神子と教会の決別。
そして来たる神婚の儀当日。
朝からシスター達に体を清められ、金糸の刺繍が入った真っ白な法衣を着せられた
聖堂へ連れて行かれると中には王族、貴族、顔見知りが何人も見て取れた。
半分は王国の賓客、半分は法衣を着た教会関係者で埋め尽くされていた。
知り合いの表情は皆固い
対照的に教会関係者は皆にこやかで異様な雰囲気となっている。
教壇の中央まで進むと大司教が宣誓の言葉を告げる
そして、神子が教会に帰属する証の宝冠が頭に載せられた瞬間
バターーンッ!!
外へと続く大扉が勢い良く開かれた
聖堂内に居る全員が何事かと見る、光に包まれたそこには
「狼だっ」
「違う、魔物だーっ!」
「きゃあああ!!」
全身が漆黒の大きな狼が居た
その体躯は2mを超え、3mにも迫りそうな立派な黒狼
「グオオオオオオーーーッ!!」
吼えた黒狼は風のように駆けた
聖堂の中心を真っ直ぐ、私に向かって
「あ、」
避けるなんてとんでもない
本当に風のように目の前に迫る狼
神殿騎士が私を護る事もなく、大きく開かれた口が飛んできて
私の首から肩、胸を生暖かい感触が包んだ・・・
恐慌に陥った賓客が叫ぶ中、カシャンと頭から宝冠が落ちる音だけが聖堂に響いた。
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「キャアアアアっ!!」
悲痛な叫びが聖堂に響いた
神子様が、突然現れた魔物に噛み付かれてしまったのだ
大きな大きな黒い狼の魔物
つい先程まで神子様のお世話をしていた私は信じられなかった。
神子様は首から胸にかけて魔物に噛み付かれている
真っ白な法衣は真っ赤に染まっていく
それどころか足下にも赤は拡がり、床に落ちていた宝冠も汚されている。
「な、何をしている!神殿騎士!神子様を早くお助けしろ!」
大司教様が指示を出して漸く騎士の皆様が動き出した
何をしているんだろう、神子様が怪我をする前に防ぐのが騎士の責務じゃないのか?
モタモタとして剣を構えるばかりで・・・
「はああっ、・・・ぐあっっ」
騎士数人で取り囲み、後ろから斬りかかった騎士
しかし狼は神子様を咥えたまま、容易く剣を躱して体当たりをする。
騎士は10m程吹き飛んで柱に叩き付けられた
狼の体当たりを見て違う方向から騎士が斬りかかろうとするも、狼は咥えた神子様を盾にするように剣の前に差し出す。
これでは騎士も簡単にはいかない
おかしい、この魔物はおかしい。
だってこんな大きな狼なんて見た事も聞いた事もない
体当たりで騎士をあそこまで吹き飛ばすだろうか?
それに頭が良すぎる、まるで神子様の価値を知っているかのように、此方が神子様を傷つけられないのを知っているかのように神子様を盾にしている。
「あ、う・・・」
皆、ハッとした
神子様は緩慢ではあるけど動いた、生きてる!
左肩は噛まれていて動かせないのだろう、空いた右手を上げて、狼の毛を握り締め抵抗を見せた。
まだ助かる、魔物さえなんとかすれば
そんな私達の希望は即座に砕かれた
狼はふるりと周囲を確認する様に見渡すと
来た道、聖堂の中心を再び風のように走り去って逃げてしまった。
周囲の賓客は何も出来ずに見送るしか無かった
それもそのはず、聖堂内の帯剣は神殿騎士のみ許される
素手であんな魔物はどうにもならない
「どういう事だ!」
「ぐっ」
賓客の中から進み出た男性が大司教様の襟を掴み締め上げた、あれはラフィスタ辺境伯様、神子様の養父だ。
辺境伯は怒りを大司教にぶつけながら言った
「だから言っただろう!魔物がまだ見つかっていないと!警備を万全にする為にも我がラフィスタの討伐隊と王国騎士団も協力すると申し出たのに、なんだこれは!」
「い、いや」
「何の為に国王陛下が外出禁止令を出したのか分かっているのか!そんななか儀式を強行した挙句、マリアをっ」
ドヨドヨと懐疑の声と視線が大司教に刺さる
それはそうだ、辺境伯の話では王都に居た魔物の存在を確認する前に儀式を強行、しかも騎士団とラフィスタ家の精鋭部隊と評判の討伐隊の協力を断った事で神子様が魔物にみすみす連れ去られてしまったのだから
完全に大司教様の、神殿騎士の不手際だ・・・
「あなた、そんな事より行きましょう」
「ああ・・・、貴様覚えておけ!マリアに万が一があったらタダでは済まさない!」
辺境伯は乱暴に大司教を投げ捨てる
「トーマス!」
「はっ!」
「マリアを助けに行くぞ、部隊は!」
「全員何時でも!」
「追跡は」
「問題ありません」
「行くぞ、マリアを助けるんだ!」
「はっ!」
まるでこの状況を予期していたかのように辺境伯は指示を出して出て行った。
「我らもだ!騎士団を全て出せ!」
「はっ!!」
国王陛下も同じ様に指示を出しながら聖堂を出て行く
出席していた貴族達は辺境伯と国王陛下に追随して居なくなった、自分達も協力を惜しまないと言いながら。
そして、聖堂に残されたのは教会関係者と茫然とする大司教、己の責務を全う出来なかった神殿騎士だ。
「な、何をしている!こちらも騎士を全て出せ!」
「はい!」
遅れるように指示を出されて動き出した神殿騎士
しかし、その動きは頼りなかった
騎士と言っても教会関係者の護衛程度しか経験がない
そして騎馬も全騎士分所有している訳ではない
救出隊が編成されて、馬も必要数借りて出発したのは
討伐隊と騎士団が出てから数刻経ってからだった・・・




