戦争と混黒種の件について
俺がこっちの世界に来て数ヶ月が経った。
来てすぐ、チアを助けたりチアを生き返らせたりチアの裸を見てしまったりチアと結婚することになったりチアとみーちゃんが微妙にウマが合わなかったりと色々あったが、神さまのみーちゃんと俺の妻のチアの三人パーティはそこそこ中堅の冒険者として目立ち過ぎないよう活躍していた。
「のじゃー。コウタの力があれば今すぐこの世界のトップに君臨することも可能なのじゃが」
「言ったっしょ? 俺はそう言う面倒なのは嫌いなの。こうしてみーちゃんとチアがいてくれるだけで俺は幸せなの」
「もう……コウタったら……」
そう、みーちゃんがちょこーっとっといった力は、全然ちょこーっとどころではなかった。
まぁ、これについてはステータスを見てもらった方が早いだろう。
名:コウタ・タカナシ
STR:999
VIT:999
DEX:999
AGI:999
INT:999
LUK:999
MAG:999
MYS:999
カンストだ。力も素早さも、器用さも魔法力も。今までできなかったはずのことがまるで当たり前のようにできてしまうのだ。
世界の時間そのものを止めることさえ可能なほどの魔力に、エターナルドラゴンとステゴロで殴り合っても引けを取らない身体能力。そしてみーちゃんと手を繋いでリミッターを解除した時に発動できる焼却能力、通称コンセプトイグニッションを用いた過去現在未来、果てには物理法則や人の思考までも、全てに干渉できる力を持って俺はこの世界最強になっていた。
が、それはそれとして俺個人は別に王やらなんやらに興味はない。よって適当に手を抜きつつチアとの新婚のチュッチュッ生活を楽しんでいる、というわけだ。
☆
だが、そんな平和な日は長くは続かなかった。隣国、魔族が人口の多くを占める魔王軍との緊張がここ最近一気に高まり、なんと戦争が始まってしまったのだった。そして明日は魔王軍がついに国境線へと到達すると予想される日。俺たち冒険者も王国からの直々の依頼として戦線に駆り出されていた。
「のじゃ……怖いのじゃ、コウタ」
当然だ。未だ戦闘が始まっていないとはいえ、戦争が今この瞬間にも始まろうとしているのだから。抱きしめるみーちゃんの体は小刻みに震えていた。
「コウタ……。明日は絶対、生き残ろうね。って、コウタには余計なお世話か」
チアには既に俺とみーちゃんの関係、そして俺の力のことを話してあった。
「チア……」
かがんでみーちゃんと抱き合う俺の背中にピッタリとチアがくっついてくる。
「いや、そんなことはないさ。俺は、俺が死ぬこと以上にチアたちを失うことが怖い」
「コウタ……」
「チア……」
「の、のじゃ……コウタ……。そろそろテントに戻るのじゃ」
見つめ合い、熱くなっていた俺たちにみーちゃんがそう提案する。
「あ、あぁ、そうだな」
既に体は収まりそうにない。みーちゃんとチアを連れ合って、俺たちのパーティのテントへと戻って行った。
☆
翌朝、憂鬱そうな顔をするほかの奴らと相対的に俺たちはやけに艶々として顔で騎士団の号令を聞いていた。 よし! 今日は絶対生き残るぞ!
そして日がてっぺんをまたいだ瞬間、その地平線に無数の軍隊が現れた
「あれが……魔王軍」
いつも血気盛んでやかましい冒険者の連中もすっかり黙りこくってしまっていた。
「このままじゃまずいな」
「コウタ……?」
「チア、みーちゃんとここで待っててくれ!」
この沈んだ状態で戦闘に入っては戦況は目に見えて不利になる。そう見越した俺は、陣の中央に構える騎士団長の元へと向かった。
「騎士団長!」
「なんだ貴様は!」
「俺は冒険者、コウタと申します! 最前列の冒険者の指揮は遠方に見える無数の魔王軍によってガタ落ちです!」
「なんだと!? くそ! どうすれば……!」
本陣にも、幾らかの動揺が走った。この場で俺にできること……!
「騎士団長! 俺に、俺に先陣を切らせてください!」
「何を言っている貴様! 団長! こんなどこぞの馬とも知れぬもののいうことなんて聞いてはいけません!」
「……やれるのか?」
こちらの声を遮る団員の叱咤を更にかき消す、決して大きくはない。それでも威厳のある騎士団長の目はこちらを試すように見つめていた。
「やれます! やってみせます!」
「よし! ならば冒険者コウタよ! 貴様に一番槍の称号を与えよう! 見事その仕事全うしてみせよ!」
「ははっ!」
騎士団長に最敬礼し、本陣を出る。直後、足に魔力を通わせ、俺の体は大きく浮き上がり、魔王軍の中へと光の速さで向かっていった。
「なっ! あの小僧! あの若さで飛行魔術を!?」
「ふっ、任せたぞ、コウタよ」
☆
上空から見ると魔王軍の数は圧倒的であった。地面を覆い尽くすほどの魔獣の数に嫌気がさす。
「やってやる。ここで俺がやらなきゃ、みんなが!」
両手に魔力を収束させていき、俺の得意な炎の属性を付与させる。
「行くぞ! バーニングフレイム!」
俺の手のひらから放たれた大山ほどもあろうかという火球は魔王軍の中心へと吸い込まれていき大爆発を起こした。
ドゴーン
その一瞬で魔王軍の九割は死滅した。
一面は焦土と化し、吹き抜ける風の音だけがしていた。
「よし……。これでなんとかなったか……」
辺りを見渡し、一息つく。流石にこれだけの魔法を使うと少し息がはずむ。だが、戦争とはオールオアナッシング。殺すならば全て殺しておかなければ、禍根が残るものだ。
「よし、もうひと頑張り!」
息を落ち着かせた俺は魔王軍本陣の方へと飛び立った。
☆
魔王軍の砦は、大混乱に陥っていた。勝利が目前であったはずの魔王軍のど真ん中で突如大爆発が起こり、自軍のほとんどを飲み込んでしまったのだ。
「状況の確認いそげ!」
その中で、大魔軍将軍オレリアは部下に必死に檄を飛ばしていた。オレリアは経験上、こういう場合はまず部下に仕事を与えることが正解だと知っていたのだ。仕事があればそれに従事するが、余裕ができるとパニックが起きかねない。生き残りの兵をかき集め、的確に指示を割り振って行く。
「オレリア様! 大変です!」
「どうした!?」
「強大な魔力反応がすごい速度でこちらに向かってきます!」
「なにィ!?」
部下の報告を受け、オレリアが急いで中庭に出たのと、コウタがそこに降り立ったのはほぼ同時だった。
「君が、魔族側の頭ってことでいいのかな?」
「貴様……。貴様が我が軍を……」
「あぁ、間違いないよ。俺が殲滅した」
その人間族は、細身で身長は決して大きくはない。目鼻立ちは多少整ってはいるが、童顔でまだ未成熟の感が否めなかった。
だが、こいつが我が軍を壊滅させたという事実だけで警戒しない理由はなかった。
「先に言っておくけど、俺は無益な殺しは望まない。ここで全面降伏するっていうなら大将首だけで勘弁してあげるけど?」
「ほざけ、ガキが。我らにも誇りはある。総員! かかれ!」
オレリアの号令とともに城壁や影に潜んでいた魔族が一斉に飛び出し、コウタに攻撃を仕掛けた。
「やれやれ……。仕方ない、か」
その人間族が嘆息したと思った次の瞬間だった。何が起こったのか、オレリアには理解できなかった。
砦はボロボロに壊れ、先ほどまでそこにいたはずの部下の姿はどこにも、一人も見つけられなかった。
「これでチェックメイトだ。これ以上は君たちの領土を犯しつくす蹂躙になる。もう一度言う。ここでやめておかないか」
「……今、何をした」
「今ここで死ぬ君に関係あるのか?」
「……」
覚悟した。こいつは化け物だ。手を出してはいけない生き物だった。こんなものは天災とでも言うべき事故だ。
だから……。だからこちらも天災の力を借りるとしよう。
「リリース! 来い! リリル!」
オレリアが右手を空にかざし、そう宣言すると、突如、地鳴りがし、ものすごい圧迫感がコウタを襲った。
「なっ! 何をした!」
「別に……奥の手を解き放っただけさ。貴様が化け物ならこちらも化け物がいる」
「こ、これは……」
これほどのプレッシャーを浴びたのは初めてだった。あのエターナルドラゴンですらこれに比べれば児戯に等しい。
そして、それは現れた。城壁の間から中庭へとヒョコヒョコと歩いてくるそれは、小さな女の子の形をしていた。
「あの子……いや、あれはなんだ!?」
「うちの研究の成果だよ。奴は元々スラムの育ちでね。親も分かりゃしないが、色んな混血から生まれた雑種の亜人さ。それがなぜか上手いこと噛み合っちまって新しい人種になった。うちらは便宜上、混ざり合って真っ黒になっちまった、混黒種って呼んでるがね」
話の間もその子はニタニタと笑ったり唐突に泣き出したり、苦しそうに呻いたり、時には快楽に身をよじっていた。
「それが……それで、あんな風になるものかよ……」
胸のざわつきを落ち着かせながらなんとかその言葉だけを吐き出す。
「いや、アレも生まれつきああってわけじゃないさ。せっかくの新種だってんだ、色々飲ませたり術印を刻んだりしてる間にあんな化け物になっちまっただけさ。うちらも手がつけられなかったからいつもは牢に入れてあるんだけど一応戦争だからね。用心して連れてきておいたのさ。言っておくが、もうアレは誰にも止められやしないよ。さぁ、自分の愚かさを悔いながら死にな! いけ! リルル!」
「ああああああああああ‼」
リルルと呼ばれた少女が一歩を踏み込んだ。と思ったのも束の間、気がつけば少女は既にコウタの懐に入り込んでいた。
「クソッ!」
全力で距離を取ろうとするが、もはや間に合わない。少女の頭がコウタの鳩尾に吸い込まれ、コウタは内臓がひっくり返されるような感触と共に吹き込んだ。
「ガッ……カハッカハッ!」
なるほど、バケモノと言うだけのことはある。コウタに攻撃を食らわせたのは元の世界でも、道場の門下生や親父を抜けば初めてだった。
「フリーズ!」
先ほども使った、時止めの魔法を行使する。これで、ひとまずは安心。のはずだった。
周囲一帯、塵すらも凍るその世界に少女はなお動き続けていた。
「なっ! ふ、フリーズが効かないのか……?」
「う……うう……ぐぐ……」
さらなる攻撃の機会を伺っているのか、体を震わせながらこちらに向かって唸り声を上げる少女。
さきほどの頭突きは奇襲だ。今度は少女の動きをよく観察するつもりで、腰を落とし、次の行動に備える。
そのまま数秒が立つ。
そうして、コウタは違和感を覚える。彼女の構え、アレは姿勢を低くし、全身のバネを利用するためのケモノの構えだ。きっと彼女の本能がそうさせるのだろう。だが、それにしては妙なのだ。
その掌はダラリと開かれ、まるで攻撃の意思を感じさせない。次の瞬間にもこちらへ飛びかかろうとする少女の片足は伸びきっており、あれでは初速を殺してしまう。そして彼女の目。先ほどまでは内から出ずる感情の波に支配されたその目に光が見えた。気がしたのだ。
「……もしかして、君、戦いたくない、のか?」
「う……うが……あっ……あ……あ……」
悶えるように身をよじりながら少女は頷いたように見えた。
「苦しいのは嫌なんだよな、助けて欲しいんだよな」
今この瞬間にも飛びかかられ、喉笛を食い千切られてもおかしくはない。
それでも、コウタには彼女との対話をやめられなかった。
「言え! 助けてくれって! 望め!」
「グググ……」
「君の体だ! 呪いや薬なんかに負けるな! 君の命だ! 言ってみろ!」
「あ……あぁ……たす…………ぐううう……け、ああああああ‼ ……………………て」
言った。たしかに。「助けて」と。
「君みたいに可愛い子に助けてって言われたら、助けない訳にはいかないな」
次の瞬間、少女はコウタに目にも留まらぬ速さに飛びかかり、その喉笛を引き裂こうと爪を伸ばした。
「こっからは俺も本気だ」
だが、その爪がコウタに届くことはなかった。瞬間、コウタが少女の後ろに回り込んでいたからだ。
「コール。クラウソラス」
虚空から剣を引っ張り出し、構える。
「試し切りの相手にしちゃって悪いけど。ちゃんと横腹で打つからね」
そう宣言し、クラウソラスを横に大きく薙ぎ払う。瞬間断絶された時空が速度を持ち、少女の体を弾き飛ばした。
「流石に頑丈だな」
だが、それくらいの方が俺も本気でできる。ニヤリと笑い、再び少女の後ろに回り込む。
「さぁ、踊れ」
その剣術はこちらの世界に来て、コウタが自ら編み出した剣技だった。
名付けて、剣舞。
剣が踊り狂い、コウタが踊り喰らい、相手の血肉が咲き乱れる。
その剣技は万を超える斬撃を瞬間、相手に叩きつけた。
「今宵はこれまで。お上手でしたよ。お嬢さん」
そうして一曲、踊り終えるとコウタは深々と一礼した。それと同時にフリーズの効果が終わり、世界が世界を取り戻す
「はっ……また、この感覚……。なっ‼ リ、リリルが!」
「……もう品切れか?」
その舞踏場には、踊り疲れた少女と、踊り終えてなお衣服を乱してすらいないコウタと理解が及んでいないオレリアだけが立っていた。