アイス屋さん。
神子のマリアちゃんが死んだ
辺境伯様のお膝元、ラフィスタの領都はその報せが広がった日から空気が悪くなった。
それでも店は開け無ければならない
生活もあるしウチのジェラートはマリアちゃんが愛したものだ
気分が乗らないってだけで店を開けないのは何か申し訳ない気がする、とは言え街全体がマリアちゃんの死を悼んでいて客なんざ来やしない。
街では皆喪章を身に付け、一年喪に服す事となった。
カランコローン
ドアベルが人の死とは関係なく軽妙な音色を奏でる
客が来たようだ。
「おじさん、バニラとチョコ、ミントの三段ちょうだい!」
ああ・・・
マリアちゃんが大好きだった組み合わせだ
そうそう、毎週の様に誰かを伴ってこんな風にウチのアイスを食べに、
食べに・・・
・・・・・・
「マリアちゃん?」
「はい?」
目の前に死んだというマリアちゃんが居た
マリアちゃんは喪章を身に付けて喪に服している
マリアちゃんがマリアちゃんの喪に・・・
「生きてたのか!」
「いえ、死にましたよ」
意味が分かんねえ!
でもサラサラの黒髪に、気安い笑顔、間違いない
後ろには護衛のゴードン様と金髪の新顔護衛か?
表にはシルヴィー様もお座りして待っているのが見えた
いや!そんな事はどうでも良い!
「どうして死んだなんて」
「あ、えーと、色々面倒で死んじゃった?」
雑な説明を補足するようにゴードン様が口を開いた
それによると神子マリア・ラフィスタは死亡、ここに居るのはマリア・ラフィスタ辺境伯令嬢との事だった。
なんか分からんがマリアちゃんが生きてるならどうでもいいぜ!
しかし本人が自分の為に喪章を付けているのはどうかと思う。
まあいいか!こまけえこたぁ言いっ子なしだ。
生還(?)祝いにチャレンジコース三段盛りだぜ
「お、おじさん、ちょっとコレは本当に食べ切れない」
「これは気持ちだぜ!良いから良いから!」
「う、あ、ありがとう」
「おう!」
丼みっつ分の三段盛りを持ってマリアちゃんは広場の指定席のベンチに座っ、
・・・ああん? 金髪の護衛が隣に座りやがった、護衛じゃないのか?
マリアちゃんがすくい上げたアイスを金髪野郎の口に運んだ
アーン、だとっ!?
ま、まさか、マリアちゃん死亡の報が届く前に少しだけ流れた噂に婚約者が決まったとあった。
アレは結局訃報の前には吹き飛んじまったが、本当だったのか!
娘が嫁に行くような気分だ、居ないけど。
「店主」
「うおっ!?なんだ」
「・・・これを」
ひっそりと近付いていた護衛隊のひとりが一枚の紙を差し出して来た、そこにはこう書かれていた。
MMM通信 特別号
1、神子マリア死亡につき、神子は空位となる
2、現マリア・ラフィスタ辺境伯令嬢は神子ではない
3、神子マリアにとても似ているが他人の空似である
etc.
「こ、これは!」
「・・・」コクリ
内容としては神子そっくりのマリア嬢が居るが気にするな神子じゃない。
今後一切マリア・ラフィスタを神子として呼称する事を禁じる
「これを周知すれば良いので?」
「・・・」コクリ
因みにMMM通信とは「MMM」の略称で、ラフィスタ家公認のマリアファンクラブである。
月いちで刊行されるMMM通信はラフィスタ辺境領地の大人気娯楽のひとつに数えられていた。
監修 ソフィア・ラフィスタ辺境伯夫人
情報 レイン
内容はプライベートは完全に除外され
ラフィスタ家についてまとめられた新聞のようなものである。
特に人気なのはマリア特集で
外出時等の周囲が知り得る情報をまとめたコーナーが1面。
「今月のマリア」というコーナーで、場面を切り取った姿絵で1面。
マリアがシルヴィーとじゃれ合って笑う場面
家族団欒でお茶をする場面
森の中を凛々しく歩く場面など
偶像新聞の役割を果たしている
MMM通信は二つ折りの全4面構成中、半分がマリア特集なのだった。
勿論半分は真面目な内容だ、辺境伯の統治の詳細や治療院に関わる新薬などの情報、辺境の動静などなど。
貴重な情報源として活躍している。
辺境にマリアが生きて居るとなれば大騒動になりかねないが
王都で葬儀は既に終わり、こっちのマリアは神子では無く
本来なら保護するべき立場の王家は何も言わない
となれば、こっちのマリアはそういう事であると根回しは済ませてあるから問題は無い。
教会でその事を察知しても、神子死亡の失態は軽くなく
口を挟む可能性のある一派の首はすげ替えられた為にそこも問題は無い。
そうしてマリアは平穏を手に入れた。