101_真里姉と逃れられないお・は・な・し
マリアが映る映像を、弟妹に挟まれ延々と見せられるという、拷問のような時間を乗り切った翌日。
Mebiusの世界にログインした私は、ギルスを喚んでホームの二階から一階へと降りた。
食堂は開店直後の忙しさが過ぎたのか比較的静かで、今はレイティアさんが武具や防具を買いに来た冒険者の相手をしており、ライルは食器の片付けを頑張っている。
ちなみにカスレの売れ行きは好調で、売り切れるまでの時間は徐々に短くなっているらしい。
それだけなら嬉しい話なのだけれど、いつからか、売り始めから完売までの時間を測る人が現れた。
その人は日々記録をつけており、『今日は何分で完売!』と叫ぶと、その時間を聞いて一喜一憂する人が少なからずいるのは、どうなんだろう。
ここは食堂ですよ?
別に早食い競争をしているわけでもないのに、時間を測ることに何の意味が……うん、これは深く考えない方がいい類いのものだね。
私には分からない何かがあるんだ、きっと。
そのおかげではないけれど、給仕や片付けをするレイティアさん、そしてライルの動きはさらに良くなったと思う。
今もライルは、子供のお手伝いの域を超えた無駄のない動きで、テーブルに残された食器を片付けている。
たまには私も手伝おうかと思いライルの方に顔を向けると、目が合った。
「!?」
一瞬ライルの動きが止まり、さっと目を逸らされてしまった。
ん? どうしたんだろう??
何か顔が赤いような気がしたけれど、風邪にしては元気に働いているし。
カウンターの奥に行ってしまったので、追いかけるのもどうかと思い、私は気を取り直して外に出かけることにした。
最近、いわゆる日本の調味料や食材を扱うお店が出来たとレイティアさんから教えてもらっていたので、楽しみにしていたんだよね。
公式イベントのポイントで交換した白味噌も残り少なくなり、どうやって入手しようかと頭を悩ませていた私にとっては、まさに渡りに船。
早速外へ行こうと扉に手をかけようとした、その時。
扉に触れるより早く、背後から私の肩に誰かの手が乗せられた。
「マ〜リ〜ア〜さ〜ん? ちょ〜っとぉ、お・は・な・ししませんかぁ?」
錆び付いたブリキ人形のようにぎこちない動作で振り返ると、口元はにこりとしながらも眼鏡の奥では絶対に笑っていないであろうルレットさんが、そこにいた。
私の肩に乗せられた手に力は感じないのだけれど、なぜだろう、逃れられる気がしない……。
その圧力はギルスをたじろがせる程で。
そしてお話しというのは、きっと“誓約の洞窟”の最奥で本当は何があったのか、だね。
なんだかんだで、慰労会の後も詳しい話はしていなかったから。
それは私の中で、二人を失ったことを思うと感情が溢れてしまったからなのだけれど、察しつつ聞かずにいてくれたルレットさんからすれば、そろそろ、と思うのも無理はないのかもしれない。
ネロの生みの親は、ルレットさんだからね。
観念した私はルレットさんに連れられ、今となっては王様御用達になってしまった小部屋に入った。
するとそこには、着席した状態のマレウスさんとカンナさん、そしてグレアムさんの姿が。
謀られた!?
やっぱりまた今度と思い、回れ右しようとした時にはルレットさんが既に扉を閉じていた。
そして鍵をかける音が、静かに響く。
その音が、私には裁判官が鳴らす小槌の音のように聞こえた……。
私は“誓約の洞窟”の最奥で起こったことを、時系列順に話した。
女帝との会話、現れた帝国側の兵士と冒険者達、そしてメフィストフェレス。
様々な思惑が絡み合い、私達は冒険者達と戦ったこと。
戦いの中、ネロと空牙を失ったこと。
それによりギルスが覚醒し、冒険者達を倒したこと。
その中にレオン達も含まれていたことを話すと、ただでさえ穏やかではない空気を纏い始めていた四人の空気が、一気に剣呑なものに変わった。
そして二人の魂は今もギルスと、そしてメフィストフェレスがその身を削り託した黒い卵に宿っていること、その後のメフィストフェレスと女帝の言葉を、覚えている限り全て話した。
話し終えると、ルレットさんはある程度察していたせいか、表面上は落ち着いているように見えたけれど、握られた拳は過剰な力が込められ、小刻みに震えている。
最も反応したのは、意外にもマレウスさんだった。
「生産連盟の全員に通達だ! 取引掲示板を使って売る際、レギオスとゼノアへの販売は除外させろ!!」
両手をテーブルに叩きつけ、吠えるように叫ぶ。
そういえば、空牙の名付け親はマレウスさんだったね。
「彼等、ちょっとオイタが過ぎたわね。ワタシも伝を辿ってポーション関係を生産している人達に声をかけておくわ」
なんだか、あっという間に大事になってしまっているような?
「…………」
そんな中、意外にもグレアムさんが大人しい。
その横顔は話し始める前と変わらないように見える。
普段の言動から、私はグレアムさんが真っ先に暴走すると思っていたので、これは反省かな。
決めつけは良くないね、ごめんなさい。
内心謝罪の言葉を呟きつつ、コップを取るため身を乗り出した際、ちらりとグレアムさんの反対側の横顔が見えた。
そして、私は謝罪したことを後悔した。
垣間見えた反対側の横顔は、私が見ていた表情とは全くの別物で、目は見開かれ、犬歯を剥き出しにし獰猛な笑みを浮かべている。
つまり半月のように、顔の中央を境にして左右で表情が異なっている訳だけれど、これ、人がしていい表情ではないと思う。
大人しく感じたのは、怒りが振り切れてしまい、一周回って逆に静かになってしまっているだけでした。
危ないものを感じた私がそっとギルスに合図するのと、グレアムさんが駆け出してホームから出ようとするのは、ほぼ同時だった。
けれど、僅かに早くギルスがグレアムさんの確保に成功する。
「離せ! 教祖様を傷つけたその外道、今から幼聖教団の全戦力をもって追い詰め、その罪を償わせてやらねば気が済まん!!」
物騒な発言に驚いていると、
「バカか貴様、少しは頭を冷やせ!」
ギルスが落ち着くよう言葉をかけてくれた。
さすがギルス、ちゃんと私の想いを察してくれているね。
私としては、これ以上の争いはもう沢山だから。
「他国に赴くのだぞ、万全の状態で行かなくてどうする!」
……ん?
「装備一式は任せろ。生産連盟が総力をあげて、最高の装備を特急で仕上げてやる」
「回復アイテムは多めに持っておいた方がいいわね。そっちはワタシが受け持つわ」
「移動手段は私の方で手配しますよぉ、もちろん私も行きますよぉ」
おやおや、雲行きが激しく怪しいぞ?
「罪を償うだけでは生温い。マリアを傷つけた奴らには生まれてきたことを……」
前言撤回。
ギルス、私の想いを全く察していませんでした。
最終的に、騒ぎを心配して来てくれたレイティアさんによってその場は収まったけれど、ギルスとは改めてお話しする必要があるね。
でも、ひとまず大事にならなくて良かったよ……。
こちらの世界でも魂が飛ぶようなことになったら、私の戻る場所がなくなってしまうからね。
その時私は、ふと気を緩めてしまった。
そしてそのことを、後でとても後悔することになるのだった……。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
前話に続き、緩くもマリアにとっては涙目な展開。そして次話もこんな感じの予定です。
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梅雨時で気温が変化しやすい中、皆様体調を崩されませんよう。
今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。