教会の魔法使い
「ホンマにすんませんすいません!」
「いやこっちこそ失礼な事やっちゃったので本当に申し訳ない」
俺が下半身を押さえて転がり回っていた時にリーナが事情を説明してくれたので誤解(?)は解けたようだ。
飛空魔道士の少女は、元の世界なら絶対カラーリングしたとしか思えないが多分地毛らしいピンクのショートヘアーを地面に付けんばかりの勢いで頭を下げる。
色々秘密にする必要上、リーナの魔法ではなく俺が『風魔法石』を使って助けた事になっている。
ちなみに魔法石は1回きりの使い捨て。
使用すると消滅するため、本当は使っていないと言うことはバレないらしい。
「いやもうビックリしてもうて、命の恩人にえらいことしてもうたわ」
「いやいやケガがなくてよかったよ」
そんなつもりは無かったけど知的?好奇心に負けて下着をガン見してたからなぁ。
男性の大事な部分を強打されても仕方ない。しかも事故だし。
ただ、可愛い顔にナニが当たってしまったのではないかと心配する。
「ウチのために高い魔法石使うてくれたんやから弁償させてもらいます」
「いやいやそれはいいよ」
実際使っていないものを弁償とかそんな真似はさすがに出来ない。
というか風魔法石の値段っていくら位なんだろう?
「ところでなんで墜落しそうになったのかな?」
「調子に乗ってもうて魔素切れですわ。お恥ずかしい」
なんでも飛空魔導師は上空の魔素が濃いところを選んで飛ぶ、というか渡っていくイメージらしい。
ふむふむ、上昇気流を捕まえて高度を上げるグライダーのような感じか。
それが高度を上げまくったところで、
「完全に魔素の流れが消えてもうて、こらあかん!って感じですわ」
なるほど、そういうことか。
「とっさに緊急用の風魔法石ぶつけて減速したんやけど」
間に合わなかった、と。
「ちなみに魔素が消えるなんてことはよくあるのかい?」
「いやめったに無いことですわ。普通ある程度は漂ってるもんですし」
そうなのか。
ふと横を見ると、リーナの様子が何かおかしい。
これはもしかして!
(……おい、魔素が無かったのはおまえのせいか?)
(……ちょっと魔素を吸収しておったのは確かじゃが、まさかあんな高度のまで吸ってるとは思わなんだ)
(……吸い過ぎだろ!)
うわぁ。墜としといて助けるって何というマッチポンプ!
「それはともかく、えらい挨拶遅れてもうてすんません。ウチはソニア・バロッタと言います。どうぞソニアとお呼びください」
ソニアがきちんと手を合わせて礼をする。
「そして、カウジー教会シェナ本部で見習い魔道士をさせてもろてます。この度は命をお救いいただきホンマにありがとうございました」
シェナ?この国の首都じゃないか。
「本部付きの魔道士って、エリートコースなのかな?」
「いえいえ、ウチなんてまだまだ下っ端ですわ。なんせまだ教会入って3年目ですんで」
なんでも、元の世界で言う小学校にいる時に魔法の才能を見いだされて引き抜かれたらしい。
「ほら、やっぱ魔法使えると普通の学校じゃ色々ありますやろ?そんで11の時に教会に入りましたんや」
ソニアが説明してくれたが一般家庭の子供に魔法素質があった場合、いくつかの選択肢があるらしい。
ひとつは軍。
城主が領内の仕事に使う地域の軍と、首都にある国所属の軍があるがどちらも魔法使いは積極的に採用するとの事。
「そっちも考えたんですけど、学校のシスターがホンマにええ人で親身になってくれはって。そんなら教会にお世話になろうか思うて」
どの進路でも14歳になるまでは普通の勉強も学びつつ、合間に実務のトレーニングを行うとのことで、話を聞いていたら農業高校や工業高校に進学するくらいの感覚のようだ。
「ウチももうすぐ14になりますんで、見習い卒業試験で外に出されたわけです」
14歳か。俺が婚約者候補になってるアリスと年が近いな。
というか、この世界に来てから若いというか幼い女性とばかり縁があるような気がする。
「試験って?どんな内容なのか聞いてもいいかな」
「別に秘密にするようなもんとちゃいますよ。『南の開拓最前線に行って現地教会の指示に従え』と言われただけなんですわ」
何だか大雑把な試験だなぁ。
いや、もしかして試験というより『OJT』と元の世界で言ってたやつに近いのかも。
オン・ザ・ジョブ・トレーニング、つまり現場で新人を育てる手法の事だ。
と言っても放置するわけではなく、実際の仕事をわかりやすく解説して個人をよく観察しつつ難易度の低いものからトレーニングさせて等々、机上の指導よりはるかに指導者の能力が問われる手法だと俺は思う。
「ところで、その。言いにくいんですけど……ちょっとお尋ねしてもよろしいですか」
「どうしたの?」
「えっと『風魔法石』って、まだお持ちですか?もし余っていれば買い取りしたいんですけど」
「ごめん。もうあれで終わりだったんだよ。あれば喜んで譲ったんだけどね」
「そうでっか……困った事になってもうたなぁ」
元々無いものは譲りようが無いが、何だか様子がおかしい。
「風魔法石が無いと何かまずいのかい?」
「実は……飛空魔道士が飛ぶときって必ず1つは風魔法石を持たないとダメなんです。安全上の理由ですわ」
なるほど。
パラシュートのようなものか。
「高度上げるなら2つ以上ですけど低空なら1つで良いんです。でもゼロなら飛ぶな!というのが飛空魔道士の掟でして。なのにウチはさっき手持ち使い切ってしもうたからもう飛ばれへんのです」
2個持ってたけどホンマはさっきの高度なら3個以上必要なんですわ、との事。
道理で足りなかった筈だ。
ん?
と言うことはこれから彼女は歩きで旅をせにゃならんのか?
まだ子供なのに、いくらなんでもそれはいかんだろう。
「誠に申し訳ないんとは思うんですけど、魔法石が買える街まで送っていただけませんか?お礼はさせてもらいますさかい」
送ってあげたいのは山々だが、俺達にも秘密にしておきたい旅の事情がある。
リーナが本当はドラゴンだという事や例の『強力な魔法使い』を探してるという事がバレると面倒だ。
ここはリーナと相談してと思ったら
「よかろう。次の街までなら送ってやっても良いぞ。教会魔道士のお手伝いが出来るとは光栄じゃからの」
「助かります。お二人にカウジー神のご加護があらんことを」
ちょい、とリーナの袖を引いて
(……いいのか?色々バレるとまずいぞ)
(……この流れで断るわけにもいくまいて。それにもしかするとこの娘が例の魔法使いという可能性も捨てきれん)
(……それは今わからないのか?)
(……さすがにこれだけ接近してたら探知魔法は使えん。すぐ怪しまれるでの。ただ容量は相当のようじゃ)
つまり、当面様子見するのがベストか。
(……それにとてもとても気になる事があるのじゃ。おぬしもこいつには用心しておけよ)
用心?どういう事だろうか。
それに『とても気になる』とか言われると俺も気になってしまうじゃないか。
これからの3人旅、どうなるんだろう?
次回は土曜日更新の予定です。