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それぞれの戦い  作者: 田中 凪
1/1

クルスク方面戦

ここは戦車のみが存在している世界。彼等は何の為に存在し、戦っているのか、それを気にする者はいない。


クルスク近郊


「おい、あそこに敵いないか?」

そう言って戦友に話しかけたのは車両識別番号6542 Ferdinandだ。

「ん?ああ、あれは…T―34じゃないか?まあ、数的に偵察部隊だろう、小隊長?」

「とりあえず付近に展開している小隊に連絡だ。深追いして敵に囲まれてしまっては、固定戦闘室の我々だけでは対処できん」

「ま、そうだな。俺だって無駄死はごめんだ。観測は頼む」

そう言って654 Ferdinandは無線連絡に集中する。

『こちら654 Ferdinandより付近に展開中の小隊へ敵情報。我々のいる

地点Bより北東3000メートルに敵偵察部隊T―34と思しき車両を発見した。距離等を考えると我々も見つかったと思って行動している。各隊も十分に注意されたし』

『TigerⅠ小隊、了解』

『PantherG小隊、了解。援護は必要か?』

「なるべくすぐに援護可能な位置にいてくれると助かる」

『了解、そのように動こう』

『Ⅲ号G小隊、了解。付近の偵察をしてこよう』

「ああ、よろしく頼む」

交信を終えるとFerdinand小隊は自軍の自走砲の射程内に後退し始めた。1500メートル程後退すると偵察に出て行ったⅢ号G小隊から連絡が入った。

『Ⅲ号G小隊から各小隊へ、T―34がFerdinand小隊の方面に集結、進軍している。現在確認できている数だけでも20両は超えている。さらに増える見込みあり。注意されたし』

『Ferdinand小隊、了解。現在自走砲の射程圏内まで後退中。仮に遭遇しても逃げて味方の援護をもらう事を最優先に動く』

この通信から暫くして林の中からT―34がわらわらと出てきた。

「くそっ、もうきやがった!」

「とにかく下がるぞ」

後退するFerdinand小隊を見てT―34の大部隊は好機と見たのか突っ込んでくる、

「あのFerdinandを仕留めるぞ!野郎どもかかれぇぇぇぇぇぇぇ!」

「オラオラどうしたぁ?!ビビってんのかぁ?!」

「死にさらせおらぁ!」

「こいよぉ、ほらこいよぉ」

とか、なんか町のチンピラみたいなことを言いながら…

それに対してFerdinand達は冷ややかな視線を送るだけで、全力で後退していた。

「とにかく、後退だ。ヤツらの挑発に乗るなよ」

「分かっている。だが、少しは減らしておかないと流石にきついぞ」

6542 Ferdinandは少しの間迷った末に射撃を許可する。

「…仕方ない、じっくり狙う程の余裕は無いから当たったらラッキー程度に思って射撃しろ」

「了解 」

相方に射撃の許可を出すと6542 Ferdinandは味方に増援を求めるために通信をする。

『こちら6542 Ferdinand。現在、敵T―34の大部隊と交戦中!少なくとも50両はいる模様!至急応援を頼む!』

『TigerⅠ小隊、了解。10分以内には到着できるはずだ』

『我々PantherG小隊も向かおう。ここで敵のT―34をそれだけ大量に叩ければかなり敵戦力を削れるはずだ。ほかの増援に注意しろよ!』

『分かっている』

『Ⅳ号H中隊も援護に向かう。こちらは5分程で到着する』

『わかった、Ⅳ号H中隊はTigerⅠ小隊と共に行動してくれ。余計な損害は出したくない』

『了解した。ご武運を 』

通信を終えると6542 Ferdinandも砲撃に加わる。

8,8cm pak 43 L/71から放たれる砲弾はT―34の装甲を易々と破壊し撃破に至らしめる。逆に、T―34達がそれぞれ装備している76mm L―11、76mm F―34、76mm S―54、57mm ZIS―4は精度が劣悪で当たることが少ない。また、当たったとしてもFerdinandの強固な正面装甲に阻まれる。さらにT―34達を追い詰めるのは…

「ダメです、ヤツらとの距離がほとんど縮まりません 」

そう、Ferdinandとの距離がなかなか縮まないことである。(元からの距離が離れていたということもあるが)Ferdinandはモーターによる無段階変速機構によって前進、後退速度がほぼ同じ(元々の前進速度が速いわけではない)なのでじわじわと距離を縮められてはいるが、全滅するほうが先になる可能性が高い。(そもそも何故T―34だけでやってきたのかという疑問が出てくるのだが…)

「大隊長、まもなく敵自走砲の射程圏内に入ります。これ以上の深追いは…」

「そうだな、撤退、撤退だ!」

しかし、その判断は遅すぎた。

ブゥンッ!

ドォンッ 

「た、大変です!後方よりTigerⅠが2両!右側面よりPantherが2両!左側面よりⅣ号が10両ほどきています!」

「バカな⁈まだ、10分ほどしかたっていないぞ⁈それほど近くにはいなかったのではなかったのか⁈」

「はっ、はい。偵察をしてきた者からの報告ではそのように…」

「では、その者が見落としていたと?」

T―34の大隊長は声色を落としてそう尋ねる。

「そ、そういうことになります…」

それに対して副官のT―34は気まずそうにそう答える。

「…責任の所在は生き残って必ず言及してやる。今はこの状況を打破することが優先だ!左側面から抜けるぞ!」

「「「Уразуметно 」」」

現在、T―34大隊で無事に動ける者は37両。全員が左側面に火力を集中させれば突破することは可能だろう。しかしそれは他からの援護が無ければ、という但し書きがつくのだが…

そしてⅣ号H中隊を狙い始めたT―34大隊に各小隊はⅣ号H中隊への誤射に気を付けながら、1両1両慎重に狙いを定めながら確実に撃破していく。

「それにしても時間がかかるな…」

元々50両もの大部隊のため全滅させるにはそれなりに時間がかかる。誤射をしないように慎重に標準を合わせているということもあり更に時間がかかる要因となっている。

『Ⅳ号H中隊より各小隊へ、こちらも離脱者が多くなってきた。今のところ撃破されている者はいないが移動不能が2、射撃不能が3!火力が足りなくなってきた。誤射を恐れて取り逃すぐらいなら誤射されながらでも確実に全滅させるべきだ』

『い、いや、しかし…』

『これは中隊員全員の願いだ』

『…TigerⅠ小隊了解した。なるべく当てないようにする』

『PantherG小隊も了解した』

『…本当にいいのだな?』

『ああ、もちろんだ』

『Ferdinand小隊も了解した。当たっても文句を言うなよ!』

『ああ、もちろんだ』

そこからの展開は早く15分ほどでT―34を文字通り全滅させた。多少の誤射はあったものの誤射による撃破はなかった。しかし、T―34からの射撃により1両が撃破、3両が大破、2両が中破となった。


ドイツ第三帝国 首都ベルリン 総統府参謀本部


この報告を受け、参謀本部は事実確認を急がせた。あまりにも非現実的すぎる、として

「…ふむ、もし仮に本当にこの程度の損害で50両ものT―34を叩けたとしたらこれはかなり大きい意味を持つな」

「そうだな、これで東部戦線の負担も減るといいのだが…」

「それはあまりに希望的な意見である、としか言えんな。奴ら、数だけは多いからな」

「そうだな。引き続き気を緩めずやっていこう」

「さて、一応勲章と祝いの品を用意しておかねばならんな」

後日、この戦果が事実であると確認されると帝国は大々的に発表し、戦車たちは大いに喜んだという。


ソビエト連邦国 連邦議会場 第一会議室


「…これは本当のことかね?」

その報告を聞いたとき、最高指導者であるIS―2 00は不機嫌そうにそう尋ねる。

「同志IS―2 00残念ながら事実であります。Ferdinandを討伐しようとうって出たところ、周囲の偵察を怠っていたようで囲まれて全滅したようです」

会議室に重たい空気が流れる。

「血気盛んなのはいいがこうも無駄な損害を被るというのは考え物だな」

この言葉に、他のナンバーレス達は

(IS―2 00の配置した逃亡者処刑用車両隊のせいだろ)

と思ってはいるが口にはしない。口にすればどうなるか分かっているから。

「しかし、どうしたものか…何か妙案はないかね?同志諸君」

その質問に対し答える者はおらず、ただただお前が言えよといった感じで周囲の者たちを見回すだけだった。そこに、IS―2 00の副官であるSU―152 00が口を開く。

「他の同志が言いにくそうなので私から意見具申よろしいでしょうか?」

「許可しよう」

「それでは言わせていただきます。まず、逃亡者処刑用車両隊なのですが彼らの規律順守の精神が高すぎて敵の砲弾を回避するために1mでも下がれば処刑してしまうと報告があります」

「それがどうかしたのかね?」

「はい、その噂が過分に誇張され、前線の者はどの様な状況であっても引くことは許されないことだと思い視野が狭まったまま突撃をしているのかと…」

「それでは、あの隊を解体しろ、とでもいうつもりかね?」

これまで以上に強い苛立ち、それこそ人(戦車)を視線で殺さんばかりの強い視線を込めた視線をSU―152 00にむける。その圧力に一瞬、たじろぐもそのまま続ける。なぜなら、IS―2 00はこの程度で処刑を敢行するほど浅はかでないと長い付き合いから理解しているからだ。

「…っ、そうは言っておりません。ただ、逃亡者処刑用車両隊に与えた発砲規則を少々緩めてもらいたいのです。そうすれば気持ちに余裕ができ前線の者達も周囲の確認等を行い今回のような事案はなくなるかと…」

SU―152 00がそう言い終わるとIS―2 00からの圧力が消える。

「…なるほど、同志SU―152 00の言い分はわかった。合理性も認められる。いくら兵の数が多いとはいえそれが無駄に損害を出していい理由にはならんな。そのように手配しよう」

激怒して処刑されると思ってビクビクしていた他の者達は内心驚きを隠せないでいた。そして、やはり猛獣の扱いは専門家に任せて正解であったとも思っていた。

「さて、同志諸君これ以上は負けられんぞ」

「「「「はっ 」」」」

孤独な独裁者は一人、執務室でため息をつく。

「…演技というのも、なかなか辛いものだな。しかし、ここまで来たからには貫き通さねばなるまい」

それは毎日のように彼が一人の時にそっと口にする言葉だった。


ドイツ第三帝国領 ポーランド ワルシャワ


「それでは、先の戦闘で散っていった234 Ⅳ号Hに対し、黙祷!」

クルスク近郊で行われた戦闘で唯一撃破された234 Ⅳ号Hへの慰安式と勝利を記念したパーティーが開かれていた。

「黙祷やめ!」

『これより、今回の戦闘の勝利を記念したパーティーに移ります。なお、参謀本部より激励の言葉をいただいているので、先にご紹介いたします。「此度の戦闘での勝利は見事であった。撃破された234 Ⅳ号Hに対し失礼であるとは思うが、これ程の損害で50両ものT―34を撃破できたことは大変に僥倖であったといえるだろう。ねぎらいの意を込めて参謀本部からささやかながら祝いの品を送らせていただいた。存分に楽しんでくれ」とのことです。皆様、ジョッキの準備はよろしいでしょうか?……それでは、乾杯!』

『かんぱーーーーーーーーーーい 』

戦死した234 Ⅳ号Hへの黙祷が終わると彼等はビールジョッキを片手に今回の勝利を祝う。

「っくぅぅぅぅぅぅぅぅぅ うまいなぁ!これのために戦っているようなものだからなぁ。今回は本当に幸運だったな」

「そうだな。しかし、今回ばかりは参謀本部もいい樽を寄こしてくれたようだな」

「今回程の大戦果で開けてくれなかったら流石にケチすぎるだろう」

「それもそうだな」

「今回は俺達、自走砲部隊は特に何もしてないがこんなパーティーに参加してよかったのか?」

「ああ、もちろんだとも。自走砲部隊の圧力があったから俺達Ferdinand小隊が生き延びれたようなものだからな。参加していいんだよ」

「そうか、ならお言葉に甘えて楽しむとするよ」

前線に配置されている戦車達にとって一晩だけ許された最高のひと時を目一杯

楽しんだ後再び戦場へと戻っていった。




クルスク方面戦 END


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