ゴール
自動車の場合
「車重軽いは七難隠す」
とまで言われるほど、軽さはメリットだ。
この馬車は小さすぎる車台と荷台、コスト高の最新素材多用で実用性は皆無だが
「レース専用」に設計されたものらしく
おそらく、普通の馬車より相当軽いはずだ。
これを武器に最後の勝負に賭けるしかない。
だが、
「リーナ!残り距離と後ろは?!」
「あと少しで街が見えるぞ!タイム差はもう無い!まもなく後ろに付かれるようじゃ!」
ずっと追われる状態というのはつらい。
馬はエンジンじゃないので、無理にブン回すという使い方をすればあっという間に消耗する。
適度なペースを維持するのだが、背後に迫られるプレッシャーから無理をさせてしまいそうだ。
「とはいえ、前世と違って追いつかれても死にゃあしないさ」
追いつかれて撃たれた身としては、平和なのがありがたいが
「一生飼い殺し」などというのもここまで来たんだ、遠慮したい。
大きいカーブを曲がると木々の上に建物が見えてきた。
もう街に入りそうだ。というところで、後ろから別の馬車の走行音が聞こえてくる。
だんだん、ガチャガチャとうるさいくらいに音が大きくなる。
「いよいよ来たな!」
「さぁ、ここからじゃのぉ!」
後続の馬車もコーナーを曲がったところでこちらに気がついたようだ。
まさか自分たちの前に競技者がいるとは思っていなかったようで
御者は驚いていたが、すぐ追い抜きをかけてくる。
「なんで馬車時代なのに道幅は大きいんだろうねぇ。まったく!」
あまりに幅があるので、ブロックのしようが無い。
もっと狭ければ抜かせないようダラダラ走ることが出来たのだが。
ただ、日本の古墳時代にだって案外大きな道路が整備されてた、と聞いた事があるし古代ローマの街道網は総延長29万キロだし、秦の始皇帝の道路網に至っては幅が70mとからしい。
つまり、強力な中央政府があれば古代でも大きい道路は作れたという事だ。
「……この世界の政府もかなりの力を持ってる、って事か」
それを使ってこんな余興のようなレースまで開催出来るくらいだし、相当の余裕はありそうだ。
あっさり抜き去っていく馬車を観察するが、馬が6頭というのはホント長いなぁ!
トレーラーに抜かれる軽自動車、という感じだ。
車台はあれだ。結婚式場の高額オプションにあるようなタイプ。
凝ったつくりの豪華な車体に装飾キラキラで窓には板ガラスが。
そのガラスの向こうにこちらを見るこれまた豪華な衣装の男女2人。
「この世界の事はまだよくわからんが、あの馬車は貴族の参加者にしか見えないな」
「ダニーの記憶だと、連中はここの城主の親戚じゃ」
という事は
「食料や水とか、余計な荷物がいっぱいだろうな」
どの世界でもえらい人が粗末で我慢の多い生活を送る事は難しいだろうから
同乗者2人分を合わせると結構重いだろう。
とりあえず、プレッシャーを与えるため貴族馬車の真後ろにつけるが
街に入った頃には、けっこう引き離されてしまった。
予想してたとはいえ、これはキツイ。
だが、街に入ってしまえば用意していた手をようやく使える
「リーナ!頼むぞ!」
「了解じゃ!」
魔法もだが、リーナという存在で可能になった手
「ふぃふてぃ、5らいと、しょーと、えいてぃ、6れふと、きーぷらいと、こーしょんてーぶるあんどちぇあ……」
ラリーで使う「ペースノート」だ。
街中勝負となることが予想できた時点で事前に飛ばしておいた
魔法「ばーどあい」からコーナーのきつさや距離、路面状況や障害物など全部調査し、
それを元にコース取りを検討しておいた。
そしてあらかじめ決めておいたペースノートの形式で
タイミングよく伝えてもらう、というのが俺の計画だ。
馬車の速度は体感で時速20キロも無いのだが、2階建て以上が多い街中は見通しが悪くコーナーの先がわかるかどうか?で出せる速度は大きく違う筈と読んでいたが
「これは――ぜんぜん違うな!」
信じてコーナーに飛び込めるかどうか、の差は想像以上に速いペースを可能にしてくれた。
ちなみにさきほどのペースノートの内容は
「距離50、6段階中5のゆるくて短い右コーナー、次は距離80、段階6のもっとゆるい左コーナーだが右側をキープ。テーブルとイスがあるから注意」
という感じだ。
合間にタイム差も伝えてもらうが、じわっと追いついている。
6頭立ての長い馬車を街中で走らせるのは相当に難しい筈。
コースはさすがに狭くなるし、それに
「いけいけぇぇぇ!まだ追いつけるぞ!」
「2頭立てなのに速いぞ!」
観客が多数道に出てきているので、余計狭くなっている。
とはいえ、コースが狭くなると抜くのも難しくなるが
「さーてぃ、あっぷひる、れふとかっと、とりぷるこーしょん!とりぷるこーしょん!すーぱーわんらいと!たいとぅん!きーぷいん!さぁ、いよいよじゃぞ!」
狙っていたのはもっともきつい「上りながら鋭角に右に曲がる」狭いコーナー。
コースを検討して勝負をかけるポイントは「ここしかない」と確信していた。
6頭立てならほぼ止まるくらいに速度を落とし、大回りで曲がるしか無い筈!
案の定コーナーの手前で大きく速度を落とし、よっこらしょ、という感じでアプローチする6頭立てが見えた。
「いっくぞー!!」
こちらはそのインに強引に突っ込む!
小さな馬と小さな馬車だから、わずかな隙でも入り込める!
騒然とする観客の中、コーナーの立ち上がりで6頭立てを置いていく。
追い越し完了っ!
「よぉっし!計算通り!大きさと重さが命取りだったな!」
「あとはゴールまで一直線じゃ!」
ゴールとなる城の門が見えてきた。後続は引き離した。
このまま行けば、と思うがそう思ったのがまずかったのか?
突然、右前輪がガタガタ言い始めたかと思ったら大きくブレ揺れ始めた。
「ここまで来たんだ……!持ってくれよぉ!」
願いもむなしく、車輪が音も無く外れて転がっていく。
「うわぁ!」
「ほぉ!」
馬車が大きく傾く。
このままでは転倒しかねない!
とっさに体を左に乗りだして、馬車の車台を握り「ハコ乗り」の体勢で加重を反対側にかける。
昔、WRCのビデオで車輪がひとつ脱落したラリーカーを同じ要領で無理矢理走らせてたのを見たことがある。
ましてや、この馬車は軽いうえに車幅がせまい。
加重をかけてやれば、問題なく走れるはずだ!
「おぬし、なかなか本当に……とてもとても面白いのう」
きゃっきゃと破顔するリーナ。
こっちは必死だというのに、おまえは心底楽しそうだな!
加重かけ過ぎて左に寄りながらもなんとかギリギリで城門をくぐる。
これでようやく――ゴールだっ!
勝利を手にできた。元の世界で手に入らなかった瞬間を得られた。
体に充実感がわきあがる。一度死んでも、生きていて良かったと思える。
ただまぁ。
レースのゴールにはチェッカーフラッグが欲しいが、さすがにそれは無いか……