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ブロスファイト -夢破れた整備士と鉄の使役馬-  作者: yamaki
第一部. 整備士と使役馬
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2. ワークホース


 "ワークホース"、白馬社長から名前が明かされたセミオート搭載の特別なブロスユニット。

 成る程、その茶色の塗装や太ましい脚部はまさしく"使役馬"を意味する名に相応しい機体である。

 しかし白馬システムが運営するチームの機体が馬に由来する物であることが解るが、何故それが何の変哲も無い使役馬の名を冠する機体なのだろうか。

 そのまま白馬でもいい筈だし、そこから派生して天馬や一角獣と言う伝説上の馬をイメージした機体の方が格好がいいのでは無いか。


「多分、被りが嫌だったんじゃ無いか。 ブロスファイトが始まって10年、その手の伝説や神話をモチーフにした機体は大体使われているからな」

「天馬に関連する機体なんて廃業したチームの機体を含めれば二桁は行く、そう考えればただの馬の方がむしろ目立つという考えなのだろう」

「そうですかね…」


 名前がどうであれワークホースは、歩たち整備班が待ち望んでいたブロスユニットである。

 それまで"ベース"の準備しかやることが無かった整備班は、ワークフォースが来た日より俄然と仕事が忙しくなってきた。

 本番とも言えるブロスファイトに向けた訓練の日々、その訓練によって傷付いたワークホースの面倒を見るのが整備班である彼らの仕事なのだ。

 今日も彼らはワークホースの周囲に群がり、先程まで裏庭で動き回っていた機体のアフターケアをしていた。

 全長20m以上の巨体が動くのだ、その一動作一動作の負荷は極めて過大であり、それによってどんな不具合が出てくるとも限らない。

 22世紀の現在によって機体のチェックの大半は機械が肩代わりしてくれるが、それでも機械では見逃してしまう些細な問題を見付けるのは人の目になってしまう。

 無駄口を挟みながらも整備班の面々はワークホース自身とワークホースの情報を移す端末に目をやり、機体の些細な不具合をも見逃さんとしていた。


「こら、何を道草食っているのよ! 訓練が終わったら、まずはレポートをまとめるのが先でしょう」

「げっ、」


 しかし訓練後のワークホースの整備を始めた歩たちの元に、甲高い声を上げながら一人の女性が現れる。

 その女性は整備班の中で一番大きい歩を上回る、身長180付近の巨人であった。

 揃いの作業着を来た整備班とは対象的なビジネススーツを纏う女性は、年代的には歩と同年齢であろう。

 スーツ姿に相応しく髪を短く切り揃えた女性は、明らかにお怒りの様子で歩の元へと近づいていく。


「待ってくれ、まずはこいつの整備を…」

「そんな事は整備員に任せておきなさい。 まずは訓練レポートの提出、それが無いと明日の訓練計画が立てられないじゃない」

「おれは整備員だぞ、まずは機体の整備を第一に…」

「今はパイロットも兼任でしょう、全く、私の仕事を増やさないでくれないかしら」


 些か感情的なっているらしいスーツの女性は、まるで食って掛かるかのような早口で歩にまくし立てる。

 その迫力に圧倒されながらも辛うじて返した歩の反論もばっさり切り捨て、あくまで自分の意向を通そうと強行する。


「大変だなー、パイロットさんは…」

「早く行きなさい、こっちは私たちがやっておくから」

「すいません…」


 そんな二人のやりとりに歩の整備員仲間たちが助け舟を出し、歩の仕事を肩代わりしてくれる事になった。

 歩は本来の自分の仕事を押し付ける事に罪悪感を覚えながらも、スーツの女性の後を追ってワークホースから離れていく。

 あの日、正規のパイロットに代わってワークホースを動かした歩は、その日より成り行きでパイロット代行を務める羽目になっていた。







 実際に矢面に立つブロスユニットが兵隊であるならば、それを指揮する指揮官が必要になってくる。

 特に劣悪な操作性であるブロスユニットの操縦者に咄嗟の状況判断を求めるのは酷であり、操縦者の代わりに判断を行う外付けの頭脳になるのだ。

 スポーツの括りにあるブロスファイトにおいて指揮官役は"監督"と呼ばれており、どのチームにも必ず監督は存在した。

 監督はブロス競技において重要な立場にあり、監督の良し悪しによってブロスファイトの勝敗が大きく左右される物である。


「はぁ…、まだ動きがぎこちないわね…。 こんな調子じゃ、今度のライセンス試験に通らなわいわよ」

「仕方ないだろう、こっちは本職じゃ無いんだから…」

「解っているわよ!? はぁ、何で私がこんなチームの監督をやることになったのかしら…」


 このスーツ姿の高身長の女性が何を隠そう、歩たちのチームの監督である犬井いぬい 愛衣めいその人であった。

 ベース内の一角に設けられた会議室、そこで差し向かいながら今日の訓練の成果について語りあう監督とパイロット代行。

 しかし犬井監督は今日の訓練の成果に不満があるらしく、先程から不機嫌そうな表情を浮かべっぱなしである。

 そもそも本来のパイロットでは無く、ワーカー用のオートマ免許しか持たない歩がパイロットを続けていること自体が問題なのだ。

 犬井監督は自分が率いるチームの奇妙な状況に対して、愚痴めいた不満を漏らしてしまう。

 先程もそうだったが、どうやら歩たちのチームの監督は些か感情的になりやすい性格であるらしい。


「あの…、やっぱりパイロットの都合は…」

「駄目よ、好条件でオファーを出しているけど梨の礫みたい。あの例のドタキャンしたパイロットが、家のチームの悪口を言い触らしているみたいで…」

「狭い業界ですからね…」


 狭き門と言える競技用のブロスの免許、言うなればマニュアル免許保持者たちの間には独自のネットワークが有ると言われている。

 ただでさえ今の歩たちのチームは、海のものとも山のものとも分からない実績ゼロの新米チームなのだ。

 その中で悪い噂が立てられる物ならば、最早この新米チームに入ろうとする物好きが出てくる可能性は低いだろう。


「全く、どれだけ家を毛嫌いしているのかしら。 そんなに家の機体のそれは、普通のブロスユニットとは別物なの?」

「オートマ免許の俺が動かせるくらいですからねー。 そんな機体に乗せられる事は、マニュアル免許持ちにとって屈辱的な事だったのでしょう

 言うなればプロの競輪選手に、補助輪付きの自転車を乗せようとしたって所ですかね」

「…微妙に分かりにくいけど、なんとなく理解できる例えね」


 そもそも正規のパイロットガ逃げ出した原因、それはワークホースの目玉とも言えるセミオート機能である。

 オートマ免許しか持たない歩ですら動かすことが出来る程に簡略化されたブロスユニット、それをマニュアル免許持ちがどのように思うだろうか。

 恐らく血反吐を吐くような苦労をして勝ち取った正規のパイロットにとって、セミオートという代物は自身のこれまでの努力を全て無に返す悪魔の代物と言えるのかもしれない。


「ああー、そんな大事なことを土壇場で打ち明けるのよ! もう少し前に伝えていれば、此処まで拗れなかったのにぃぃぃ」

「企業秘密ってやつ何でしょう、機体に直接携わる整備班ですらギリギリまで知らせなかったし…」

「監督である私にもね!? セミオートなんてキワモノを使うなんて知っていたら、そもそも監督なんて引き受け無かったわよ!?

 私はこれが初めての監督経験なのよ! それがどうして、こんなとんでもないチームを率いる事になるよぉぉぉぉっ!!」


 犬井監督が言うように話が大きく拗れた要因の一つは、ワークホースの秘密を直前になって明かした事だろう。

 話によると白馬社長とリーダーはパイロットにさえ、セミオートの秘密をギリギリまで秘密にしていた。

 これまで誰も触れることが出来なかった競技用ブロスを改造し、実現させたセミオートと言う技術はそれだけ重要な秘密である事は解る。

 恐らく何も知らないパイロットは自分の物になる機体のコックピットを目にし、その自分の記憶とはかけ離れた簡素な操縦席に愕然としたに違いない。

 そして全てを理解したパイロットはワークホースを拒絶し、それどころか他のパイロット仲間にまでその情報を広めてしまった。

 ただしワークホースの目玉であるセミオート機構の詳細は伝わってないようだ、最初のパイロット契約時に結んだ守秘義務の規約が効いている。

 流石に法外な違約金を払ってまで、ワークホースの秘密をばらしてこちらを貶す気は無いのだろう。

 しかしワークホースがとんでもない機体と言うオブラートに包んだ情報は既に広まっており、そんな機体を持つこのチームに来るパイロットは居ないということだ。


「兎に角、この調子だと次のライセンス試験はあなたに受けてもらう事になるわよ! そして私の初監督したチームで、ライセンス試験落ちなんて言う恥ずかしい結果を残すことは許さないわ」

「…そもそもオートマ免許しか無い俺が、ブロスファイトのライセンス試験を受けていいんですかね?」


 ライセンス試験、それはブロスファイト参入を目論む新設チームに立ち塞がる第一の壁である。

 ブロスファイトに参加するチームは公式のライセンスを保持する必要があり、そのライセンス試験は年に一回だけ行われていた。

 新設チームである歩たちもその例に漏れず、彼らは次のライセンス試験に向けて日々の訓練を行っているのだ。

 しかし歩には一つ懸念があった、教習所のパイロットコースを落第した自分がライセンス試験を受けれるのかと…。


「安心しなさい、その辺りは調査済みよ。 ライセンスはあくまでチームに付与される物で、操縦者に関して言えば免許の有無は条件に無いわ。

 実際、あなたと同じようにオートマ免許でライセンスを取った馬鹿は何チームか居るわよ。 最も、オートマでブロスファイトに勝てる訳も無く、試合で勝ったチームは皆無のようだけど…」

「あ、そうえいば今も一チーム居ましたね、何処ぞのボンボンがが率いているって噂のオートマ免許持ちチーム。 そうか、あれと同じになるのか…」


 歩が密かに心配していたオートマ免許でしか無い自分が、ライセンス試験に受けることは問題ないらしい。

 しかし犬井監督の言う通り、オートマ免許持ちが動かせるブロスワーカーではブロスユニットに勝てる筈も無い。

 事実、歩の思い出した現役のオートマ免許チームは連戦連敗中であり、その存在は嘲笑の的とされていることは否めない。

 そして自分がそれと同じ立場になる可能性が高いと予測した歩は、些か憂鬱な気持ちを覚えるのだった。




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