野宿
「……お嬢様。ほんと体力ないですね」
私を体を抱えるリサは、少し呆れたようにそう言った。
「し、仕方ないでしょう。いつも馬車移動だったんだもの。こんな長距離歩いたことないのよ」
「長距離ってまだ数キロ程度ですが……流石、温室育ち」
「うるさいわね。……それより、いい? もうぴょんぴょんするのは絶対にやめなさい。私の三半規管では貴女の世界にはついていけないの」
「えっと、それはネタフリですか?」
じゃりと足に力を込めたリサを、私は慌てて止める。
「いやいやギャグとかじゃなくて本当に! もう気持ち悪いのは嫌なの!」
「ふふ、冗談です」
一切表情なく真顔で言うから冗談に聞こえない。
「それはそうと寝床はどうします? 山での野宿は……お嬢様には厳しそうですね」
「……野宿。聞いたことあるわ! さばいばるというやつね!」
「いえ、別にサバイバルではないですよ……、食料については街で確保するので」
「ふふ、隠さなくてもいい。私さばいばるについては本で読んだことがあるの」
「……お嬢様。私の話を聞いてください」
「さあ、リサ。行きましょう」
「……お嬢様、あの」
私はリサの手の中から飛び降りて、
「うぐっ」
そのまま倒れた。
野宿という本の世界の中の言葉にテンション上がったせいで体力が回復したと錯覚したが、実際はスタミナ切れのままだ。
転げた私は、リサに助けを求める。
「あの、リサ。もう立てないから抱っこして」
「……お嬢様」
うん、分かっているわ。
だからそんな目で見るのはやめなさい、使用人。
「全くもう。本当に私がいないとダメですね、お嬢様は」
私はリサにまた抱えられた。
「……別に一人でだって」
「手を離して一人で歩かせますよ」
「ぐっ、それは卑怯よ」
何というか完全に力関係が変わっていた。
昨日までは私の言いなりだったのに……。
『お嬢様、お野菜を食べないといつまで立っても育ちませんよ。色々なところが』
……いや。
と思ったけど、そういえばこの使用人は昔からこんな感じだったわね。
「それよりお嬢様。野宿するのは構いませんが、本当に大丈夫ですか?」
「当然。貴女がいるんだから何の危険もないでしょう」
「ふふ、人任せですか」
何故かリサは嬉しそうに笑った。
普段真顔の多い彼女の、不意のこの笑顔にどれだけの男諸君がやられたことか。想像に難しくない。
「まあ、そうですね。私がいる以上、何者もお嬢様の障害にはなり得ません」
緩んだ口元を引き締めて、彼女は走り出した。
私を抱えた状態で。
「……え、ええええええええええええええええええええーーあばばばばばばばば」
言ったのに。
もうこういうのはやめてと私は言ったのに。
その後、全速力で駆け抜けた彼女は、私に言った。
ぴょんぴょんはしていない、と。
そういう問題ではない。と反論する余裕すら、私にはなかった。