスプレイの最前面に、いつの間にか屋上の様子が映し出されていた。
そして画面中央、社から浴衣姿の真里様が現れた。
浴衣に描かれているのは菖蒲一輪で、派手さはない。
俺にはそれが白装束のように思え、幼い容姿もあり犯し難い雰囲気のようなものを感じた。
俺でもそう思えるのだから、先輩達の反応はどうかと窺ってみると……。
「尊い……」
「神は、いた……」
「教祖様……」
「マリおねーたん……」
涙していた、しかも瞬きもせず。
感動しているのは分かるのだが、後半になるに従い言葉の内容に不安を覚えるのは俺だけだろうか?
特段誰も気にしている様子はないが……いや、本当にそれでいいのかこの会社!?
一つ息を吐き出し、俺は気持ちを落ち着けると、気になっていたことを口にした。
「ところでこうやって見ていることは、いわゆる覗きなんじゃないですか?」
「覗きではない」
ノータイムで先輩が答えた。
「覗きではない。我々は安全上の観点から新たに屋上へ監視カメラを設置し、その映像を確認しているだけで、今はたまたま屋上が映っているに過ぎないのだ。ゆえに覗きではない」
三回も『覗きではない』と繰り返すあたり非常に怪しいと思うのだが、周りが激しく同意しているのを見て、俺はそれ以上ツッコむのをやめた。
「それにしても、秋月家の触れ合いはなんて心温まる……これが家族。家族とは、こんなにも良いものだったのか…………」
誰が言ったかは分からないが、その言葉には深い実感がこもっていた。
確かに、俺もそう思う。
情報とインターネット上のコミュニティーが溢れる今、家族との繋がりが希薄になって久しい。
目の前の光景は、もはやドラマや映画ですらなかなか目にしないものだ。
「真里さんのお姿とこの光景が見られただけでも、休日出社して頑張ったかいがあったよな……俺、今度連休取れたら久しぶりに親に会ってくるわ」
「「「俺(私)も!!!」」」
盛り上がる先輩達。
そこへ、不意に鋭い声がかけられた。
「何をしているのかしら、あなた達」
その声に、全員の動きが固まる。
恐る恐る声が発せられた方を向くと、そこには冷ややかな眼をした結城さんの姿があった。
「対応が終わっても退社していない社員が多いと聞かされ来てみれば……さて、私が納得できるだけの説明をしてくれるのは誰かしら?」
結城さんがそう言うと、俺の罪を語った体格の良い先輩が一歩、皆の前に進み出て、
「すいませんでしたっ!」
土下座した。
ちなみにその瞬間、阿吽の呼吸で周囲が詰めて土下座できるだけのスペースを作ったのは、もはや芸にしか見えなかった。
しかし俺には『覗きではない』と説明を繰り返していたのに、相手が変わるとこうも変わるのか……。
呆気にとられている俺を尻目に、その場にいた人達も頭を下げる。
あっ、やっぱり悪いことをしている意識はあったんだ……。
「まったく……真里さんのおかげで、プロジェクトは飛躍的に進んでいます。それを自分達の手で損なうような真似をしてどうするのですか」
しゅんとする先輩達に同情の余地も見せず解散を命じた結城さんだったが、去っていくその背中に、こう付け加えた。
「あなた達は有給休暇の消化がよくありません。よって本日の代休をとるなら、纏めてとるように。そうですね、ちょうど遠方に出かけてゆっくりできるくらいの期間を。スケジュールの調整は私がしておきますが、有意義な休暇にしないと、許しませんからね」
さっきまでの流れからすると、家族や大事な人に会いに行けってことか?
結城さん、本当はいつから聞いていたんだか……。
皆が感動し結城さんを称賛する傍、俺は見た。
結城さんがさりげなく、監視カメラの映像を回収しているところを。
この人、本当はそれが目的でここに来たんじゃ……そう思ったが、こちらを見ている結城さんの視線に気付き、俺は何も見なかったことにした。
そう、俺は何も見ていない……見ていないが、心に刻んでおこうと思う。
結城さんだけは、絶対に敵に回してはいけない、と……。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
今回新たに9件の感想を、5人の方から有り難い評価を、そしてお気に入りに登録頂けました。
本当にありがとうございます。皆様のおかげで、引き続き四章を描くことができます。
今回、誤字の指摘を1件頂きました。とてもありがたく、反映させて頂きました。
誤字脱字のご指摘はいつでも歓迎ですので、気になる点がありましたら、よろしくお願い致します。
前話において、感想と同時にpaiさんからより良くするためのご指摘を頂きました。参考にさせて頂き、修正しています。ありがとうございました!!
秋といいますか、場所によっては冬の気配すら感じるようになってきましたが、引き続きのんびりと、お付き合い下さいませ。