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103_真里姉と鎖の青年

今話は一部生々しい言葉が使われています。

予め、ご承知おき下さいませ。


 どこをどう歩いたのか全く覚えていないけれど、いつの間にか日本の食材を扱っているというお店の前に、私は立っていた。


 何か大事なものを失くしたような気がするけれど、『それ以上考えてはいけない』と、私の中の何かが必死に訴えている。


 うん、ここは素直に従っておいた方が良さそう。


 この手の直感に従って、心の危機を回避出来たことは少なくないし。


 あれ? でも結局、状況に流されて回避出来ないことの方が多かったような……。


 私は頭を振って、強引にそれ以上の思考を中断した。


 危ない、せっかく注意してくれたのに自ら無駄にするところだったよ。


 ともかく、当初の目的だったお店に着くことは出来た。

 

 そのお店は都街(とがい)にある他のお店と大きな違いはない一方で、現実でも見かける大きな暖簾(のれん)軒先(のきさき)に張られていた。


 暖簾は若草色(わかくさいろ)に染められており、石畳(いしだたみ)の薄い緑色と上手く調和しているけれど……。


「これ外からだと、何をやっているお店なのか全く分からないのでは?」


 大きな暖簾は日よけのためでもあると聞き(かじ)った覚えがあるけれど、そのせいか店の前を通る人はいるものの、中にまで入る人はいなかった。


 思い切って暖簾の横から店の中に入ると、薄暗い店内には(かんざし)漆器(しっき)反物(たんもの)といった物がそれぞれ装飾品にもなるよう丁寧(ていねい)に並べられ、見事に和の空間を作り出している。


 こういった純和風な物を目にする機会は現実でもすっかり減っていたので、逆に新鮮だね。


 桜色に染められた優しい色合いの反物を眺めていると、不意に店の奥から声がかけられた。


「いらっしゃいませ。何かお気に()す物がございましたでしょうか」


 現れたのは褐色(かっしょく)な肌に彫りの深い顔立ちをしたおじさんで、中東の方に見られる、確かガンドゥーラという白いローブのような服を着ていた。


「これらは遠い大和(やまと)の国で作られた物で、私共、海都(かいと)リベルタの商会が厳選し仕入れた逸品(いっぴん)ばかりでございます」


「確かに素敵ですね」


 実際、ここにある物を眺めるだけでお金が取れるのでは? と思える程、どれも品質が高そうに見えた。


 当然それに見合った金額はするのだろうけれど、私の目的は他にある。


「でも今日は食材を探しに来たんです。ショウユとか、ミソとかありますか?」


「ございますよ。他の商品に匂いが移っては困りますので、店の奥へと置いてあります。ご案内致しましょう」


 案内されたのは店の奥というより、(はな)れにある倉庫のような場所だった。


 扉を開けると、調味料や発酵食品が発する独特な匂いがぶわっと(あふ)れてくる。


 日本人である私には嗅ぎ慣れたものだけれど、おじさんには違うらしく、うっすらと眉間に(しわ)を寄せていた。


 もっとも、私に気付かれたと知るやすぐに表情を戻すあたり、さすが商売人だね。


 調味料については幾つか味見をさせてもらったけれど、どれも問題はなかった。


 なので、目についた欲しい物と合わせて(まと)め買い。


 遠い国から輸入しているせいか、支払いはかなりの額になったけれど、食堂や取引掲示板で稼いだ利益で十分(まかな)える。


「沢山のお買い上げ、ありがとうございます。よろしければ、ご指定の場所までお運び致しますよ。おい!」


 おじさんが後ろに向かって声をかけると、金属同士がぶつかり合う、冷たく硬質な音が鳴った。


 現れたのは、麻の貫頭衣(かんとうい)を着た一人の青年。


 見た目からすると、年齢は二十前後といったところかな。


 おじさんと違い、肌の色は私と変わらないけれど、大きな違いが一つ。


 それは彼の両足に()められた(かせ)と、それを繋ぐ重たげな鎖。


 鎖を形成する鉄の()は分厚く、決して好んで身に着ける物とは思えない。


「……あの、彼は?」


 なかば答えが予想出来ていながらも、私はそう問わずにはいられなかった。


魔都(まと)ゼノアから買い付けた奴隷(どれい)です」


「奴隷……」


 呆気(あっけ)なく答えられてしまい、頭の中で言葉の意味を上手く処理できず、私は言われた言葉を繰り返していた。


「力はありますので、遠慮なくお使い下さい。ここに積まれている物を、丁重(ていちょう)にお運びするんだぞ」


「……分かりました、旦那様」


 店で働かされているせいか、着ている服は簡素だけれど、髪や髭が伸び放題ということはなく、体臭がきついということもない。


 ただ、彼の瞳は生きる意思のようなものが希薄(きはく)に見えた。


 言われたことをただこなし、何の希望も映してはいない、その瞳。


 なぜだろう、その瞳を見ていると物凄く胸が痛む。


「マリア!?」


 思わず心臓のあたりを押さえると、心配そうにギルスが身を(かが)め私の顔を覗き込んできた。


 同じ高さで正面から見る形になった、ギルスの黄色と緑色のオッドアイ。


 ()()()()()()()()を見た時、私は胸が痛んだ理由を理解した。


 それは歴史の授業で学び、そういう制度の中で苦しんだ人がいたから、という知識に由来(ゆらい)するものではなくて。


 長い眠りから覚め、Mebiusという世界を知るまでの私の瞳と、彼の瞳が似ていたから。


 私は彼に、私の過去を見たんだ……。


 ギルスの肩に掴まらせてもらい気持ちを落ち着かせている間、彼はその場から動かず私の指示を待っていた。


「ありがとうギルス」


 私はギルスの肩から手を離し、深呼吸を一つした。


 大丈夫、もうあの頃の私ではないのだから。


 そう改めて自分に言い聞かせると、心に力が戻ってくる気がした。


 思考出来るようになると、買った物の多さに頭を抱えたくなった。


 一人で運べる量には限度があり、彼一人に任せたら何往復もしなければならない。


 このまま彼に荷運びをさせるのは嫌だし、かといって私がアイテムボックスに収納して持ち帰っても、別の仕事を与えられるだけだろうし……。


 うんうん唸って考えた私は、一つの提案をおじさんにした。


「沢山買わせてもらったんですけれど、実は他にも寄ってみたいお店があるんです。よければ彼に、そこで買った分も運んでもらえませんか?」


 それとなく『そのくらいおまけしてね』という意味を込めて言ってみる。


 すると意図(いと)を察してくれたのか、おじさんは快諾(かいだく)してくれた。


「どうぞどうぞ、遠慮なくお使い下さい。いいか、くれぐれも粗相(そそう)のないようにな」


 おじさんがそう言うと、彼は無言でこちらに視線を向けてきた。


「ではそこにあるミソの入った(かめ)()()()()持って、ついて来て下さい」


 言われた通りに動く彼を視界の(はし)に収めつつ、私は店を出ると人通りの少ない通りを選び、いつもよりゆっくり歩いた。


 石畳にぶつかる鎖の音を消すことは出来なかったけれど、それでも甲高い音を立てるのは防げたように思う。


 店を出て五分程歩くと、小さな広場に出た。


 広場といっても公園のように草木が植えてあるわけではなく、複数の通りが重なった結果、自然と少し開けた場所が出来上がった、そんな感じの場所だった。


 時間帯が良かったのか、広場に人影はあまりなかったけれど、それでも両足を鎖で繋がれた彼の姿は酷く目立った。


 向けられる視線は(さげす)むというより、奇異(きい)なものを見た、という感じかな。


 でも、自分一人では歩けない私には分かる。


 その視線を向けられる側にとって、どちらも等しく心を傷つけるものだと。


 私は広場の(すみ)に彼を座らせると、ギルスにあることを頼んだ。


 正直嫌がられるかな? とも思ったけれど、ギルスは快く引き受けてくれた。


「ごめんね、変なことを頼んで」


「マリアの頼みなら、何も問題はない。むしろ仮装(かそう)することさえ」


「そこまでしなくていいからね!?」


 頼られて嬉しくなるのは分かるけれど、もうちょっと自重することを覚えてくれないかな?


 私の魂が、これ以上遠くへ行かないためにも。


 私は【魔銀(まぎん)の糸】をギルスに渡すと、スキルを【モイラの加護糸(かごいと)】から【纏操(てんそう)】と【供儡(くぐつ)】へ切り替えた。


 軽く糸の扱いを確認したギルスは、私に向かって一つ頷くと、私達とは反対方向へ颯爽(さっそう)と歩いて行った。


 その頼もしい後ろ姿を眺めていると、ギルスに気付いた周囲の女性がうっとりとした視線を向けている。


 ギルスは身長も高いし、顔立ちも整っているからね。


 綺麗な銀色の髪から覗くオッドアイが、さらに魅力的に見せているような気がする。


 そして私達から十分離れたのを確認すると、おもむろに両手から【魔銀の糸】を取り出し、【操糸(そうし)】によって鳥を描き、次々と飛ばし始めた。


 突然現れた銀色の鳥達に驚きの声があがり、ギルスに注目が集まる。


 私がギルスに頼んだのは、私のジョブでもある道化師(どうけし)を演じてもらうこと。


 おかげで彼に向けられていた視線は全てギルスに向い、私は安心して彼の状態を確認することが出来た。


 状態が酷いのは枷が触れる足首で、傷ついては治るということを繰り返しているせいか、未だに体液らしきものが染み出している。


 私は取り出したポーションを差し出すと、彼はその意味を理解出来ないのか、手に取ろうともしなかった。


「飲んで下さい。傷が良くなりますから」


 彼の手を取り直接ポーションを持たせると、私は少し強い口調で言った。


 多分、今の彼にはこのくらいでないと通じない。


 私の言葉を命令と(とら)えたのかは分からないけれど、彼は言われるままにポーションを飲んだ。


 すると立ち所に足首の傷が治り、そこで初めて彼の瞳に感情らしきものが見えた。


 それは戸惑(とまど)いかもしれないけれど、大事なのは反応があること、だからね。


「私はマリア。良ければ、あなたの名前を教えてくれますか?」


 尋ねると、しばらく間があった後に彼は答えてくれた。


「…………ヨシュア」


 そう教えてくれた彼は、その後も繰り返し『ヨシュア、ヨシュア』と呟いていた。


 まるで思い出した名前を忘れないよう、自分に言い聞かせるかのように……。


 いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。

 今回は導入部から一転、またも重めなお話となりましたが、マリアらしさも出てるかなと思いそのままいきます。

 今回新たに7件の感想を、29人の方から有り難い評価を、37人の方から嬉しくもお気に入りに登録頂けました。ありがとうございます。お読み頂いている皆様、応援頂いた皆様のおかげで、心のおもむくままに四章を書こうと思えます。


 誤字脱字のご指摘はいつでも受け付けていますので、気になる点がありましたらよろしくお願い致します。


 よろしければブクマ、感想、レビューお待ちしています。また評価につきましては、

「小説家になろう 勝手にランキング。〜 今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。」の↑に出ている☆をクリックして頂き、★に変えて頂けると大変嬉しいです。


 感染者が増加したままだったりと不穏な情勢は続きますが、皆様は心や体調を崩されたりしていませんか?

 どうか、心身を大事になさって下さいね。


 今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です☆(o・ω・o)ゝ 本編が動き出した感じですねー これからが楽しみです。
[一言] まさかの、キリスト降臨?(ヨシュア
[一言] ああもうカルマ値がいっぱい溜まってるのに さらに溜まることに繋がる行動をしてる! ホント、油断も隙もないですね(笑) 冗談はさておき、 MWOの世界では予め用意されたイベントは少なくて こ…
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