異世界でも下の危機
元の世界でも田舎に行くと『コンビニも何も無い』という事はよくあった。
そういうところを車で走る際にはトイレが少々問題となる。
最悪、男は『なんとかなる』としても女性を連れている時はそういうわけにもいかない。
とはいえ案外田舎というのは公園や観光スポットがあちこちにあるから、自動車であれば山の中からでもトイレのある場所までそう時間はかからなかった気がする。
そしてこの世界も当然トイレ問題は発生するわけで……
「もう少し我慢できるか?!なんなら最後の手段をとるかっ!?」
「いやや!教会魔道士として以前に乙女としてそれだけはいやや!うちの尊厳が!」
人外であるリーナはトイレ行かなくても良いらしいが、新しく旅の連れとなった教会付き見習い魔道士のソニアはそうもいかない。
そして道は悪く馬車の速度は遅い。
さらにソニアの服は上着こそ頑丈そうなジャケットを羽織っているが、下は膝くらいまでのスカートっぽい姿に生足で今の涼しい今の気候では身体を冷やしそうだ。
結果どうなるかと言うと、切羽詰まってトイレ探しに奔走することとなる……
「だいたいこんな時に限って民家も無いんだよな……うぉっと」
「揺れるとアカン!もうアカン!」
街道は石畳で固められており、さらに馬車もゴムを多用して乗り心地は向上させてある。
この世界ではこれ以上望めないくらいの環境ではあるが、それでも多少揺れるのは仕方が無い。
「やれやれ、これだから都のお嬢様は困るのう。そんな『お花を摘む』事も出来んようでは開拓最前線では働けんぞ」
「飛ぶことさえ出来たらトイレまでなんかすぐですわ。だから……う、ううううぐぐぐぐ」
ソニアの顔色が真っ青になっている。
あ、これ本当にもう限界だな!と察したところで、ようやく街道沿いに小さな集落が見えてきた。
「あそこに『泊まり家』があるかもしれん。もう少し頑張れ!」
事前に城主のエドから聞いていたのだが、この世界の街道にある民家では旅人のために宿や食事を提供する『泊まり家』ところがよくあるらしい。
いわゆる民宿というか民泊なわけだが、玄関に『宿』と書いてあれば泊まれる家というわけだ。
もちろん大きな街では普通の宿も整備されているが、馬車で1日に進める距離には限りがあるから合間合間での簡易的な宿泊施設の需要はそれなりに多いため
「そういう家の数も多いし旅行中泊まる場所や食事は心配しなくていいよ」
との事だ。
そして当然トイレも提供されるから『泊まり家』を探しに集落に向かうべく、小路に入るといきなり段差があって荷台に座っていたソニアが飛び上がる。
「!!!い、今ちょっとじわっときききた?たたっやややば!」
街道はきれいに仕上げてある石畳だが、集落のそれは粗く平坦ではない。
石の間に泥が多く、雑草が踏まれても踏まれてもなお生えてきている。
ゴトゴトではなく大きく揺られながらも左右の民家に視線を送り玄関の印を探す。
「もうすぐだからな!」
「ねぇ!も、もうウチああにやぁぁあぁぁぁ」
集落入って5軒目くらいに玄関に何かマークのある家があった。
お、あれだな!
「泊まり家に着いたぞ!」
ソニアに声をかけるが返事がない。涙目でこちらを見るだけだ。
「歩けるか?」
涙目でほんの少し首を横に振る。これではそもそも馬車から降りるのも難しそうだ
「降ろしてやろうか?」
と言うとかすかにうなずいたので、荷台のソニアの足に右手をまわし左手は背中にまわす。
「捕まってろよ」
と声をかけ、そのままぐっと持ち上げる。
いわゆる『お姫様だっこ』だ。
それにしてもソニアは本当に軽い!身長も小学生みたいだし肉付きというか胸も薄いせいかもしれない。
それでも馬車は狭いので体勢が悪く元のおっさんの身体なら確実にグキッと行ってる筈だが、さすがに若い身体はびくともせずしっかり支えられた。
生足の感触を意識しないようにしたかったが、さすがに10代の足は肌の張りが凄いから弾かれそう!と思いつつ無理やり意識から追い出す。
「ほぉ、なかなか良い格好じゃの。わらわも抱えてもらおうかの」
「そのうちな」
ニヤニヤしているリーナをあしらって慎重に馬車から降り、
「どうだ?立てそうか?」
とソニアに聞くが涙目で首を横に小さく振るだけだ。
仕方ない。
お姫さま抱っこのまま泊まり家の玄関に向かう。
「すいませーん。どなたかいらっしゃいますか?」
ドアノッカーらしきヒンジがついた小さなお玉&まな板のような鉄板はあるが、手がふさがっているので大きい声で呼びかける。
よく見るとそのドアノッカーは鎚目が残っており、すべて手作りといった風で元の世界では案外高価そうな感じだ。
「はーい。お泊まり?それともお食事を……って、あらまぁ、すぐベッドがよろしいようですわね」
出てきた女将さんらしき恰幅の良い中年女性は、ソニアをお姫さま抱っこしてる俺を『いいから全部わかってるから!』みたいなニヤついた顔で見るがかまっている余裕は無い。
それでも礼節を保とうとできる限り丁寧に尋ねる。
「あの、ベッドじゃなくてトイレをまずお借りできますか?」
「まぁ!そういうご趣味ですの?マニアックですわね。お部屋を汚さなければかまいませんよ?ただし少々ヒマを持て余したうちの宿六とその仲間たちに見物されるかもしれませんけど。あ、ひょっとしたらそのまま興奮して久々に夫婦で……なんて事になったらどうしようかしらねぇ」
いや!そうじゃなくって!
……全くこっちの世界でもオバサンの下ネタ話はきっついなぁ。
「本当にトイレをお願いします!もう限界なので!」
礼節をかなぐり捨てた俺にようやく事態を察した女将さんがトイレに案内してくれた。
でもあれ?なんで中庭に出るんだ?
「こちらですわ。どうぞごゆっくり」
ん?トイレって言ったのに、これはただの小さな小屋っぽいが?
でも臭いはいかにも、な感じがぷんぷんする。
あっ!そういえばエドが
「そのなんだ。田舎のトイレ事情だけはまぁ、ね。多少は仕方ないね」
と言葉を濁してたから気にはなっていたんだが……
これは日本でも昔は田舎によくあった屋外のポットン便所か?!
そういえば田舎の祖父の家に残っていたのを覚えている。
確かその家も祖父が亡くなった後、五右衛門風呂と共に30年くらい前に解体された筈だ。
うわ、突然思い出したけどなつかしいなぁ。
ちなみに城の客間は手桶の水で流す簡易水洗方式だったので臭いはあまり気にならなかった気がする。
もちろん、清掃が常に行き届いていたせいもあるだろうが。
あとトイレットペーパーは無いので手桶の水を使って、というトルコやインド式だ。
学生の頃、当時流行りのインドへ旅行するつもりで練習していたのだが、こんなところで役に立つとは人生わからないものだ。
(まぁその人生も元の世界で一回終わってるわけだが)
「降ろすぞ。いけるか?」
相変わらずソニアは涙目のままカクカクうなずくと内股で一歩一歩ゆっくりカクカクと歩き、トイレに消えていく。
やれやれ、なんとか間に合ったかなー
「えらくサービスが良いようじゃの。ああゆうペッタンなのも好みなのかえ?」
「ペッタンとは失礼だなリーナ。おまえもヒトの事言えるのか?」
「わらわの体はやろうと思えば好きに作り替え可能じゃから、おぬしの好みに合わせてやるぞ」
ぱいんぱいーんにしてやろうか?と胸を強調しながらニヤニヤするリーナ。まったく困ったもんだ。
「トイレがらみってのはだいたい人間誰しも嫌な経験のひとつやふたつはあるものだからね。出来ることなら手助けしてやりたいんだよ」
「おぬしもそんな経験あったのう。初めて行った彼女の部屋か?それとも満員電車のほ……」
「言うな!それ以上言うな!」
リーナには一度俺のすべての記憶を見られているのだが『自分でも忘れたい記憶』まで知られているのは困る。本当に困る。
これ以上はトラウマがよみがえりそうなので、少し離れたところで待機している宿の女将さんに確認しにいく。
予定ではまだ先まで行くつもりだったが、旅の初日だし今日はここで泊まれればそうしよう。
「ところで、今夜部屋は空いてます?」
「ええ。1部屋だけなら大丈夫ですよ」
リーナはともかく教会の魔道士であるソニアと一緒の部屋、というのはちょっと困る。
「教会の魔道士さんとはいい仲なんでしょ?あとあの小さな娘ともなんかアレそうだし。同じ部屋でも大丈夫大丈夫」
ガハハと笑いながら女将さんはさらに続ける。
「ということでベッドはひとつ、枕は3つでよろしいですかね?」
「……ベッド3つ、枕も3つでお願いします!」
ちなみに、ソニアは泣きながらトイレから出てきた。
最後の最後で微妙に間に合わなかったらしい……
プライベートも仕事も立て込んでいるもので、投稿ペースが当分乱れそうです。
なんとか週1回は更新したいと思っておりますが……