変装
「んー、どれがいいのかしら」
商店街の適当な服屋に入り、店内を見て回る。
「お嬢様こういうのはどうでしょうか」
リサは、蝉がハートの矢で打ち抜かれている絵の描かれているピンク色のシャツを持ってきた。
「だせえ……」
「えっ、そうですか? 私は可愛いと思いますが」
どこがよ。
「あ、もしかしてピンクが気に入らないのですか? なら他にも色違いがありますよ」
青に水色、紺、グレーに赤、白に黒。
同じセミのイラストの描かれたものの色違いをリサは持ってくる。
「こんなに色違いあるの!? 誰が買うのよこんなの! 誰得!?」
「お嬢様、センスがないのですね。こんなに可愛いのに」
「ええ……」
これ私がおかしいのかしら。
「あ、お嬢様。これをペアルックで着て姉妹風を演出しましょう。きっと目立たないはずです」
「いやいやいやいや目立つでしょう! セミがキューピットの矢に打ち抜かれているのよ!? こんなの今のこのドレスと同じで絶対に浮くわよ」
そこで私は「はっ!」となる。
私達貴族の社交場では間違いなく浮く。絶対に浮いて浮いて天にも昇るような果てのない羞恥を味わうことになるだろう。だが、今ここは社交場などではない。
もしかするとこれが平民の装いなのかもしれない。
だって人気がなければこんなに色違いは作らないはず。
私はチラッとリサの手元のセミのシャツを見る。
(ダサ。でもこれが平民の流行なのだとしたら……うう、着た方が溶け込めるかもしれない。だけど)
着たくない。
だが、変装の為、仕方ない。
と、腹を括ったところで私は、その張り紙を目にした。
『ハートセミのシャツ、売れ残り。50%オフ』
ひとつのカゴに、大量のそのシャツが隔離されていた。
それを見た瞬間、私は察した。
(あ、なるほど。これを色違いまで作ったのはいいけれど結局売れずに隔離されているだけなのね)
私はリサからシャツを奪って、「あっ」と残念そうな声を漏らす彼女のことを無視し、カゴの中にそっと戻す。
「さあ、それより早く変装用の服を探しましょう。あなたのその侍女の装いも、少し目立つわね。あなたのも私が選んであげるわ」
有無を言わさずに私はリサの手を取り、
「ちょっ、お嬢様。私は自分で選べますよ」
「いいから来なさい」
試着室の中にぶち込んだ。
それから彼女に見合う服を、店内から見繕って、試着室の中に投げ込んだ。
「それ着てみなさい」
「仕方ないですね。分かりました、お嬢様」
さあ、次は私ね。
私は何にしましょう。
私は店内を何度も巡る。
人間とは不思議なものだ。
あれだけ体力のない私でも、こういう時に限ってとてつもない体力を発揮する。
これも一種の脳内麻薬というものなのだろうか。
私にそこらの専門知識はないから実際は何なのか分からないが。
「あの、お嬢様。試着を終えました」
そこで私は試着室から出てきたリサから声をかけられた。
「どうだった?」
「あ、ええ、可愛いんじゃないでしょうか」
随分と適当ね。
というかそういうことじゃなくて。
「いや、可愛いのは分かっているわよ。この私が選んだのよ。それに素材もいいし、可愛いのは分かりきっていること。私が訊きたいのはそういうことではなくて、キツくなかったかってことよ」
主に胸が。
「ああ、それなら大丈夫です。ぴったりでした」
「そう、それはよかったわ。じゃあお金を払いましょうか」
「分かりました。でも、お嬢様は試着はいいのですか?」
「私には必要ないわ」
小学生の頃から身長以外の増幅は止まった。
なので、軽く姿見で合わせるだけで大体分かる。
そのことを伝えて、リサは納得すると服を会計に持っていく。
そうして服と適当なブーツを買った後、私たちは試着室で着替え、その服飾の店を出る。
私は丈に野原に揺れる一輪の花の刺繍にレースのついたワンピース姿。
リサは腹出しのシャツに、機動性重視のホットパンツ姿。そのスタイルの良さを全面的に押し出したかのような格好だ。
「お嬢様、次は食糧の調達ですね。料理は私が作りますが、何が食べたいですか?」
「うーん、何でもいいわよ」
そう答えた、その時だった。
「や、やめてください」
という厳つい声が私の耳に飛び込んできた。
「……えっ、は?」
私は声の方を向き、思わず自分の目を疑った。
「いいじゃん、ねえ! 私たちと遊ぼうよ」
複数の可愛らしい女の子が、
「こ、困ります」
筋骨隆々としたスキンヘッドの大男に『絡んでいた』。
しかも、その男は弱々しく震え、壁際まで追い詰められている。
(何あれ)