難所をこえてまた難題
威勢よく下り始めたものの
すぐに
「怖い怖い怖いぃぃぃいいいい!」
高所恐怖症なのをすっかり忘れてました……
足から「ぞわわゎゎわゎゎぁあぁゎぁあああああ」
とした寒気が来て、目が眩むような感覚で世界がぐわぁングわぁぁァンとなる。
「アホか!おぬしは!あれだけ格好良く飛び出したくせに何をやっておるのじゃ!」
いやー、高所恐怖症が「魂に刻み込まれた」呪いだとは知りませんでした。
道理で50まで生きてても克服できる気が1ミリもしなかった筈ですわ。
嫌いだった食べ物とかはだいたい美味しく頂けるようになったんだけどなー
「もう引き返せんぞ!どうする気じゃ!」
「やるしか……ないねぇ!」
怖いのを我慢してガクブルになりながらも、とにかく少しずつ進む。
長く「あまりよろしくない会社」ばかり在籍していると、無茶ぶりには多数遭遇することとなる。
カネ・ヒト・モノが何もない上に時間まで無い、
無い無い尽くしなのに結果は出せ!
とかいうのに比べれば装備も準備も出来ている分、
「あとは俺の技量の問題だけなんだからまーだマシだぜ!」
とはいえ、その技量が現在大問題なんですが……
しかも、なんとか通れそうなラインが狭い上にグネグネで
前輪も後輪も曲がらない馬車では通るに通れない。
ではどうするか?
「でぇりゃぁぁぁぁ!」
馬車から降りてL字型の大きな棒を車軸に当て、バール風にテコの要領で持ち上げ
「どっせぇぇぇぇぃぃい!」
と向けたい方向に倒すと、少しずつ方向を変える。
以上。この繰り返し。
しかも、急斜面だから転倒しないように細心の注意が必要なので
高所恐怖のほうはだんだん意識しなくなってきた。
でも
「これ、似たような事やったことあるなぁ……」
夜のラリーSSで側溝にタイヤ落とした時、
ジャッキをかけて車体を蹴り倒し、無事に脱出した事を思い出す。
あのときは入賞を目前にしていたものの、結局そのタイムロスで負けたのだが
「今度は……負けられない!」
ずいぶん涼しい気候のはずだが、汗が噴き出る。
しかし、タオルは無くただの粗い布で顔を拭くしかないので痛い。
1/4を過ぎ 「よし、好調なスタートだ」
半分まで来て「もう半分だ!あと少し」
2/3で「もう見えたぞ」
と細かく区分して達成感で自分を奮い立たせ、なんとか下りきった。
さすがに
「はぁはぁハァオゲェえっフェゴぇごげぇッホゲホ」
もう息も出来ず、へたり込んだ。
「最初はどうなるかと思うたが、おぬし、ようやりきったのう」
リーナが腕組みして俺を見下ろす。
「まだ……終わりじゃねぇ……ここからが勝負だろ?」
「ほう、なかなか頑張るのう。さすがは男の子じゃ」
「この……世界でも男はそんな……役割なのかな?」
せっかく異世界に来たんだから、女性のほうが男を守るような世界でも良かったんだが。
しかし、下の道路に出たわけだが、この道路
「とんでもなく広いな……!」
幅約10mもの幅をもつ、馬車が余裕ですれ違える道だ。
石畳でいわば舗装されており、排水溝まで整備されている。
この世界にこんな道路があるとは、文明レベルをあまり甘く見ない方がよさそうだ。
「この道をそのまま行けばゴールだな」
「とはいえ、馬もおぬしも疲れておる。まずは休憩じゃ」
リーナが手をかざし
「わらー!」
と唱えたと思ったら、目の前にバレーボールくらいの水球が浮かんだ。
何の容器にも入っていない水の球が日の光をうけてキラっと光る。
「これも魔法なのか?何もないところから水を出せるのか!すごいな」
「そうじゃ。馬車を下ろすことは無理でも水くらいは出せる。まぁグビッとやるのじゃ」
「で、どうやって?これを?飲めと?」
「そのまま口をつけて吸えばよいのじゃ」
そんなんでいいんだ。
恐る恐る飲んでみたら、冷たくて美味い!
桶が馬車に積んであったので馬にも飲ませる。
この馬もよく頑張ってくれた。元の世界のサラブレッドとは違い
小柄で足も短いが、大人しくて力のある貨物用としては最適の種類らしい。
「馬もいいが、この馬車がすごかったな」
小型軽量、最新素材のゴムを多用してあるこの馬車は
わりと大きな石に乗り上げてもいなしてしまう「しなやかさ」が際立っていた。
まるで岩を軽々乗り越えていく四駆のトライアル車両のようだった。
とはいえ、ここからはもっと大変になる筈だ。
「リーナ、『ばーどあい』はまだ有効なのか?」
「ああ、しっかり他の参加者に張り付いておるぞ」
「位置関係と馬の数、それに馬の姿形はわかるか?」
情報を制するものはすべてを制する(かもしれない)
状況を正しく理解してそれに対応する、というのは商売の基本。
俺は歳を重ねても新しい事、変化、それらすべてに柔軟に対応するように心がけていた。
この世界でも――――だ。
「現在、わらわ達が実質トップに立っておるな。他はこの通りの後方におるが、2組ほど迫ってきておるようじゃ。双方とも6頭立てで馬の姿はすらっとした感じじゃな」
「わかった。ありがとう」
「お役に立てたかの?」
「ああ、こいつはゾクゾクするな」
案の定だ。
すべてのステータスを走破性に全振りしてアドバンテージを稼いで逃げ切る、
という体の持ち主「ダニー」の戦略は完璧だった。
ただし、気絶していたタイムロスで余裕は無くなった。
そしてこれからのコースは高速ステージとなる。
さらに相手はこちらの2頭立てに対し、スピードで勝る6頭立ての上に
馬の種類も速度に優れた、おそらくサラブレッドのようなタイプ。
こちらの優位性は無くなり、敵には有利な状況だ。
だが、まだまだ勝機はある。
「さあ、急いでゴールを目指すぞ!」
「よし、その意気じゃ!」
ふたたび手綱を取って振り、馬車を走らせるが
「石畳って、思ったより乗り心地悪いのな……」
石の継ぎ目でガッタンゴットンです。
そういや、昔読んだ車雑誌で
「欧州車は石畳も考慮した足回りセッティングになってる」
なんて事が書いてあったけど、こりゃアスファルトとはずいぶん違うなー
だが、これだと
「ゴムの優位性はまだありそうだな」
と思える。
他の馬車の車輪は木を鉄で巻いているだけなので、クッション性は皆無だ。
「リーナ、『ばーどあい』の最下位につけてる分を前に回せるか?」
「移動はできるぞ。どうするのじゃ?」
「ひとつは固定視点で後続とのタイム差を計測して欲しい」
「ほうほう」
「で、さっきの『れどーむ』で残り距離を計測出来たんだろ?およそでいいから教えてくれ」
俺は『ばーどあい』がカメラ付きドローンのような魔法、
『れどーむ』が偵察衛星のような魔法だろう、と思ったのだが
「ということは、ゴールまで逃げ切れるかどうか?を知りたいのじゃな」
「その通りなんだ。で、どんな感じだ?」
「わらわの計算では、ちょうど街に入った後で追いつかれるのう」
「計測も計算も早いな!」
「『ばーどあい』単体で速度も含め、いろんな情報を収集できるしリアルタイムで『れどーむ』に位置も反映されとるのじゃ。あと、わらわの位置その他も当然表示されとるから簡単なのじゃよ」
『ばーどあい』も『れどーむ』も予想以上に高性能でした。
「じゃぁ、『ばーどあい』は街に先行させてくれ。街中だけはコースが決まってるんだったよな」
「そうじゃ。このレースの規則は『なんでもいいから馬車を使う』『街中は安全のため指定コースを走る』『直接の攻撃等禁止』それだけのようじゃ」
となると、観客も出てくるだろうし追い越しできるポイントは限られるだろうから
先に街中に入った方が相当有利になるな。
こんな異世界に来てまで、命がけで仕事とは……もう何かの呪いとしか思えないが
それでもやっと勝ちが見えてきた。
「あっ」
「どうした?リーナ」
「後ろの2台が1台に減ったのじゃが、直後から速度がちと上がったたようじゃぞ」
速い車が遅い車の後ろに付いてしまうと
抜くのに苦労している間はペースが落ちてしまうが
抜き去ってしまえば当然速度は上がる。
レースでもよくある話だ。
「……って、まずいな!」
勝てるとか思ったのがいけなかったのか!
「リーナっ!再計算たのむ!」
「このペースだと、だいたいそうじゃのぉ。街の手前で捕まるな」
まずい。本当にまずい。
「ついでにダニーの借金も計算してみたのじゃが、簡単に言うとおぬし、一生飼い殺しになる感じかの」
このままでは異世界で借金背負ってしまう。
でもまだ、終わっちゃいない……はずだと思いたい!!!
次は早めに更新します。レースもゴール予定です。