112_真里姉と夏の夜空(後編)
エレベーターが到着したのは、ビルの屋上だった。
屋上はテニスコートが幾つも入りそうな程広く、ヘリポートの役割も兼ねているのだと思う。
けれど今はその一角に、あまりにも場違いな空間が造られていた。
それは玉砂利を敷き詰めた日本庭園。
玉砂利は厚く積まれた所と薄く積まれた所があり、それが交互に繰り返されることで綺麗な波紋を描いていた。
その中には大きな石も点在しており、大きな石を山に、玉砂利を水に見立てているんだと思う。
もっとも、今の感想は昔教科書で見た枯山水の説明そのまんまなんだけれどね。
ただ日本庭園といったけれど、場所を考えると空中日本庭園といった方が正しいかもしれない。
準備のために一体幾らかかったのか……カドゥケウス社の総力を垣間見た気がして、私の顔は引き攣った。
庭園の中央、そこには赤い敷物の上に長椅子が置かれていた。
あそこが花火を見る観覧席かな?
ただその近くには、場違いに場違いを重ねた物が二つ、並んでいた。
一つ目は屋台。
花火大会や縁日の定番だけれど、立派な日本庭園に合うかと言われると微妙だと思う。
しかも屋台は無人で、なのに焦げたソースの香り漂う焼きそばや、焼きとうもろこし等が並んでおり、不自然さが際立っている。
二つ目は白木造りの小さな社。
こちらは庭園の雰囲気に合っているけれど、ここにある理由が分からない。
そして何か違和感があるなあと思ったら、社は足の部分がなく、何かを祀るための空間が屋上と直に接していた。
普通こういう建物は高床式だと思うのだけれど、そもそも一体何のために……と、辺りを見ればいつの間にか結城さんと砂羽さんの姿が消え、どこに用意していたのか、庭園は青竹で作られた二メートル程の柵でぐるりと囲まれていた。
後は家族水入らずで、という配慮なんだろうけれど、正直困惑の方が大きくてちっとも落ち着かない。
そう思っていたら……。
「それじゃあ行こうか! お姉ちゃん!!」
家族だけになり急に元気になった真希が、真人を押し除け車椅子を押し始めた。
「ちょっ、真希!?」
慌てる私を無視して向かう先は、用途不明の社。
押された車椅子は何かにひっかることもなく、社の中へと入って行く。
社に足が無かったのは、ひょっとして車椅子が入ることを予め考慮していたから?
私がそう思い至ったのと、真希が後ろ手で社の扉を閉めるのは同時だった。
足音もなく、真希が私の正面に回り込む。
社の床に置かれた照明により照らされたその顔には、とても良い笑顔が浮かんでいた。
普段なら可愛らしく思うのだけれど、室内に響く真希の荒い息遣いと血走った目も相俟ってかなり怖い。
しかも近付いてくる真希の手はわきわきと動いており、お姉ちゃんこれから何をされるのか、とっても不安ですよ??
私は思わず車椅子を後退させようとしたけれど、いつの間にかタイヤはロックされていた。
「大丈夫だよお姉ちゃん! 一瞬だから……ね?」
何が一瞬なの!?
真人に助けを求めるより早く、私は真希の手にかかりあられもない姿を晒す羽目になった……。
あれからどのくらい時間が経ったのか。
真希の言う一瞬が言葉通りになることはなく、私の感覚で既に一時間は経っていると思う。
満足気な真希とは対照的に、好き勝手された私は車椅子の上でぐったり。
慌てて真人が駆け寄ってきたけれど、私を見るなり驚いたように目を見開き、言葉を失っていた。
「真人、どうしたの?」
逆に私の方が心配になって声をかけると、
「いや、なんつうか、その……」
どうにも歯切れが悪い。
けれど視線だけは私の方を向いたままだ。
私が頭の中で疑問符を浮かべていると、
「お姉ちゃんに見惚れていたんだよ! 正確には浴衣姿のお姉ちゃんに、だね!!」
「ばっ、おまっ見惚れてなんてっ!」
真希にそう言われ、真人が顔を赤くしている。
社の中で何があったかというと、端的に言えば浴衣に着替えさせられただけ。
ただ用意されていた浴衣の数が十枚を超えており、着替える度に真希が何枚も写真を撮ってくるものだから、私はすっかり疲れてしまった。
満足するまで一通り試した真希が選んだのは、一輪の菖蒲を描いた白地の浴衣だった。
菖蒲は私から見て右足の方から真っ直ぐ茎を伸ばし、胸の辺りで大きな藍色の花を咲かせ、その茎を二枚の細長い葉が根元から支える、そんな風に描かれていた。
菖蒲以外に何も描いていないからこそ、菖蒲の花と葉の存在が際立ち凛とした感じがする。
浴衣の帯は菖蒲の邪魔にならないよう細い物が選ばれ、晴れた夕暮れ時の雲に見える、淡く薄い紫色をしていた。
こんな素敵な浴衣を、私なんかが着て本当にいいのかな?
何しろ私の体はその、小さいというか薄いというか……うっ、自分で言っておきながらダメージが…………。
「不釣り合いだよね、この浴衣を着るのが私なんかじゃ」
「んなことねえっ!!」
びっくりするくらいの大声だった。
そして大声を出したことに真人自身も驚いたのか、ばっと片手で口を覆っている。
そんな真人の様子を見て、真希は楽しそうに笑いながら屋台へ向かった。
「わたしが皆の分を取ってくるから、真兄はお姉ちゃんをよろしくね!」
すっかり真希に翻弄されてしまったけれど、おかげでだいぶ気持ちが解れたように思う。
だからかな? せっかくだし真人によろしくしてもらおうと思ったのは。
まだ戸惑っている様子の真人を手招きし、近付けてくれた耳元で私はそっと囁いた。
「おんぶして、真人」
真人の顔がさっきよりも赤くなり、その初々しい反応に私は真人の了解を待たず、体を預けていた。
一層慌てる真人に、くすりと笑みが溢れる。
気が付けば辺りはすっかり暗くなり、花火大会の開始まで、もうすぐとなっていた……。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
今回新たに4件の感想を、8人の方から有り難い評価を、そして新たにお気に入りに登録頂けました。
本当にありがとうございます。皆様のおかげで、これからも四章を描いていこうと思えます。
今回、新たに三件の誤字脱字のご指摘頂きました。本当にありがとうございます。なお誤字脱字のご指摘はいつでも歓迎ですので、気になる点がありましたら、よろしくお願い致します。
なお、三部構成と伝えておきながら、またやってしまい四部構成に変更です。
じ、次話でちゃんと区切りとなりますよ?
今日あたりすっかり冬の気温ですが、皆様体調を崩されたりしていませんか? 温かくして、お休み下さいね。
引き続きのんびりと、お付き合い下さいませ。




