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109_真里姉と記憶にない在りし日の光景


 慌ただしくログアウトした、翌日。


 この日は午前中のリハビリはおろか朝食もとらず、私は弟妹(ていまい)と一緒に外出することになっていた。


 といっても何か特別な用事ではなく、定期的な検査を受けに病院へ行くという、ただそれだけのことなんだけれどね。


 車は真人(まさと)が運転してくれるので、私は真希(まき)と一緒に後部座席へ。


 後部座席は広く作られており、備え付けのディスプレーにはニュースが流れ、各地で花火大会が開催されていることを伝えていた。


 真希に運んでもらった私は、シートベルトを締めるようお願いしたのだけれど……。


「ねえ真希。どうして私は真希に()(かか)えられているのかな?」

 

「せっかくお姉ちゃんと一緒にいられるんだよ? むしろこうしない理由がないよね!!」


 そんな理由はないと思うんだけれど、こうも力強く断言されると……あれ、私がおかしいの?


「そっ、そうなんだ……でも、お姉ちゃんこの体勢じゃなくても良いと思うなぁ」


 私は今、真希から見て体が水平になるような感じで抱っこされている。


 そう、いわゆるお姫様抱っこというやつ。


「こうして座った状態なら、わたしの力でもお姉ちゃん(お姉ちゃん成分)抱え続けられる(吸収出来る)から、安全安心(役得)だよ!!」


 不穏な心の声が混ざっていたような気がするけれど、私の聞き間違いだと思いたい。


 それにしても、真人だけでなく真希にもお姫様抱っこされるようになるなんて。


 ふふふ、【遠い目】のスキルは現実でも成長してしまうんだね。


 ……そろそろ成長しなくなっても良いんだよ?

 


 病院に着いた私は、真希に手伝ってもらい検査着に着替え、すぐに検査を受けることが出来た。

 

 昔は医師に診てもらうまで待たされることが多かったけれど、ここ数年で医療も様変わりし、今では病院に来る人の方が珍しくなっている。


 その要因の一つとして、診察で必要となる情報を取得する装置が普及し、医師の遠隔診療が一般的となったことが挙げられる。


 診察して出された薬はドローンが届けてくれるし、針のない圧力注射器等により、軽い症状であれば自宅で治療を受けることが可能となっていた。


 それにより、病院に来る人はそういった装置では検査しきれない病気を持った人や、重篤(じゅうとく)な人に限られる。


 私は一応、前者に当て()まるのかな?


 満足に動けないことを除けば、今すぐどうこうっていう状態ではないからね。


 検査はいつも通りの内容で一時間もかからず終わったけれど、私達は分析結果を待つ間、病院にある中庭を訪れていた。


 病院はアルファベットのHを描くような建物で、左側が病棟(びょうとう)、右側が診療棟(しんりょうとう)になっている。


 その二つを繋ぐために作られた通路は広く、入り口と受付、そして待合所を兼ねていた。


 中庭は入り口から見て奥にあり、三方を建物に囲まれながらも、光が上手く通り抜けるよう設計されているのか、不思議と暗さを感じない空間になっている。


 そんな場所で円を描くように整然と植えられているのは背丈の低いツツジで、円の内側の地面は綺麗に舗装(ほそう)されていた。

 

 いかにも人工的な庭という感じがするけれど、それとは真逆の存在感を放つ桜の木が一本、円の中心に立っていた。


 樹齢(じゅれい)はどのくらいだろう……(みき)は数人の大人が手を繋いでようやく囲めるくらい太く、無数の枝は中庭を(おお)うかのように悠然(ゆうぜん)と広がっている。


 枝の先には、夏の日差しを受け力強く育った濃い緑色の葉が茂っていた。


 幾重(いくえ)にも重なる葉は太陽の光を受け止め、心地よい影を落としている。


 その影の下、一人のお婆さんがベンチに座っていた。


 白くなった長い髪を首の後ろで束ね、少し背を丸め穏やかな眼差しで桜の木を眺めている。


 真人に車椅子を押してもらい私達が近付くと、思いがけず声をかけられた。


「こんにちは。こうしてお話しするのは久しぶりねぇ」


 その口調は親しげで、明らかにこちらを知っている様子だった。


 えっと、どこかでお会いしたかな?


 頑張って記憶を辿ってみたけれど、お婆さんの容姿に心当たりはなかった。


 私と同じ検査着を着ているから、この病院でお世話になっている人ではありそう。


 どう返事をしようか困っていると、真人が代わりに応えてくれた。


「こんにちは。お久しぶりです、穂村(ほむら)さん」


「しばらく見ない間に大きくなったわねぇ、真人君。それに真希ちゃんも」


 真人が返事をする傍ら、真希は真人の後ろからちょこんと頭だけ出し、軽く会釈(えしゃく)をした。


 画面越しだと怖いもの知らずといった真希だけれど、直接会うとこうなってしまう。


 そんな真希の姿を微笑ましく見ていたら、いつの間にか穂村さんが私の方に目を向けていた。


「あなたが真里(まり)さんね。看護師さんから噂には聞いていたけれど……目覚められて、本当に良かったわ」


 柔和(にゅうわ)な表情にありありと浮かぶ、親愛の情。


 言葉もそれが心からのものだと分かるからこそ、穂村さんのことが分からず素直に受け取れない自分がもどかしい。


 そんな私を察してくれたのか、穂村さんが私の知りたかったことを教えてくれた。


「真里さんは入院時、大部屋で過ごしていたのだけれど、私はその大部屋に同室していたの。だから真里さんは私を知らないでしょうけれど、私はあなたのことを良く知っているわ。真人君と真希ちゃんが、たくさん教えてくれたのよ」


「たくさん、ですか……」


 なんだろう、とても嫌な予感がする。


 さっと後ろを振り返ると、まるで予知していたかのように真人は目を()らし、真希は頭を引っ込めた。


 ……これは後で()()()()する必要がありそうだね。


 私がそう心に誓っていると、穂村さんは口元に手を当て小さく笑っていた。


「二人を怒らないでくださいね。当時同室していた私達にとって、いつ目覚めるかも分からない真里さんを毎日見舞い、その日の出来事を話し掛ける姿に、私達はとても励まされていたのですから……」


 穂村さんの話によると、私の他に同室していた方は穂村さんを含めて三人。


 三人とも長い入院生活を余儀(よぎ)なくされており、家族が見舞いに来ることはほとんど無く、たまに会えても画面越しに数分話す程度だったらしい。


 家族から忘れられていくような、孤独感。


 そんな中、真人と真希の姿がどう映ったか……想像しか出来ないけれど、それはとても温かい光景だったんじゃないかな。


「二人を、正確には真里さんを含めた三人を通じて、同室していた私達にも会話が生まれ、お茶やおやつを用意したり……あの頃は毎日が本当に楽しかったのよ」


 面と向かって言われ、真人と真希が照れたように頬を掻いていた。


 私はそんな二人のことが誇らしく、家族に恵まれたことが嬉しくて、二人に私の前に来てもらうようお願いすると、私はその手に自分の手を重ねた。


「ありがとう真人、ありがとう真希」


 言葉は自然と、口から出ていた。


 顔を赤くする二人を、穂村さんが優しく見つめている。


「これはあの約束が、叶うかもしれないわねぇ」


「約束ですか?」


 私が尋ねると、穂村さんが頷いた。


「私達三人で話していたの。真里さんが目覚めたら、ここで一緒に桜の花を見ようって。といっても、今ここにいるのはもう、私だけになってしまったけれど」


 穂村さんはそう言って寂しげに笑った後、迎えに来た看護師さんと一緒に病室へ戻って行った。


 その去って行く後ろ姿を見て私の胸に生まれた、想い。


 想いはすぐに願いとなり、私が二人に伝えようとした、その時。


「散歩コースがマンションの敷地ばかりじゃ飽きるし、これからは少し遠出するか。ちょうど静かで立派な桜の木を眺められる、良い場所を見つけたしな」


「わたしはお姉ちゃんのお見舞いをしていた時の話がしたいな! それにはお姉ちゃんの居た部屋を見ながらの方が、臨場感(りんじょうかん)があって良いよね!! Webカメラならよりリアルだし!!!」


 私の願いを察してくれているのは明白なのに、それが誰のためかは口にしないところが、もうね。


「まったく、二人とも立派になり過ぎだよ」


 顔を(うつむ)け潤む眼を隠す私の手を、二人はしっかりと握り続けてくれていた……。



 しばらくして検査の結果が出る時間となり、元来た道を戻るのではなく桜の木を眺めながらゆっくり向かおうとしていたら、前から男の子を連れた大人の男性が歩いてくるのが見えた。


 男の子は今ではあまり見なくなった風船を手にしており、揺れる風船と男性を嬉しそうに見上げている。


 たぶん、親子なんだろうね。


 男性が男の子に向ける眼差しも柔らかい。


 とその時、男の子が転び風船を手放してしまい、昇っていく風船の紐が桜の枝に絡んでしまった。


 男の子はその場で飛び跳ねてみるけれど、届く位置にはなくて。


 すると男性は男の子を肩車して、風船を取れる高さまで持ち上げた。


 喜ぶ、男の子。


 それは風船が取れたことなのか、男性に肩車してもらえたことなのか。


 何でもない光景なのに、どうしてだろう、やけに心が(ざわ)めき胸の奥が気持ち悪い。


 ただなぜそう感じるのか、考えようとすると頭が鈍く痛み、世界から色が失われ、何かが聴こえてきた。


 物を叩く音、食器が割れる音に混じり、ノイズのように途切れ途切れに聴こえてくる()()の声。


 この声は……。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


 はっとして顔を上げると、真希が心配そうに私を見つめていた。


 私は何でもないと無理やり笑顔を作ると、真人を(うなが)しこの場を後にした。


 まるでその場から、逃げるかのように……。


 いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。

 今回新たに9件の感想を、30人の方から有り難い評価を、そして25人の方からお気に入りに登録頂けました。

 本当にありがとうございます。皆様のおかげで、これからも一話一話、四章を書き続けることが出来ます。


 今回、お一人の方からなんと64件もの誤字脱字のご指摘を頂きました! 数が多く反映に時間がかかっておりますが、それだけの労力をかけてお読み頂き、そしてご指摘頂けたこと、本当に嬉しく思います。ありがとうございました。今後とも誤字脱字のご指摘はいつでも歓迎ですので、気になる点がありましたら、よろしくお願い致します。


 すっかり秋めいた気候になり過ごし易くなってきましたが、気温の変化で体調崩されたりしていませんか?


 今後とも、のんびりとお付き合い下さいませ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 季節が戻った…?
[気になる点] そういえば母親の話はあった気がするけど父親の話は一切なかったような...あっ...
[良い点] 人と人との繋がり。その温かみを再認識できる、素敵なお話でした。 [気になる点] こちらはマイナスな意味ではなく、文字通り気になることです。 最後のアレは……。気になりますね……! […
2020/09/27 16:30 退会済み
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