102_真里姉と飛んで行く魂
ログイン直後に『お・は・な・し』を半ば強制されたせいで、小部屋を出た時の私は既にふらふらだった。
ちなみにあの場にいた四人は、今はレイティアさんから『お・は・な・し』を受けている。
これを機にもう少し大人しくなって欲しいけれど、無理かな。
これまでの行いが、それを物語っているし……。
ギルスは私から言い聞かせることで、レイティアさんの『お・は・な・し』を許されていた。
覚醒して強くなったけれど、心はまだまだ子供だしね。
私が暴走しないよう、しっかり教えていかないと。
まあ、今はそれより楽しいことを考えよう。
王都に出来たという、和の食材や調味料を扱うお店。
私、そこに行ったらアイテムボックスがいっぱいになるまで沢山お買い物するんだ……。
そう心に誓いホームの扉を開けて外に出ると、私はMebiusを始めて何度目になるかも分からない、絶句を味わった。
「なっ」
ホームの隣にある、慰労会が開かれた空き地。
現実時間では数日前、Mebiusの世界は現実の四倍の速さで時間が流れるとしても、一月は経っていないはず。
そこに、いつの間にか立派な教会が建っていた。
教会は白い石材で出来ており、壁の表面には植物を思わせる模様が彫られ、全体的に丸みを帯びるような外観となっている。
花や植物をモチーフにした、アール・ヌーヴォー風な感じといったらいいのかな?
教会というより、もはや聖堂といった方がいい気がする。
屋根の上には、エデンの街の教会でも見た天秤に似たシンボルが掲げられている。
「これだけの建物、一体どうやってこの短期間で……あっ、魔法か」
現実では作業の大部分が機械化されているとは言え、設計から建て終えるまで、多くの人手と工期が必要となるのは明らかだ。
けれど、Mebiusの世界には魔法がある。
私は魔法が使えないのですっかり忘れていたけれど、それなら現実より早く建てることも不可能ではないのかな?
そんな聖堂の前には今、多くの人が集まり列をなしていた。
年齢も性別もバラバラだけれど、その表情は一様に明るい。
「この行列は一体……」
私が呆然とその列を眺めていると、
「マリア姉様!」
並んでいた人の列がさっと割れ、その間からエステルさんが歩いて、と思ったら駆け寄ってきた!?
「お前はまたっ」
エステルさんの接近を阻もうと、ギルスが手を伸ばす。
けれどエステルさんは、手が届く直前に側面から掌を当て軌道をずらし、ギルスの体勢が崩れた一瞬の隙に身を屈め、その脇をすり抜けてしまった。
エステルさん、いつの間にそんな体術を?
疑問に思えたのは一瞬だけで、気が付けば私はエステルさんに抱き竦められていた。
「一分一秒でも早くお会いしたかった! 今日もなんて愛らしい!!」
私に会うことを喜んでくれるのは嬉しいけれど、頬擦りはさすがに……ってほら、周囲から注目されちゃっているじゃないですか!
あれ、でもなんで頬を赤らめている人がいるんだろう?
しかもそれなりに多く……うん、これは深く考えずスルーした方が良そうだね。
私の中で、私的スキル【遠い目】に加わり【スルー】も最近上がってきたような気がする。
それは前からでしょう、という指摘はそれこそスルーですよ?
と、エステルさんを阻めず唖然としていたギルスが、我に返ってエステルさんを引き剥がしてくれた。
「ああっ」
いやエステルさん、そんな恋人との仲を引き裂かれたような声を出さなくても。
「まったく、油断も隙もない女だ」
そう言うギルスは背後から私を両手で包むようにして鉄壁の守り、といった感じなんだろうけれど、恋人の取り合いみたいな場面にしか見えないのは気のせいかな?
黄色い悲鳴をあげている女性もいるし、多分気のせいではないんだろうな……ああ、また私のスルースキルが上がっていく。
いや、こんな時は【切り替え】の出番だね!
久しぶりで、ちょっと忘れていたのは内緒だよ。
「と、ところでエステルさん? この教会と、並んでいる人達はいったい」
私がそう言うと、その問いを待っていましたと言わんばかりに、胸を張ってエステルさんが話し始めた。
「この教会は聖都と国王陛下の援助により建てられました。特に国王陛下が国内の高名な職人の方を手配して下さったおかげで、こんなにも立派な教会となったのです」
「確かに立派ですけれど……」
これ、建てるのに幾らかかったんだろう。
これだけの規模になってしまうと、私では想像も出来ない。
「そしてここにいる皆さんは、聖都と王都を繋ぐ新たな御神体を一目見ようと、そして祈りを捧げようと来られているのです」
御神体ってあの天秤に似た物だと思うのだけれど、その前に付けられた色んな言葉がとても気になる。
正直、不穏な気配しかしない……。
「ぜひ、マリア姉様も御神体をご覧になって下さい。とても素晴らしいですよ」
短く副音声が混じったような気がしたのは、気のせいかな?
「いや、私はこれから行くところが……」
「皆さん、私のとても大切な方が御神体を見るべくお通りになります。もう少し間隔を広げて下さい!」
私が制止の言葉をかけるより早く、エステルさんの声は並んでいる人達に届いてしまった。
その結果、エステルさんが現れた時の三倍くらい広い道が出来てしまい、彼等の足元に隠れていた教会の奥へと続く赤い絨毯が現れた。
それは映画の祭典や偉い人が登場する時に見られる、いわゆるレッドカーペット。
ひょっとしなくても、今から私がこの上を歩くんだよね……。
「さあ、マリア姉様」
にこりと手を差し伸べてくるエステルさんと、周囲から向けられる熱の籠もった眼差し。
さすがのギルスも対応に困っているようで、おろおろしていた。
うん、気持ちはよく分かるよ。
私も今、物凄く困っているから。
結局周囲の期待に負け、私はエステルさんに連れられ教会の中へと足を踏み入れることになった……。
エステルさんに合わせ私も教会と呼ぶようにするけれど、教会の中は外観に見合った見事な造りをしており、厳かな空気が漂っていた。
そして赤い絨毯の先、一際高くなっている位置にエステルさんの言う御神体が祀られていた。
御神体は教会のシンボルのように、支柱と腕、腕の左右から伸びる銀鎖、そして銀の皿で作られている。
支柱の素材は木のようだけれど、表面は光を反射させる程に丁寧に磨かれ、優しい色合いをしていた。
構造はエデンの街で見た物と同じだけれど、余りにも大きな違いが一つ。
それは支柱が真っ直ぐな棒ではなく、ローブを纏った髪の長い少女で出来ていることだ。
天秤の腕は少女の腕であり、イメージ的には少女が両腕を広げ、指先から銀鎖を垂らしている感じ。
少女の眼は閉じられているけれど、その口元にはうっすらと笑みが浮かんでおり、周囲より高い位置に祀られていることもあって、下から見上げる者を温かく見守っているかのようだった。
私もこれが、どこかの少女だったなら素直に感動したかもしれない。
けれどね?
その少女は140cmくらいの背丈で、手足は華奢。
胸の厚みに関しては、その部分で性別を判断するのがギリギリ不可能ではないくらい、という姿だった。
既視感どころの話じゃないよね、もう。
もはや他に目を向ける余裕もなく、私は隣にいるであろうエステルさんに声をかけた。
「エステルさん、これって……」
「国王陛下と相談し、ただ教会のシンボルを祀るだけではいけないと思い、カルディアの英雄たるマリア姉様を重ねることにしたのです。その素晴らしさに、お披露目してから連日王都の皆さんが訪れているんですよ」
少しは濁してくるかと思ったけれど、あっさり私だと言ってくれましたか。
絶句を通り越し、私の魂がMebiusの世界でも遠くへと飛んで行く……。
こちらの世界で飛ばした魂は、どこへ行くのだろう。
ネロと空牙に会えたらいいんだけれど、ギルスと黒い卵に宿っているから、無理かな。
……二人共、私は今日も体は元気だよ。
だからそっちについては、心配要らないからね。
でも心の方は、もうしばらく見守っていてくれると嬉しいなあ……。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
今回も前話に続き、マリアにとってはより涙目な展開となりました。
魂、どこへ行くんでしょうね。
今回新たに5件の感想を、32人の方から有り難い評価を、37人の方から嬉しくもお気に入りに登録頂けました。ありがとうございます。お読み頂いている方、応援頂いた方のおかげで、引き続き四章を書こうと思えます。
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誤字脱字のご指摘はいつでも受け付けていますので、今後とも気になる点がありましたらよろしくお願い致します。
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大雨が降ったり感染者が増えたりと、不安定な情勢が続いておりますが、一人で抱えるのが辛い時は、感想やメッセージにでも、溢してください。そっとマリアがお返事するかもしれません。
今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。