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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

60行勇者

作者: 夢野楽人

この作品は、カクヨムWeb小説短編賞2020に応募してます。

「お前の仕事は、転生して魔王を倒すことだ。わかったな!?」


「えっ!? すみません、状況が全く飲み込めないのですが……」


「このバカ野郎! 何のためにインターネットがあると思っているんだ! 死ぬ前(・・・)にググっておくのが当たり前だろうがー! ったく、今の若い奴らは事前に調べておくことも、できんのか!」

 

 僕の目の前にいるのは、机を前にして椅子に座っている、禿げたおっさんである。


 灰色のスーツを着て、灰色のネクタイをしている。


 どうやら僕は死んだらしいが、訳がわからないまま、怒鳴られて命令されていた。


「いきなり仕事と言われても……」


「いつまで学生気分でいる気だ! 異世界転生なめんじゃねーぞ! 返事は『はい』か、『YES』か『喜んで!』だ。分かったかボンクラー!」


「いや魔王って強いんでしょ? 僕に勝てるわけが……」


「おまえ! やってもみないうちに、『出来ない』と決めつけんのか!? まずやってみてから言え! そう言った台詞は一人前になってから言え! やる気がねえーだけだろうがー! 仕事から逃げてんじゃねーぞ! 気合いと根性が足らん、このヘタレ!」


「……あのー、チートはもらえないんですか?」


「かー、すぐこれだ! どいつもこいつもチートに頼りたがる。そんなのあれば誰だって苦労せんわ! 楽ばかりしようとしないで自分で必死に努力しやがれ! このボケー!」


 もう一方的である。オッサンは机を叩き、僕はどやし立てられるだけだった。

 僕の発言は全否定されてしまう。


「あーイライラしてきた。泣き言ばかり言ってないで、さっさと行け!」

「うわあ――――!」


 キレたおっさんに、僕は尻を蹴飛ばされて下に落ちていく。

 景色がめまぐるしく変わる中、地面に着地した。


 僕の格好はTシャツ姿にもんぺズボン。履いてる靴はスリッポンスニーカーでどっかの作業員にしか見えなかった。ガデン系じゃないんだが……


「あれ? 何だこりゃ-!? うわぁ、気持ちわりいー」


 足下を見ると、何かグチャグチャした物がある。どうやら落下した時に踏んづけたらしい。


 どうりで落ちた衝撃がなかったわけだ。どれだけの高さがあったかは知らないが、普通だったら死んでる。

 そこに――


「おお勇者さま、危ないとこを助けていただき、ありがとうございます」

「えーと、あなたは?」


「王女です」


「…………」


 肩書きだけで個人名は名乗ってもらえなかった。いや僕自身、自分の名前が思いだせない。


 その他の記憶は残っているし、体は変わってないので、これは転生じゃなくて転移だろ……。


 王女から事情を聞いてみると、どうやらスライムの上に僕は落っこちたらしく、魔物はつぶれて死んだらしい。助けたのは、ただの偶然だ。


「お礼もかねて、私のお城にご招待いたします。えーい!」

「えっ!?」

 有無も言わさず、王女は魔法を使った。


 僕たちは原っぱから赤絨毯のある謁見場(えっけんじょう)に移動していた。


 これが転移魔法というやつか? 展開が早すぎて、僕はついていけない。



「おおっ! よくぞ参られた勇者殿、儂が国王じゃ」

 この王様も名乗る気はないらしい。他の人の挨拶もひどいものだった。


「王妃です」「大臣です」「将軍です」「兵士です」

「ワン!」

 ……犬だな。もうどうでもいい。


「我が娘を助けてくれてありがとう勇者殿。それでは魔王を倒すために我が国に伝わる、絶対勝利最強無双無敵究極必殺の剣をさずけよう。それと同等の鎧もさずける。ありがたーく、かしこまーって受け取るがよい」


 僕は魔王討伐を引き受けた覚えはないのに、勝手に話は進められて、兵士達が武器と鎧を目の前に運んできた。


 伝説の武具を間近で見て、僕は感想をもらす。


「……これはひどい」


 鎧はさびだらけで、今にも壊れそうである。剣も同様で赤鰯あかいわしになっており何一つ斬れそうもない。


 この世に斬れる(・・・)物はなし。こんなゴミで戦えるわけがない。


 代々受け継いできたのかもしれないが、手入れもせずに何百年も放置していたら、使える方がおかしいのだ。

 少し考えれば分かることなのに、使えない物を押しつける方がどうかしている。


 それに、

「お、重い。この剣、僕は持てましぇーん!」


「なんですってー! ありえないわ!? この、ひ弱! 軟弱者!!」


「いやー、中学校から受験勉強だけやらされてきたので、運動はしたことがなくて、箸より重い物は持ったことがないんです。国大目指してたけど、一浪しても私大にしか入れませんでした――――!」


「お主の事情なんかどうでもよい! このままでは魔王に立ち向かえんではないか……」


 王様は僕を怒鳴りつける。いい加減僕も腹が立ってきた。

 そもそも魔王と戦う気はないので、逃げ出す方法を考え始める。



「お父様、こうなったら……ヒソヒソ」


「ふむふむ、なるほど! 流石は我が娘」


 王女が僕に聞こえないように耳打ちすると、王様は邪悪な笑みを浮かべる。

 どうも嫌な予感しかしない。


 純白ドレスを着た王女が近寄ってきて、ある物を僕に手渡す。

 香水の臭いがきつくて、鼻が曲がりそうだった。


「それでは、この魔法のワンドをお使いください。上にあるボタンを押せば、どんな敵でも木っ端みじんにできます。魔王と戦う時にお使いください」


「いえ、結構です。そもそも戦う気が――」


「いいから受け取りなさい!」


 強引に杖を渡されると、手から外れなくなる。

 こ、これは呪いのアイテムか!? これってやばくない!?



 まずい、なんとか逃げねば僕は死んでしまう。とりあえず、討伐を引き受けるふりをしよう。


「魔王には定番の四天王とか、強い手下がいるんでしょ? 僕の護衛に将軍と兵士をつけてください」


「断る! 王国を守るのが我らの役目だ」


 取り付く島もない。兵士達もそっぽを向いてやる気はなさそうだった。

 それでも僕は食い下がって、王様に要求する。


「じゃーせめて、魔王を倒すための特訓をしたいので、魔法学園に入学させてください。あと仲間も欲しいので冒険者ギルドを紹介してください。僕はチート能力を持ってないので、戦うには準備が必要です」


「我が国にはそんな学園やギルドはない。準備してる時間もないのじゃ!」


「えっ!?」


 僕は準備をしてる間にバックれようと思っていたが、完全に当てが外れる。

 王様から差し迫った事情が説明される。僕には一切関係ないんだが……。



「魔王がいては王国は滅びる! すぐにでも魔王を倒さねばならんのじゃ!」


「勇者さま、魔王を討伐されたあかつきには、この超絶世可憐華麗傾国の美女たる私と、この国を差し上げましょう。だから頑張って下さい。あなたになら出来るわ」


「おだてられてもー……そんな物、欲しくないしー……」


 報酬は空手形にしか見えず、王女の自画自賛じがじさんを聞かされて、僕はウンザリする。

 突っ込みどころも満載だ。


 確かに王女は綺麗に見えるが、化粧がケバいだけでスッピンで見るのは恐かった。


 無料タダでも入らない……。


「それでは頑張って下さいませ、勇者さま」

「健闘を祈る」


「ちょっと待って! 話を聞いて……」

 またもやいきなり転移魔法が使われて、僕は逃げる間もなく飛ばされてしまう……。

 


 それから気を失い、しばらくして気がついた僕が目にしたのは、高くそびえ立つ石の外壁だった。

 城の四方を囲んでいる。これが魔王城なのか?


「他にあるのは森林とお花畑で、のどかな風景……とても恐ろしい魔王の城とは思えない。一体どうなってるんだ?」

 

 そもそも魔王などと言われても、情報が少なすぎるのだ。

 あのオッサンも王様も教えてくれないのが悪い。僕を小突こづき回すだけでムカつく。


 こうしていてもしょうがないので、僕は仕方なく城に向かうことにした。


 とりあえずこの杖が頼みだ。かなり怪しいけど……。



「……これは参った」


 城に近づいて僕は詰まる。


 近くに魔物がいて邪魔をしてるわけではない。大きな堀があって城に入れないのだ。


 跳ね橋が降りないかぎり、これ以上進みようがなかった。


 僕がおろおろしていると、あのオッサンの声が聞こえてくる。姿は見えない。


『オイ、うすのろ! 何をしている!? サッサと泳いで中に入れ!』


「僕は金づちで泳げないですよ。あと向こうには高い城壁があるから、侵入なんかできません」


『ボケっ! だったら壁をよじ登れ! 少しは頭をつかえ!』


「あのですね、道具もないのに無理ですよ。だいたい……もう六十行はとっくに過ぎてますから、もうこの話は終わりでしょ?」


『お前の台詞せりふとモノローグは全部で一行あつかいだ。こまけぇこたぁいいんだよ! タイトルなんぞ目をひくための看板だ。中身が一致するわけねーだろーがー! 男のくせにネチネチ、グチグチと小言を言いやがって! お前ごときが俺様に文句を言うんじゃねー、分かったか!!』


「無茶苦茶だー!」


『やかましい! 中に入ったら様子は見れなくなるから、しっかり魔王を倒してこい!』

 一方的にオッサンは会話を打ち切った。ほんとに自分勝手で腹が立つ!


 オッサンの声が聞こえなくなると、なぜか跳ね橋が降りてきた。


「なんで?」


 疑問に思うも答えてはくれる人はいない。僕は誘われるように丸太の橋を歩いて渡っていく。

 城の中にあったのは白い噴水と美しい庭園、それと立派な屋敷である。


 これは城塞ではなく、人が安全に暮らすための大邸宅だ。決して魔物の住処すみかではない。

 第一、どこを見回しても魔物どころか、人っ子一人見当たらなかった。


 僕は景色をながめながら、大理石の柱がある玄関へと向かう。

 意匠をこらした荘厳な両扉が、勝手に開いたので中に入っていく。


「お邪魔しまーす」


 いまさら引き返す道はなく、なるようにしかならないだろう。



 長い赤絨毯の先に誰かがいる。あれが魔王かな?


 歩いていくとその姿がハッキリ見えてくる。僕は近くで見て驚くしかなかった。

 魔王が座っていたのは固い椅子ではなく、柔らかそうなソファ。


 背もたれに魔王……いや美しい女性が寄りかかっていた。


 顔は本当に美しく、他に表現のしようがない。人間離れしてると言って良い。


 赤いドレスをまとい、角らしきものはなかった。イメージしてたのとは全然違う。


 僕は女性に見惚れたまま固まっていた。女魔王は愛らしい笑顔を向けて、挨拶してくる。


「よく来たわね勇者さん」


「あっ、はい、夜分に失礼します。あれ?」


 自分でも何を言っているか意味不明、頭が回らない。


「うふふふ、そんなに緊張しなくてもいいですよ。どうせ貴方は死ぬのだから」

「えっ!?」


 持っていた怪しい杖が光りだし、空中に数字が浮かびあがる。


 これは魔法のホログラム? 


 数字が一秒ずつ減っていく……こ、これはカウントダウン! 


 時限爆弾だ――――!


「あわわわわわ! 僕はボタンを押してないのに!」


 慌てて振り回しても、手から杖は外れなかった。


 やがて僕は疲れてへたり込み、あきらめてしまう。どうしようもない……。


 女魔王は全てお見通しのようである。僕は王女からはめられたのだ。


「可哀想な勇者さん、使い捨てのコマにされたのね。助けてあげたいけど無理なのよ。その杖はアナタの体の一部になってるから、もう外せないの。切り取ることはできるけど、その瞬間に爆発するわ」


「そうですか……」


 もう諦めの境地だ。足掻あがいてもしょうがない。

 まだ死ぬまで時間があるので、僕は女魔王から話を聞いてみることにした。



「何で魔王さんは命を狙われてるんですか?」


「それはねー、私が王国の商売の邪魔をしたからよ。王国は奴隷売買(・・・・)うるおっているの。あー、あと麻薬の密売もしてるわね」


「なっ!? まるでマフィアじゃないですか!」


「そうね、王国のモットーは『非道はすれど盗みはせず』だからねー。でも、あまりにも目に余ったから、私は監獄を襲ってとらわれていた奴隷達を解放してやったの。ついでに獄吏ごくりと守っていた兵士達を皆殺しにしたわ。王国からしたら、大損害を与えた私は正に魔王ね、クスクス」


 女魔王は忍び笑いをもらす。悪戯いたずらをして喜んでいる子供のようだった。


 これを聞いたら、どっちが正義で悪かなんて決まっている。悪いのは王国だ!


 僕も人間爆弾にされたので恨みしかない。ただ、女魔王を巻き込む訳にはいかなかった。


 カウントダウンの終わりが近い……。


「あの魔王さん、転移魔法とやらは使えるんでしょ? 僕を今すぐ城の外か宇宙にでも飛ばしてください」

「……ふーん、意外と優しいのね。私を巻き込まないように気を遣うなんて」


「いえ、これは善意というより王や王女……そして、あのオッサンの言いなりになったまま、人生を終わりたくないからです。最後くらい逆らってやりたい!」


「あなた、気に入ったわ!」


 魔王は笑みを浮かべ、ある提案をしてくる。僕がうなずいた瞬間、爆弾杖(ワンド)が爆発した。


 体は一瞬でちりぢりになり、僕は死んだ…………。



「……ちっ! 派手に大爆発したわりには、魔王を倒せてねーな、使えないクズめ! まあいい、すぐに代わりの奴を転生させて…………!」


「やあ、オッサン」


「お、お前! たった今死んだはず! いや、なんでここに戻ってこれた!?」


「うん、僕は死んだよ。肉体は爆散して何処どこにもない。この身体は借り物、あんたにお返しする時間を魔王にもらったのさ!」


「はっ、笑わせるな! ウジ虫ごときが俺様を倒すだと? もう一回殺してやる! くらえ、超必殺メガトンウルトラスーパーハイパーデラックスアルティメットギャラクティカマグナムファントムテリオスぱーんち!」


 おっさんは長ったらしい技名を叫び、普通に殴りかかってくる。


 僕は避けようとはせず、ぱんちは顔面に命中した。ただ――


「ぎゃああああああああああああああああああ!」


 叫び声を上げたのはおっさんである。右腕がガラスのように粉々に砕け散っていた。


 いつのまにか僕の姿は女魔王になっている。


 それを見たおっさんは痛みも忘れ、目を見開いて驚いていた。


「そのお顔は! そんな馬鹿な! もしや貴方様はあの――」


「おっと、おしゃべりはそこまでよ。余計なことは言わないで、もう終わりにしてあげる!」


「がっ…………」


 女魔王が右腕を振るったとたん、おっさんの身体は綺麗に輪切りにされる。

 そのまま石化して下に崩れ落ち、塵になって消えた。



「……終わったか、実にあっけないものだ。でもスッキリした! ざまーみろ!」

 

 僕は爆弾が爆発する直前、女魔王と契約して魂と記憶を渡したのだ。


 今は女魔王の体を借りていて、意識がある状態である。


 オッサンに復讐は果たしたので、もう心残りはない。あとは消えるだけだろう。

 最後に女魔王と僕は心の中で話す。


「いまさらだけど、コイツ神だったの?」


「そうよ、一番下っ端だけどね。神であることに間違いはないわ」


「こんなゲス野郎が!? 上位の神もいるわけだよね? そいつらは何もしないの?」


「ええ、神を罰する神はいないわ。大いなる慈悲というやつで、主神すら見て見ぬふりをしてるのよ」


「許せない! 僕たちは不条理にイジメられるために生まれたわけじゃない!」


 僕が憤ると女魔王は言った。


「……なら、そんな神を殺せばいいわ。そうすれば、理不尽な目(パワハラ)う転生者はいなくなるでしょう。もし覚悟があるなら私が力を貸すわ」


「いいの? なら僕はやるよ!」


「取引成立ね」


「……ところで、君は何者なんだい? 本当は魔王じゃないんだろ?」


「はてさてな? 時がきたら教えてあげるわ」


「分かった。今はそれでいい……僕は神を殺す!」



 ――ここに「神殺し(ゴッド・スレイヤー)」が爆誕した。



「悪神殺すべし! 一匹残らず駆逐してやる!!」


 完 

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