お城で朝食を
手持ちの服からマシなものを着せられ、身支度を強制的に整えさせられた後ホールへ案内される。
先ほどのメイド2人が
「ダニール・アルテミエフ様ご一行をご案内いたしました」
とドアを開けると、
「……ほぉ、これはなかなか渋いのう」
「すごいな。こいつ実は案外コストかかってるぞ」
いわば
豪華絢爛という感じではなく、
質実剛健という趣だ。
この世界の城、それも客を入れるホールは派手になってるかと思いきや
「これなら日本人受けしそうだなぁ。古い倉庫を移築したカフェとか居酒屋ぽい感じだ」
どーんと大きな天然木をふんだんに使って隠さず
あえて梁や垂木までたっぷり木目を見せた造りに漆喰のようなアイボリーの壁。
そこにシンプルなガラスランプをつるしている。
ここまででも、日本で作ろうと思ったらかなりの金額になる筈だが、
極めつけは一枚板らしき巨大なテーブル。奥行き8m幅2m程度はありそう。
これ、どんだけの大木から切り出したんだよ!
で、そのテーブルには先客……左の入り口に近い席には手を振るララガと後ろに控えるメイドのアデル
「あれ?ララガ達も来てたんだ?」
「お、起きたな。だいたい優勝者は飲み潰れるのが恒例だから、城に泊まるんだってな。知らなかったぜ」
「私たちは城主さまより優勝チームの一員ということでご招待」
それに、いかにも貴族風の格好をした男女2人――顔みたことあると思ったら、レースで最後に抜いた6頭立てに乗ってた人たちだ!城主の親戚とか言ってたっけ。その後ろには御者をしてた人も控えており、こちらに軽く目礼をしてきた。
さらに、上座に今の俺と同年代らしい若い男性ともっと若い女性が座っているが、若いけど席順からして城主はこの男か?
「ま、突っ立てないで座りたまえよ。ダニー」
その城主らしき人から声をかけられるが、
(あ、これはやばいかもしれん)
と密かに思う。
ダニーと略称でよぶ、という事は知り合いということで
元のダニーを知っているなら、今の俺が別人だと言うことがバレかねない。
昨日同じく元のダニーを知っているララガ達に会ったけど、あの時は時間が無かったので大丈夫だったのだが――今日は注意したほうが良さそうだ。
「どうしたのかなダニー。珍しいものを見るような様子だけど、この部屋は『知っているはず』じゃないか?」
「!い、いや二日酔いで。ちょっと」
「ふうん。この部屋は君、嫌いだったと思ったがね。今日は妙に関心ありそうだったよ」
やばいやばい。なんとか無難な話題でやりすごして誤魔化さねば面倒なことになる。
勧められるままとりあえず椅子に座る。
「ところでダニー、そちらのレディを紹介してもらってもいいかな?」
「わらわの名はリーディヤじゃ。そこのダニーからどうしても妻に迎えたい、と懇願されておる」
無理でした!
昨日そのネタを聞いてたララガ達は「あーまたか」という顔だが
「……!どういう事ですの!」
天然木なテーブルを両手で叩いて城主の隣に座っていた少女が立ち上がる。
たぶん本人は『バーン!』というつもりだったのだろうが、あまりにテーブルが重いので『ゴーン』と鈍い音を立てるだけだった。
しかも手が痛かったようで
「あたたたぁ……」と顔をしかめる。
ボソっとメイドのアデルが
「兄は優秀でも妹の出来が良いとは限らない好例」
とつぶやくのが聞こえる。こいつ、本当に容赦無いな……!
でもおかげで少し思い出してきた。
まったく、自分の記憶ですらよく思い出せない時がしょっちゅうなのに
ましてや、他人の体の記憶なんて引っ張り出すのが大変だぞ。
で。
この城主は「エドアル・アルディン」このアルディン地方を治める城主であり
ダニーと同じ学校に通っていた知人のようだ。
手をまだ痛そうに振っている少女は妹のアリ?なんとかという名前だったかな。確か。
「アリステア、とりあえず座りなさい。まったく天国のお父様が見たら泣きますよ?」
アリステアという名前なのか。
ダニーはあまりこの娘に関心なかったようで、そもそもろくに覚えてなかったみたいだ。
金髪巻き毛のふわっふわで見たら印象深そうなんだがなぁ。
そしてそういえば、エドアルは亡くなった父の跡をついでこの地の城主になったんだったな。
で、それを頼ってダニーはここに来た、という事か。
ちなみにこの世界では、城が地域支配の証なので城主=領主と思ってよさそうだ。
「お兄様!これでは私の計画が……!」
「とりあえず、詮索はあとだよ。せっかくの朝食が冷めてしまう、と使用人の皆が困っているからね」
使用人に対してもこの気遣い。顔もだけど性格もイケメンだよなぁ。
「さぁて、まずは当家自慢のお茶からだね。ベリーは好みでいいけど夜明けに摘んだばかりの新鮮なものをさっと砂糖煮したフレッシュなものだから、気に入ってくれると料理長が喜ぶよ」
きれいな絵柄の白磁のようなカップに入った、紅茶のようなお茶に赤いベリーのジャムを入れて一口。
口の中がカラカラだったから染み渡る!
二口目によく味わってみると、香りもいいし適度な渋みもある。
紅茶には詳しくないけど、これなら元の世界でも悪くない品だと思うが、
(貴族向けとはいえ、これだけの文化レベルがあるなら素人が商売に参入するのは簡単ではないぞ……)
と思える。
白磁があるなら高いレベルの製陶所がある筈だし、
加工されたお茶が出回ってるなら生産地も確立されてる筈だし、
そして砂糖まであるなら……それら広い地域での流通網がもう出来上がってるという事だ。
ポッと出の零細個人商人が出る幕は無いかもしれない。
(隙間をぬうような商売か?いやそれには細かい情報を拾える体制が必要だしどうすれば……)
思考が「この世界で商売するなら何をどう売る?」という一点に絞られる。
元の世界では商売系の仕事ばかりを転々としていたが、しょせん会社勤めで何も自由には出来なかった。
もちろん、会社を飛び出して自分の才覚で商売をすれば全部自由なのだが、
(その勇気が出せなかった……)
という後悔はある。
あんな死に方するなら、もっとやりたいように生きればよかったな。
ま、所詮カネが無かったので無理でしたけどね!
この世界でどう生きるか?まだよくわからないけど、商売人として独り立ちできるならそれがいい。
とはいえ、何を売るかという「商材」と「資金」は絶対必要だ。
お茶一杯でそこまで考えてたら、次から次へと運ばれてくる料理で打ちのめされました!
オムレツ(のようなもの)チーズ(に似たもの)バター(ぽい感じ)ソーセージ(らしき物)ハム(かな?)そしてよくわからない野菜のサラダ……
どれも美味い!
そして極めつけはパン!もちっとした食感+焼きたてでこれなら行列できそうなレベル。
これだけ豊富だと、食品系の商売は難しいかもしれんなぁ。
しかし、一般庶民の生活レベルはどうなんだろう?と思ったら
「アデルの作ってくれるメシが一番だけどよ、ここのもなかなかうめぇじゃんか」
とララガはガツガツ食べてるが、こいつは参考にならん気がする。
「ララガ様が研究にお金を使いすぎなければ平均農家並には余裕。最悪の時期にダニーの援助がなければ危なかった。そこだけは感謝。でももうダニーは用済み。死んで良い」
「アデル!ダニールになんてこと言うのよ!あとその援助のお金は元はといえばアルディン家から貸し付けられたんですのよ。つまりあんた達は私にも感謝しなさい!」
「アリスに言われる筋合いはない。でもエドアル様には敬意と感謝と尊敬と畏敬の念を捧げる」
「ひどい差別だわ!」
あれ。アデルとアリなんとかちゃんは仲良かったのか。知らなかった。
まぁそれはさておき、この世界は結構豊かなようだ。
生きることに必死ではなくとも良い、封建的な世界か――
「さぁて食事も終わったことだし、本題に移ろうかな」
食後のデザート……タルトに似たフルーツ入りのケーキと渋みを感じる紅茶ぽいものが出た段階でエドアルが切り出した。
「結論から言うけど、ダニー。私の事を『お兄ちゃん』と呼ぶ気は無いかな?」